5話
異世界に来てから地球の事を考えるのをやめていた。
だって考えてしまうと帰りたくなるし、不安になるからだ。
でも今日は堪えきれず、家に帰りたい、みんなに会いたいと思ってしまった。
早く家に帰って家族に会いたい。学校に行って入間の厨二の話を聞いたり、木戸が馬鹿な事をするのを見たくなった。
実はこれが長い夢で目が覚めれば元の世界になっていてくれれば。
そう願いながら眠りについた。
魔物だー! 魔物が街に入って来たぞ!
カーンカーン!
正門の方から鐘の鳴る警告音が聞こえた。
俺はベッドから飛び上がった。
魔物が入って来ただって!?
俺は炎の剣を持って廊下に出る。
するとちょうどアリアさんも2階から降りてきたところだった。
「アリアさん。今の声」
「魔物が入ったみたいね。行きましょう」
星達の明かりを頼りに夜の街を駆け抜けて行く。
日本と違い、街灯というものはない。だからか夜に街を出歩く人はおらず、走り易かった。
「また厄介なのが来たわね」
門を壊し、街の中に入って来たのはあの大型の熊に似た魔物だった。
敵討ちに来たのか。
「イオリは下がってて」
「でも……」
「残念だけどここに入った魔物は殺処分しなくちゃいけないの。イオリはその覚悟は決まった?」
「……」
「まだみたいね。大丈夫。ここで待ってて」
「でも1人で倒せる?」
「当然よ。私を何だと思っているのよ」
意外と抜けてる人。
「そう心配しないで。もう倒し方もわかっているんだから」
そう言うと、アリアさんは単騎で魔物に向かっていった。
アリアさんに気がついた魔物が、威嚇で咆哮する。
「グアアアアアア!!」
「そんなの怖くないわよ!」
アリアさんが魔物の唾液を凍らせにかかる。
しかし、それよりも魔物の突進の方が早い!
「アリアさん!」
思わず叫ぶ。
アリアさんは敵の猛進をヒラリと宙を舞いながら避けた。
「ほっ……」
俺は胸を撫で下ろす。
ていうか。
「アリアさん! 水は!?」
「……忘れたわ」
「ええっ!?」
抜けすぎ! それは抜けすぎだよ、さすがに!
「急いで来たんだから仕方ないじゃない!」
俺も急いで来たけど、さすがに剣は忘れなかったよ!
「ちょっと待ってて! すぐに水を持ってくる!」
「お願い!」
アリアさんの返事を受け、家へと踵を返す。
『いいのか? それで』
「え?」
剣の声を聞き、俺は水を取りに行くために動かし始めていた足を止めた。
「な、何が?」
『わかっているだろう。戦わなくていいのか?』
「……」
『水を取りに行っている間、アリアが耐えているという保証はない。寝起きだからか疲れなのか知らんが、体術も魔法のキレも昼間に比べ悪い』
確かに昼間より動けてないし、唾液も一瞬では凍らせられなかった。
そして今も敵のパンチが体を掠め危ない場面だった。
このままだと剣の言う通りアリアさんは……
そんな現実を見たくなく、俺はギュッと目を瞑る。
悪いのは俺じゃない。
だって俺は好きでこの世界に来たわけじゃない!
『いいのか? それで』
また剣から一言。
わかっている。わかってるよ! よくないって!
わかってる……わかってるけど!
「じゃあ何!? 剣は魔物なら殺してもいいって言ってるの!?」
『逆に聞く。アリアを見殺しにしていいのか?』
「っ……」
いい訳ない。いい訳あるはずがない! でも!
「剣って選ばれた人しか使えないんだよね。ならどうして俺を選んだんだよ! 選んだって事は他の人を選ぶ事もできたんだよね! なのにどうしてこんな俺を選んだの!!」
『そういう性格だからだ』
「理由になってないよ! こういう性格だから今こうしてどうしようもない状況になってるんだろっ!」
『かもな。しかしもし心ない人間が俺を持てばどうなると思う』
「魔物を倒すっ!」
『そうだな。だが、それだけで済むか? 力に溺れ、殺す必要ない魔物も殺すだろう。そして最後には……人も殺す」
「でも! でも!! 俺は魔物も殺せない……」
『お前は優しい。どんなに小さな虫であろうとむやみに命を奪わない。俺がお前を一番気に入っているところだ』
「だったら!」
『だが、今は状況が違う。前を見ろ。現実から目をそらすな』
目を開けると誰の援護もなくアリアさんが1人で戦っている。
街の中に入れさせないよう必死だ。
『アリアも言ってただろう。好きで戦っているわけではない、と。そう。誰かが戦わないといけないんだ』
昼間のアリアさんのセリフが頭を巡る。
「誰もしたくないであろう仕事をやるべきなのは私のように力のある人じゃない?」
その通りだと思う。
『なら今、戦わないといけないのは、アリアを救えるのは誰だ?』
俺は瞬きすら忘れアリアさんの姿を追う。
確かに俺はここに来たくて来たわけじゃない。
でもだからって逃げていい理由にはならない。
だってここにいる俺はアリアさんを救える力があるのだから。
覚悟を決める。
この現実から逃げない。
戦わないといけないのは、アリアさんを救えるのは誰かではなく、
「自分だ」
『そう』
俺は剣を壊れるほど強く握り、魔物へと走り出した。
「アリアさん!」
「まだいたの!? 早く水を取ってきてよ!」
「離れて!」
「え?」
キョトンとした顔をしていたかと思うと、ニッと口の端を吊り上げて笑った。
「わかったわ。あとは頼んだわよ!」
アリアさんと入れ替わるようにして魔物に近づく。
「グワアアア!」
せめて苦しまぬよう今できる最高の一撃で。
俺は赤く煌々と光る炎の剣を魔物に向け振り下ろす。
今までより一段と大きな、それでいて明るい三日月型の炎が放たれた。
その炎は魔物を真っ二つに切り裂いた。
魔物から炎が上がり、灰へと変わっていく。
俺は灰に変わって行くのを瞬きもせずに見つめていた。
「ありがとね。助かったわ」
ポンッとアリアさんに肩を叩かれた。
「……無事で良かったよ」
「ええ。あなたのおかげで無事よ。さ、帰ってもう一眠りと行きましょう」
家へと歩いて行くアリアさん。
その背中に問いかけた。
「これっていつか慣れるの?」
胸に押し寄せる痛み。
果たしてこの胸の痛みはいつの日にか慣れ、感じなくなる日は来るのだろうか。
アリアさんは足を止め、けれど振り返らずに言う。
「慣れないわよ」
「そう……」
慣れないのか。
「なら良かった」
俺が言うと、アリアさんは笑いながら振り返った。
「ふふふ。変な人。普通慣れたいって言うのよ」
「そうなの? じゃあアリアさんも慣れたいの?」
「まさか。慣れたらこの仕事辞めるつもりよ」
「なんだよそれ」
俺も笑って言った。




