28 GW遠征二日目-二日目、開始!
翌朝、摩子はいつもより重たい眼を開いて起床した。
「ぶっ、ははははっ。どうしたの、藤原」
「ちょ、摩子。何その目。本当に平安貴族になっちゃったの、ははっ」
先輩2人に大爆笑されて、洗面所へと向かう。
鏡には、重たい一重瞼とむくんだ顔が映っていた。
(うわ……ひどい顔。確かに、平安時代の絵巻物に描かれてた人の顔に似てなくもない。だけど、先輩たちはあんなに笑わなくてもいいのに)
洗顔フォームで洗っても変わらない顔に、げんなりする。
「二重テープかのり持ってませんか?」
ダメもとで摩子は聞いてみた。
「ざんねーん。そんな可愛いもの持ってませーん」
「自然と元に戻るでしょ。気にしたら負けよ。濡らしたタオルでも当てとけば、ちょっとは収まるんじゃないの?」
沙帆はまだ笑いをこらえている。
苦笑するみどりに窘められて、摩子は諦めることにした。しばらくは髪を下ろして、眼鏡をかけて誤魔化すことにする。
「何その顔」
杏里はそう言い放って、1人で食堂へ向かっていった。
今日は大変な1日になりそうだな、と摩子は思った。
*
「あの、素子さん。ちょっといいですか?」
朝食と着替えを終えて、体育館へ移動しようとしていた素子は、話しかけられて振り向く。
幽霊のように髪を垂らした摩子が立っていた。腫れぼったい瞼に、少しだけ二重の線が戻ってきている。
「何かしら?」
昨晩、杏里と2人でコンビニに行っていたはずなのに、バラバラに戻ってきた。2人の間に何かあったことは明白だった。
3年生女子の間では「とりあえず様子見をしよう」ということになっていた。
もっとも、2人は朝っぱらから本人の顔に、盛大に突っ込みを入れていたが。
自分に来たか、そう思いながら素子は聞き返す。
「えっと、素子さんは、どうして剣道を続けているんですか?」
質問は、素子が思ってもみないものだった。
「最初は、体力つけて大きな声が出せるようにって、親に始めさせられたことだったけど。でも、やっているうちに強くなりたいと思うようになったから続けている。
私からも聞くけど、どうしてそのような質問をしようと思ったの?」
質問に質問で返すのは失礼なことである。そう思った素子は、答えてから尋ねた。
「えっと、素子さんって医学部志望じゃないですか。受験生だし勉強に専念した方がいいはずなのに、どうしてそんなに勉強も部活も頑張れるのかなって。だって、警察とか先生とかと違って、医者になることには、剣道を続けたことが直接的なステータスになるわけでもないのに」
「どっちも目指す場所があって、掴みたいものがあるから。ただそれだけのことよ。それに、直接的なステータスにならなくても、身につけたものはどこかで繋がっていて役に立つ。そう思っている。
私はどっちもやりたい業突く張りだけど、どっちも簡単にできるほどの才能がないから。だから、どっちも自分にやれることを精一杯やっているだけ。
これでいいかしら」
摩子がどうしてこのタイミングでこの質問をしてきたのか、素子には分かりかねた。それでも、自分から訊いてくるということは、何か意図があるのかもしれない、そう思った。
「――分かりました。あ、あと、もう1つ聞いていいですか?」
「ええ」
「試合のときってどういうこと考えながら動いていますか?」
摩子がこうやって自分から剣道のことを訊いてくるのは、初めてかもしれない。そんなことを考えながら素子は答える。
「絶対に一本を取るということは常に考えている。そして、そのために何をすべきかを考えている。
どんな相手でも隙が全くないなんてことはないから、戦いながら、動きながら相手の隙を見つける。相手の動きと、自分にできること。これを繋いで、行けると思ったら捨て身で打つ。
もっと細かいことを言えばきりがないけど、こんな感じかしら」
うんうんと相槌を打ちながら、摩子は耳を傾けている。
「だ、大丈夫です。参考になりました。ありがとうございます」
一礼をすると、摩子は駆けていった。
「何話してたの?」
いつのまにか近くにいたみどりがニヤニヤとしながら訊いてくる。
「人生」
そう言って、素子も体育館へ向かおうとバッグを肩にかける。
みどりは一瞬首を傾げた。しかし、すぐにニヤリとして、「そうか」と言うと素子の横に並んだ。
*
体育館でアップを終えると、すぐさま練習試合の準備に入る。
「集合!」
「2日目ですね。場の雰囲気に慣れるのは良いことです。ですが、負けることに慣れてはいけません。一戦一戦、その試合結果になった理由を考えながら、次に生かせるような試合を心がけてください。すぐに改善できることもたくさんあると思います。すぐにできることは、すぐに行動に移してください」
「午後からは御笠学院が参加します。御笠学院は皆さんも知っての通り、全国有数の強豪です。
御笠学院だけでなく、ここにいる全てのチームがあなたたちよりずっと強い。ですが、ただ敵わない相手と捉えるか、それとも倒すべきライバルと見るか、技の手本とするか。捉え方次第で大きく変わります。
試合を重ねれば、疲れてくるとは思いますが、考えて行動することは忘れないように」
銀杏台剣道部が全員集合した場で、藤堂と外山が言う。
「はい! ありがとうございました」
男女分かれて、2日目が始まる。
*
「昨日負けたからと言って、今日も負けるとは決まったわけではない。すぐに勝てるようになるとは思っていないけれど、少しずつ良くなっていることは実感していると思います。現状に満足することなく、もっと成長するように。今日もどんどんオーダーを変えて出していくから、みんないつでも出られるようにしておくこと。
1戦目の相手は阿蘇北。2日目で向こうもオーダーを変えてくるとは思う。でもやることは変わらない。オーダーは、近藤、斎藤、藍沢、津田、土井でいく」
「はい!」
元気よく返事をして、未来と葵子は面をつける準備をする。
試合場を挟んだ向かいでは、阿蘇北のメンバーも同様に準備をしていた。小手を並べているのは、紫だ。
「襷、つけるよ」
「あ、ありがと」
正座をした未来に、百合子が話しかけてくる。背中の胴紐が交差する場所に、襷をつけてくれている。
「向こうの先鋒、紫だね。多分、上段デビュー戦だと思う。昨日はずっと記録係してるみたいだったし。
未来、上段に対しての戦い方は分かるよね」
「うん。足を止めない。相手の左小手に剣先を合わせて中心を取る」
「よし、未来なら大丈夫。声出してしっかりやっといで」
襷をつけ終わると、百合子は背中を軽く叩いてくれた。
気合いが入った未来は、座礼をして面をつける。横目で見ると、葵子も神妙な面持ちで面をつけていた。
みどりと素子、そして沙帆も立ち上がる。昨日同様、最初は女子全員で円陣を組んだ。
「銀杏台、いくぞ!
「ファイ、オーッ!」
かくして、2日目が幕を開けた。




