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2 紹介

 新入生が道場へと通されて、ミーティングが始まった。


 前方に、落ち着きのある女子部員と、言い合いをしていた女子部員――確か、みどりと呼ばれていた――と、呆れ顔で同行していた男子部員と、もう1人男子部員が立つ。

 恐らく、男女キャプテンと副キャプテンだろう。


 そして、向かい合う形で他の部員が、学年ごとに横一列に整列している。新入生たちも先輩に倣って横一列に整列して正座した。


 頭の数を数えると、3年生は女子が3人――前に立っている2人と、最初に話しかけてきた彼女――で、男子が4人、2年生は男子が6人と女子が2人。こういうときに、男子が坊主だと分かりやすいな、などと能天気なことを未来は考えながら数える。

 1年生は男子が純平のみ、女子が6人である。3学年のうち、1年生だけが男女比が逆転していた。


「それでは、ミーティング兼新入生オリエンテーションを始めます」

「お願いします!」


 さっきは呆れ顔で女子のやり取りを見ていた彼が、号令をかける。太く通る声には、部を引っ張ってきた貫禄がにじみ出ている。


 それに呼応して、部員たちが揃って頭を下げて挨拶を返す。新入生もそれにならった。壁がビリビリと震えるような部員たちの声に、未来の胸は高鳴る。


 号令をかけた部員が話し始める。


「えー、改めまして新入生の皆さん、入学おめでとうございます。そして、剣道部に入部を希望してくれてありがとうございます。

 男子キャプテンの堂島どうじま信太しんたです。これからよろしくお願いします。とりあえず、男女キャプテンと副キャプテンの自己紹介から始めます」


「男子副キャプテンの米屋こめやおさむです。今日自己紹介するのはキャプテンと副キャプテンだけですが、ほかの先輩たちの名前と顔も早く覚えてたくさん話しかけてください」


 堂々としているだけでなく、両者とも体格がかなり良い。未来はちらりと純平を横目で見る。


 身長はある方だし、体格も決して悪くはない。それでも前で話している2人や、目の前にいる先輩と比べると頼りなく感じてしまう。


 2年後は彼もああなっているのだろうか。そして、自分もあんな風に落ち着いた先輩になっているだろうか。そんなことをぼんやりと考えた。


「女子キャプテンの藍沢あいざわ素子もとこです。

 うちの学校は、元々は女子高で10年ほど前に共学化しました。剣道部は、女子高時代から伝統ある部です。皆さんと一緒に伝統を繋いでいけることを楽しみにしています。

 男子はまだ創部してから伝統は浅いですが、これから伝統の土台になることを期待しています」


「同じく女子の副キャプテンやらせてもらってます、土井みどりです。今年は女子が多く入部してくれるみたいで、楽しみです」


 女子のキャプテン副キャプテンも自己紹介をする。


 みどりは人の好さそうな笑みを浮かべている。素子は無表情で、淡々としており、話す言葉もどこか高校生離れしている。


 再び未来は2年後を想像したけれど、素子のようになれる気はしなかった。みどりのようになれているか、と言われてもなれるかは分からないが。


「えっと、次に部の現状と目標について、藍沢から説明してもらいましゅ」


 信太が言い終わると、先輩部員が少しざわつきだす。語尾を噛んでしまったせいだろうか。


 坊主頭同士がヒソヒソと「先輩また噛んだよ」「噛むから長い説明は藍沢さんに任せたんだろうな」「さっそくドジ島発動かよ」などと勝手なことを言い出す。


 当人は何か言いたげにその坊主集団を睨みつけている。しかし後輩の手前、下手な真似はできないのか黙っている。そんな信太のことなどは無視して、素子が口を開いた。


「先程、我が部は――特に、女子は――伝統ある部であると言いました。実際に、共学化前には高校総体で個人・団体共に県で優勝して、全国大会上位入賞した時代もあります。しかし、近年は優勝どころか、ベスト8が関の山という現状です。男子に関しても、ベスト8が最高成績です。

 ですが、部員が全くいないということも、実力が全くないということもありません。現に、堂島君と私は、新人戦では個人戦でベスト8入りを果たし、九州大会へと出場することができました。

 団体戦での九州大会出場は逃しましたが、男女ともに上位校に本数差までこぎつける接戦を繰り広げました。このチームはもっと上へ進めると思っています」


 素子がいったん息をつく。


 噛んでしまい、曇っていた顔の信太も、新人戦のくだりあたりから、自慢げな表情を浮かべている。


「そして、今年のインターハイ剣道競技は、ここ熊本県で行われます」

 素子の声のボリュームが一段上がった。淡々としているのには変わりはなかったが。


 インターハイ、その単語に1年生が大きく息をのむ。目の前の背中たちも居住まいを正したように見えた。


「開催地枠で、団体戦は県予選の2位まで、個人戦はベスト4までが全国大会に進むことができます。これだけ聞くと、2位になれば、ベスト4に入れば全国――そんな思いが出てくるかもしれません。ですが、その『なれば』というのがとても難しいことは皆さん重々承知だと思います。

 そして、そのような考えでは運よく出場できても、その先の強豪校が揃う中で戦うのは厳しいです。そこで上を目指すために、部の目標を次のように掲げます」


 正面に立っていた素子がさっと横にける。

 副キャプテン2人が、後ろで静かにその出番を待っていたホワイトボードのキャスターを押し出した。


 そして、バンッ! と勢いよくボードを反転させた。現れた面に貼られていた広用紙が、風圧に揺れる。黒々とした墨で書かれた文字が目に飛び込んできた。


『熊本県制覇、古豪復活』


 副キャプテン2人が、満足げに顔を見合わせている。再び、素子はホワイトボードの正面に立った。


「これは去年、新チーム発足時に部員全員で決めました。まだ入部したばかりで1年生は実感がわかないと思います。ですが、一緒に目標を達成できるように日々精進しましょう。賛同してくれるのであれば拍手をお願いします」

 表情は崩さないものの、素子の瞳には強い光が宿っている。


 誰かが手を叩き始めると、次々に拍手が起こった。未来たち1年生も拍手を送る。あまり乗り気には見えなかった梓も手を叩いていた。


「それでは、次に1年生から自己紹介をしてもらいます。1年生は前に出て、クラスと出身中学校、それと意気込みなどあれば一言お願いします」

 拍手が鳴りやんだところで、信太が続ける。今度は噛まずに言い切った。


 前に出て、と言われた1年生たちはぞろぞろとホワイトボードの前に並んだ。

 自然と、並んだ順に、トップバッターは唯一の男子である純平になった。


「1年5組、金嶺きんれい中学校出身の伊東純平です。剣道は、小学3年生から続けています。先輩方と共に伝統を築いていけるように頑張りますので、よろしくお願いします!」

 言って一礼をする。先輩部員がそれに惜しみない拍手を送った。次は未来の番だ。


「1年1組、金嶺中学校出身の近藤未来です。勉強も剣道も精一杯頑張りたくて入部しました! 強くなって全国目指しますので、よろしくお願いします!」


 人前で立って喋るという行為は緊張を伴う。言い終わって拍手の音が聞こえると、未来は自分の鼓動が高まっていることに気が付いた。


 そして隣に立つ梓が大きく息を吐くのを未来は横目で見た。


「えっと、2人と同じ、金嶺中学校出身です。1年4組の山崎梓です。その……剣道は中学生から始めました。よ、よろしくお願いします」

 前の2人に比べてたどたどしく、声のボリュームも小さい。それでも、自己紹介をして一礼をした梓に、先輩部員は拍手を送る。


 梓が自己紹介をしたことに対して、未来は少し安心していた。


「1年4組、江津えづ中出身の永倉えみです。ライバルたちに勝って県制覇、成し遂げたいと思います! よろしくお願いします!」


「1年2組で、菊森きくもり中学校から来ました。原田百合子です。先輩方と共に、目標に向かって精一杯努力します。よろしくお願いします」


「1年6組の斎藤葵子(きこ)です。出身は北九州にある小倉第三中です。親の仕事の都合で、高校から熊本に来ました。熊本にも、部活にも早く慣れたいです。よろしくお願いします」


「マネージャー希望です。1年3組、新屋敷しんやしき中出身の藍沢聡子(さとこ)です。

 お姉ちゃ……藍沢先輩とは違って、剣道の経験は全くありません。ですが、皆さんのサポートを頑張るのでよろしくお願いします!」


 未来に突っかかってきたあの女子、長身の女子、ボブカットの女子、そしてキャプテンのことを姉と呼んでいた女子、と続いた。


 えみは、はきはきとした声で強気な目標を述べた。長身の百合子が礼をする姿は、どことなく紳士的で、同性でも思わず見惚れてしまいそうだ。葵子は熊本出身ではないせいか、アクセントに違和感を覚える。同じ九州といえども、地域によってやはり話し方は違うのだろうか。まだお姉ちゃん呼びが抜けていない聡子はマネージャーなのか。


 残りの部員たちの自己紹介を聞きながら、個性的な同級生ばかりだなと未来は思った。他校や他の部活を知らないので、何とも言えないが。

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