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8 稽古

用語解説

・始めと終わりに一同で行う礼

 防具の置き方……竹刀は自分の左側に置く。自分の右斜め前に小手を置き、その上に、面金めんがねを下にして面を置く。このとき、小手は手のひら側を下にして、小手頭(拳側)を外側になるように置く。


 黙想もくそう……正座で行う。このとき、手のひらを上に向け、左手の上に右手を乗せ、親指同士を軽く合わせる。静かに目を閉じて心を落ち着ける。


 座礼ざれい……正座をし、両手を床につける。両手でできた三角形に鼻先をつけるようにして頭を下げる。剣道において、正座をする際は、左足から座り、右足から立つ(左座右起)。


・中段の構え

 剣道の最も基本となる構え。

 つかの一番端を左手で握り、右手は人差し指がつばに軽く触れる程度の位置で握る。剣先けんさきは相手の喉元に突きつけるように構える。


・打突部位

 面、小手、胴、突き(高校生以上で可能)の4つ。

 小手は中段の構えのときは、右小手、中段以外の構えのときは右小手・左小手が打突可能。


・切り返し

 正面打ちと体当たり、連続の左右面打ちを組み合わせた基本動作の総合的な稽古法。


・応じ技

 相手が仕掛けてくるのに対し、竹刀さばきと体さばきによって相手の技を封じ、隙を見つけて反撃し、打突する技の総称。


話中に出てくる技

 相メン……相手がメンを狙ってくる出ばなに対して面を打つ技。

 出コテ……相手が(主にメンを)打とうと手元を上げるところを打つ技。


・かかり稽古

 元立ち(技を受ける側)に対して掛かり手(技を出す側)が、決められた時間で絶えず技を出す稽古。


・地稽古

 試合形式のように一対一で行う稽古。

 袴に着替えた部員たちは、防具をつけて輪になる。最も上座かみざとなる位置には、キャプテンである信太が立った。


「準備運動!」

「はーい!」


 信太の掛け声に部員たちが呼応する。太く、堂々とした信太の声。

 そして道場を揺らすような、部員たちの声。


 準備運動と素振りを終えたころに、藤堂と外山がやってきた。部員たちは面と小手を並べて、整列をする。


「姿勢、正して。黙想!」

 上座に教師陣、向かい合って学年ごとに並ぶ。

 正座をして、手を重ね合わせる。静かに目を閉じ、心を落ち着ける。つかの間、空間に静寂が訪れた。


「やめ! 正面に、礼! 先生に、礼!」

「お願いします!」

 座礼をして、面をつける。これから、面をつけての稽古が始まる。


 銀杏台高校の稽古は、切り返し、基本打ちの稽古、応じ技の稽古、かかり稽古、1度休憩を挟んで地稽古、かかり稽古、最後に切り返しの流れで行われる。これを3人もしくは4人1列のローテーションを組んで行われる。基本的に男女別に列を組むが、人数調整で男女混合の列ができることもある。


「ヤアァァァ――――! メエェェェンッ!」

「メンメンメンメンメァァァァ――――!」

「できる限り切り返しは一息で!」

「伊東君はもっと腰から体当たりを意識しましょうね」


「コテ、メーン!」

「コテァーッ」

「藤原、右腕張ってる! 右じゃなくて左手から!」


「ファイト―!」

「全部一本にする気持ちでいきましょう、元立ちも休憩ではありませんよ」


 教師陣が稽古の中で、適宜止めながら個人や全体に指示を出す。部員たちはそれをフィードバックして、ローテーションの中で意識する。


(気合入ってんなー。いいこといいこと)

 ローテーションで3人目、休憩となったみどりは息を整えながら女子列を見渡す。


 今は面に対しての応じ技を行っている。3本ずつ打って交代を、終了の太鼓が鳴るまで続ける。


 ちょうど、元立ちの百合子に、えみが相メンを打っているところだった。頭1つ分以上は背の高い百合子がメンを打ち込んでくるのに対して、えみもメンを打ち込む。身長差があると、相手がメンを打ってくるのに対して、どうしても近い胴や小手を狙いたくなる。その身長差をものともせず、えみは相手の面に飛び込む。


(まあまだ中学生剣道が抜けきってない感じがあるけど。その心意気はいいね。百合子も、背の高さに加えて、身体能力はかなり高そうだ。さすがは菊森ってところかな)


 その隣列では、交代した沙帆が摩子に相メンを放った。摩子の面布団に、まっすぐに沙帆の剣先が乗る。


(ちっちゃいものクラブ、負けてられないってことか)

 えみと沙帆、両者から反感を買いそうなことを内心思いつつ、みどりは心の中で沙帆に一本、と旗を上げた。


 自分の番が回ってきたみどりは、竹刀を中段に構える。元立ちとなるのは、未来だ。


「ヤァ――!」

 自分の剣先で、未来の剣先に触れる。相手も自分も1歩で打てる間合い、ちょうど一足一刀の間合いとなる。小刻みに足を動かしながら、打突の好機を探る。狙うは、相手が技を出そうとする瞬間。


「メエェェェン!」

「メ――――ンッ!」

 未来が飛び込んでくる瞬間に、みどりはすかさずメンを打って右手側に抜ける。未来の竹刀は、みどりの面金を打った。だが、こちらも浅い。


「土井、打った後もっとまっすぐ!」

 すかさず外山の檄が飛んでくる。みどりは「はい!」と返事をしながらすぐに構えなおした。


(この子見てたけど、記憶ないとか言う割にしっかりまっすぐ構えて打てるじゃん。まだ速さとか打ちの強さは、ちょっと足りないけど。梓も伊東も構えはきれいだし。いい指導を受けてたんやね、金嶺中出身組。

 まあ、入りたての1年っ子に負けるような稽古をしてきたわけじゃないよ!)


 2本目に出コテ、3本目に相メン、と続けざまに打って、みどりは元立ちを交代した。



「面とって! 5分間休憩!」

「はい!」

 前半のかかり稽古を終えて、一旦、面を外す。

 汗をかいた部員たちは、解放された顔を面タオル(手拭い)で拭う。


「お疲れ様です!」

 マネージャーの聡子がすかさずドリンクを渡しにくる。



「面付け!」

「はい!」

「1年生はできるだけ先輩に掛かるように。積極的に相手を作っていきましょう」

「はい!」


 休憩が終わると、地稽古に移る。地稽古とは、試合のように1対1で行う稽古である。試合と異なるのは、審判がおらず勝敗がないことである。決められた時間でお互いに技を出し合う。


 高校生の試合は基本的に1試合が4分間で行われる。銀杏台高校の地稽古は、平日は4分間×5~6本である。間に1分のインターバルがあり、その間にアドバイスとペア作りを行う。


 それまで防具は胴と垂れだけをつけて竹刀片手に指導を行っていた、両教師も面をつけだす。

 面をつけ終わった生徒は、我先にと教師陣の元へ駆けていき、「お願いします!」と礼をする。出遅れた生徒は生徒同士で相手を組みだす。


 ドン!


 聡子が,道場の隅に置かれた太鼓を鳴らす。


 相手を組んで蹲踞をしていた部員たちが立ち上がり、稽古が始まった。


 道場のあちこちで、声が上がる。技が放たれて、躱されて。4分間の戦いが繰り返される。


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