男爵令嬢といとこと、無礼な少年②
食堂に行くと、白いクロスがひかれた長テーブルを子どもたちが囲んでいた。
いとこの顔を探すと、先に気づいたハロルドとレイラトリアが、わたしに向かって手を振る。
それに小さく振り返して応えると、隣のエドワードが「本当にいとこなんだ……」とつぶやいていた。
つくならもっとマシな嘘をつくと思う。
「坊ちゃま。まだ紅茶が残っていますよ」
「だってアチぃんだもん。冷めるのを待ってたら遊ぶ時間が減るだろ」
「紅茶は熱いのを楽しむものですぞ。それに、坊ちゃまにとっては『大人しい遊び』の時間が減った方が都合がよろしいのではありませんか?」
レオンハルトたちは、速く食べ終えて遊びにいきたいようだ。
口にお菓子を詰め込んで、ハムスターのように頬張っている。
さすがに湯気が立ちのぼるアツアツの紅茶を流し込むことは無理だと判断したのだろう。
それだけを残してズラかろうとしたようだ。
しかし、それを許す執事のラリーではない。
モノクルの奥の瞳がキラリと光る。
勝てないことを理解したレオンハルトは、しぶしぶカップの縁に口をつけて、ふーふーと息をふきかけることにした。
「おや、ルルトメリア様。こちらへどうぞ。本日もアッサムティーでよろしいですか?」
「はい、お願いします」
「エドワード様はいかがなされますか?」
「俺も彼女と同じので」
「かしこまりました」
ハロルドの隣の椅子を引いてもらって席につく。
このエスコートには最初こそ慣れなかったものの、毎日使用人にしてもらっていたら自然と慣れていった。
少し待つと、金の縁取りと赤バラが描かれたティーカップと、プチケーキやクッキーが乗ったお皿が置かれた。
心の中でいただきますと唱えてから紅茶をいただく。
さすが侯爵家というべきか、普段我が家で飲んでいるものよりも格別に美味しい。
「ルルってエドワードと仲良かったの?」
「ううん、レオを呼びに行った帰りにホールで声をかけられたの」
「ふうん。めずらしいね」
「なにが?」
「別に。なんでもないよ」
確実に何でもなくない態度のハロルドに、首を傾げる。
ハロルドは基本的に、理由を問われれば回答してくれる。
不機嫌なとき以外は。
この数分で不機嫌になってしまったらしい。
「ハリー、そんな態度じゃルルトメリアが困っちゃうだろう。本当に偶然会っただけだよ」
エドワードがくすくす笑いながらハロルドの態度を指摘する。
彼のくすくす笑いは、どうやらクセなのだろう。
嘲りなどではなく、純粋に面白いからと言う風に笑っている。
「お前に偶然があるわけないだろ」
「いやだな、俺をなんだと思っているんだよ。偶然くらいあるさ」
「“エドワード”のこと、本当に嫌いだよ」
「ハリー、なんてこと言うの」
「あはは! このくらい挨拶みたいなものだから、気にしないでいいよ」
ハロルドがどことなく含みを持たせてエドワードを毒突く。
彼の顔は、昔レオンハルトにトランプタワーを崩された時くらいの怒気に溢れていた。
口では嫌いと言っているものの、本当に嫌いな人とは話さえしない性格のハロルドである。
軽口を叩けるくらいには仲が良いようだ。
「ルルはこのあとどうするの?」
「彼女はこのあと、俺とおしゃべりするから」
「は?」
ドスの効いた声が即座に返ってくる。
エドワードは、いったいどれだけ嫌われているのだろう。
キレられているエドワードは、どこ吹く風というように全く意に介していないようだ。
「エド、あたしもハリーも、おねえさまにひさしぶりにあったのよ。ひとりじめはずるいわ」
「君たちいとこはずっと彼女と一緒にいただろう? 今日くらいは俺に譲ってくれよ」
「ダメ」
わたしが応える前に、ハロルドがぴしゃりと拒絶する。
眉間に皺を寄せて、クッキーをぽいぽい口へ放り込んでいく。
渦中のわたしが口出しできる雰囲気ではないため、わたしも彼にならってクッキーをかじることにした。
バターの濃厚な風味がして、とてもおいしい。
「ダメじゃないよ」
よくわからないけど、エドワードのひと言にぞっとした。
弾かれるようにエドワードを見ると、先ほどとは全然違う笑顔を浮かべている。
くすくす笑いはどこかへ消え、刃物のように怜悧な笑顔を。
「俺が決めたんだ。君が口出しすることじゃないよ、ハリー」
「決めた? ……ルルは男爵だよ」
「だから? 本質的に重要なのは爵位じゃない」
「今日会ったばかりだっていうのに、急すぎる。来月から学院に入学して身動きが取りづらくなるから?」
「“ルル”の話は君たちがいつもしてくれていただろう。思い付きじゃないよ。この話は後でしよう」
「……」
クッキーをかじっている間に、会話の気温が急降下する。
じゃれあいから睨み合いに発展した両者に挟まれているわたしは、気まずさを誤魔化すために紅茶をすすった。
ぽつぽつと残っていた子どもたちは、逃げるように食堂を出て行く。
レオンハルトたちも、すでにいなくなっていた。
わたしも逃げたい。
「ハリー、おねえさまがこまってるわ。こわいかおはしまって」
「……ルルごめん」
「う、ううん。大丈夫」
むすっとした顔のハロルドの奥で、赤い瞳がぱちんとウインクを飛ばして助け船を出してくれた。
口パクでありがとうと伝えると、得意げな笑顔が返ってくる。
わたしより年下だけど、会話における立ち回りがうまくて尊敬してしまう。
「僕は書斎にいるから、談話室を使うといいよ。……エド、夕食前に僕の部屋に来い」
「今日はパーティーが終わり次第帰る予定だったんだけど」
「別に食べろって言ってない。話をしに来いって言ってるだけ。西回廊の突き当たりだから」
「わかったよ」
ハロルドは口早に告げると、ぬるくなった紅茶をあおって席を立った。
彼が何に怒っているのか不明だが、わたしには話したくないのだろう。
わざわざ夕食前に話そうというくらいだし。
雰囲気からすると、わたしが何となく関係していそうだが、思い当たる節はないため、おそらく自意識過剰なのだろう。
こういったときに、前世の年齢分の冷静さのおかげで「どういうこと?」と無闇に顔を突っ込まない判断ができるのは、ありがたかった。
「ハリーがあんなにおこるなんて、エドったらなにをしたの?」
「いやぁ、ここまで苛烈な反応は予想してなかったんだよ。ルルトメリア嬢も、困らせてしまってごめんね」
「いえ、お気になさらないで下さい」
エドワードの笑顔が元に戻って、内心ほっとする。
残しておいたココアのプチケーキを食べると、キリキリ痛んだ胃を癒やす甘さが口いっぱいに広がった。
「あたしはシエラのところにいってくるわ。だんわしつはふたりがつかってね」
「わざわざありがとう。パズルは片付けてもいい?」
「じつはハリーがかんせいさせたの。みてあげてね」
レイラトリアは肩にかかったツインテールを後ろに払うと、スカートの裾を翻して食堂を後にした。
きっとハリーは三人で談話室に戻ったときに、わたしを驚かせたかったのだと思う。
なるほど、道理で譲らなかったわけだ。
「わたしたちも行きましょうか」
「そうだね。ラリー、談話室にお茶を運んできてくれ」
「かしこまりました」
椅子を引いてもらって立ち上がる。
地獄行きが決まった罪人の気持ちが、なんとなくわかる気がした。