9 新入りの実力
用語解説
・つばぜり合い
相手に最も接近した間合いで、両者とも竹刀をやや右斜め前に開き、鍔が互いに触れ合い、相手の手元を攻めて崩し合っている状態。
・引き技
相手に打ち込んだあと、後ろに下がる技。主につばぜり合いから打つ。
素子は、真っ先に外山に掛かっていた。
背筋のまっすぐ伸びた、隙のない構え。剣先の延長線は素子の喉元に突きつけられている。そのまま前に踏み込まれたら、文字通りに突き飛ばされてしまいそうな、そんな威圧感が外山にはある。
(先生と稽古するのは初めてだけど、構えから当たり前に強い。強いからこそ、どんどん掛からないと意味がない)
蹲踞しながら溜めに溜めた気勢を、素子は外山に放つ。
「ヤァァァ――ッ!」
師に負けじと、その剣先を喉元に突きつける。左足にぐっと力を込めた。その勢いで右足を前へと踏み込み、竹刀を振る。
だんっ!
「メェェェンッ」
しかし、素子の竹刀は外山の竹刀に阻まれてしまう。ガチャリと竹刀が竹刀を打つ。
そのまま間合いを詰めて、竹刀の鍔同士を合わせる。つばぜり合いに持ち込んだ。
(考えろ。引き技か、間合いを切って仕切り直すか。次にどこを攻めるか)
次の一手を頭の中で考えながら、素子は外山の目を見据えた。
(外山先生やっぱ強ぇわ)
沙帆は順番待ちで後ろに並んで、素子対外山の様子を見ながら思った。
始まって2分程度たったくらいか。壁の時計をちらりと見る。そして、他の部員たちの様子も見る。より試合に近い形の地稽古は、技の稽古以上に新入部員がどんな剣道なのかがよく分かる。
(新入部員だけじゃなくて、新しい顧問も見れる)
素子と外山の隣では、修が藤堂から体当たりを受けていた。身長は修の方が高い。しかし、体格の良さでは藤堂に軍配が上がる。
バランスを崩しかけて後ろに下がる修を、順番待ちの信太が「下がんな、腰から行け」と叱咤する。
(『諦めたら試合終了』とか言いそうな感じ? でもあそこまでポヨポヨしてないし。うーん、なんていうか、タヌキ?)
少ない語彙力を総動員して、沙帆は藤堂の印象を例える。
ニコニコ笑顔で、さっきまでも、決して口調がきつくなることはなく指示を出していた。元からそういう顔なのか、今だってその表情を変えずに修をいなしている。
スピードでは若者に負けても、技の熟練度では負けない。それは、年齢を重ねた高段者ではよくあることだ。そして藤堂は間違いなくそんな人間の1人だ。
当時は副顧問だったとはいえ、黄金時代を指導していただけのことはある、沙帆はそう思った。
反対側に目をやる。
(あーあ、藤原のバカが。足止めんなってあれほど言ってんのに。
斎藤は技を出す手数が多いな。まあ、バタバタ打ってくる中学生剣道感あるけど。振り自体は遅くないし、それは悪くはないかな)
1年間面倒を見てきた後輩に、沙帆は内心で悪態をつく。組んでいた葵子にちょうどコテメンの連続技を打たれていたところだった。葵子の出身は福岡と言っていた。福岡は強豪も多いだけあって、葵子からもそれなりの気骨を感じる。
(近藤も近藤でなかなかやるじゃん。まっすぐなのがいい)
続いて沙帆は、その後ろで杏里に対峙する未来を観察する。
杏里の打ったメンを、半身で捌いている。杏里はそれなりにスピードとパワーもある。未来はそれに互角とまではいかないものの、決して一方的にやられているわけではなさそうだ。
ドンドン!
終わりを告げる太鼓が鳴らされる。
(よっしゃ! やるか!)
素子がアドバイスを受けているその間、沙帆はその場で何度か跳躍をして、気合いを入れ直した。




