7 活動開始!
翌朝、未来は、眠たい眼をこすりながら登校した。
教科書とノートの詰まったスクールバッグに加え、今日は防具袋の紐がずっしりと食い込む。左手には竹刀袋も握っている。
結局、梓からは既読がついたものの、返信はなかった。朝練にも来る気配がなかった。
未来は、梓のクラスまで行こうと思った。しかし、彼女のクラスには、未来に敵意を向けてくるえみがいることを思い出してやめた。
*
そして放課後を迎え、本格的な部活が始まる。
授業から解放された未来は、部活に向かっていた。
「……あ」
「なによ」
未来は道場へ向かう途中で、えみと鉢合わせした。
えみは、朝は終始無言だった。練習が終わると、そそくさと道場を後にしていた。出ていくその片手には、古文単語帳が握られていた。朝の小テストで切羽詰まっていたのだろう。
間抜けな声を上げた未来を、えみの吊り目が睨む。
2人とも、その足は止めず、かつ足早になる。
「アイツからあんたの話は聞いたよ。あんたがいくら覚えていなくても、私はあの試合であんたに負けたこと、忘れない。同じ学校でも、あんたには負けない。もちろん、あんただけじゃなくて、誰にも負けない」
アイツ、とは梓のことだろう。未来は、改めて堂々と宣戦布告を受けた。
しかし、不思議なことに、未来は思いのほか腹は立たなかった。
「分かった。でも、私だって負けない」
ただ、自分も負けたくない、素直な気持ちが口に出る。
未来の返答に、えみは、フンっと鼻を鳴らしただけで終わった。
そうこうしているうちに、2人は道場へと到着する。
道場に、2人の女子生徒が見えた。1人は素子で、もう1人は入り口に背を向けている。その背中に、未来は見覚えがあった。
「1日考えました。改めて、よろしくお願いします、キャプテン」
「分かった。こちらこそ、改めてよろしく」
端の折れ曲がった入部届を、素子に差し出している。そして、深く頭を下げる。サラサラとした黒髪がそれに合わせて零れ落ちた。
「梓!」
その姿を視認した未来が、道場の入り口から叫んだ。勢いあまって土足のまま道場に足を踏み入れそうになるのを、直前でブレーキをかける。そして、素子にぺこりと頭を下げた。
未来は靴を脱いで道場に入る。後ろからえみも続く。
改めて未来は一目散に梓へと駆け寄って抱きついた。華奢な体を、折れてしまうのではないかという勢いで抱きしめる。
「ちょっと未来ちゃん、痛いよ」
「だって、返信くれなかったし、やっぱり入らないんじゃないかって」
「それはその……未来ちゃんが、私の好きにしていいって言ったから、好きにしただけ」
「でも嬉しい! 一緒に頑張ろうね」
2人のやり取りを後ろから見ていたえみが呆れたように言う。
「結局、金魚の糞やるんだ」
あまりにも棘のある物言いに、未来はムッとする。
梓はそんな未来を小さく制して、えみに向き直った。
「未来ちゃんと一緒に、この部活で頑張りたい。それ以上でもそれ以下でもないから」
梓の大きな瞳が、凛とえみを射抜いた。
2人のやり取りに未来が困惑していると、その後ろから2人の女子部員が入ってきた。
「お疲れ様ですー」
「ちわー」
片方はサラサラの黒髪を後ろで束ねている。大和撫子といった表現が似合う容姿をしている。
もう一方は、ショートカットでセーラー服の腕をまくっている。いかにもスポーツをやっています、といった見た目だ。
「こんにちは! えーっと」
1年生の3人は、挨拶を返す。しかし、先輩の名前が分からずに首をかしげた。
剣道は、垂れに付けるゼッケンには学校名と名字が書かれる。しかし、1年生はまだ彼女たちの防具姿を見ておらず、自己紹介もまともに受けていなかった。
名前を覚えてもらっていないことに気が付いたのか、ショートカットの先輩が笑いながら言う。
「私は古河杏里。そしてこっちが藤原摩子。2年女子は私ら2人だけだから、よろしくね」
杏里の紹介を受けて、1年生が「よろしくお願いします!」と頭を下げる。
その後ろ、道場の奥にある男子部室から、坊主頭の数名が出てきて2人を取り囲む。
「摩子様―、明日の古典の単語テスト、点数が悪かったら放課後追試だから教えてー」
「俺も俺もー。平安貴族様、頼むよー」
「……はいはい」
「私が先だからね!」
「古河ずるいわ」
2年生のやり取りに、1年生が呆気にとられていると、杏里が笑いだした。
「藤原摩子、って平安時代にいそうでしょ? 見た目もこんな感じだし。おまけに、古典の成績めちゃくちゃ良いんだよね。だから、こうやって教えを請われるわけよ」
まあ、成績は負けても、剣道では1回も負けたことないけどねー、と杏里は付け加える。けたけたと笑う杏里に、摩子が困った顔をした。
入り口から百合子、葵子、聡子の3人が来るのが見えた。その後ろには、3年生の男子部員とみどり、沙帆もいる。
それまで後輩たちのやり取りを見ていた素子が手を叩いて急かす。
「さあ、早く準備しましょう」
「はい!」
元気よく返事をした部員たちは、慌ただしく稽古の準備を始めた。




