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王太子殿下と男爵令嬢の初恋戦争  作者: 月之丞
出会い編
1/5

月下の庭園で君を待つ

人目を避けるようにして、ひっそりとテラスからダンスホールの外に出る。

誰にも見られていないことを確認すると、わたしたちはホールを背にして走り出した。

白いタイルの道を、前を征く彼に手を引かれながら駆け抜けていく。

バラ園に差し掛かったところで、タイルの道から外れ、人気のない庭園の奥へ向かった。


「ア、アレクセイ殿下」


ホールを出てから一度も後ろを振り向かない彼の名を呼ぶ。

アレクセイ殿下は、ぱっとこちらを振り返ると、つないでいた手を強く引いて、わたしをその胸へと閉じ込めた。

走ったせいで、わたしも殿下も胸がドキドキとうるさかった。


「殿下……」


胸がドキドキいっているのは、なにも走ったからというだけではない。

この速い鼓動がバレないようにと、殿下の胸を押してみるが、わたしを捕まえている彼は、それをゆるさない。


「今だけこうさせて」


いつも自信にあふれている殿下に似つかわしくない、弱々しい声。

耳にかかる息は、少しだけ震えていた。


かたちだけの抵抗しかできないわたしは、言われるまま大人しく抱きしめられていた。

宙ぶらりんになった手をそっと殿下の背中に回すと、わたしを捕まえていた腕がぎゅうときつくなった。


静寂に包まれた庭園で、二人の呼吸と鼓動だけが聴こえる。

規則正しいその音が心地良くなってきた頃、殿下がぽつりと話し始めた。


「俺が卒業したら、もう君のそばにはいられない」

「はい」

「君をそばにおくことだって、俺の気持ちだけじゃ決められない」

「はい」

「でも、俺は君にそばにいてほしい」

「……はい」

「君がいいんだ」

「……はい」

「君のことが好きなんだ、ルルトメリア」

「はい、殿下」


ぽつぽつと語られる殿下の心の内を、ひとつずつ頷いていく。

ぎゅっと一度強く抱きしめられると、背中に回されていた腕がゆるみ、自然と体が離れ、殿下と目が合った。

金と銀の美しい双眸が、わたしだけを見つめている。

彼の瞳に映るわたしも、同じように見つめ返していた。


アレクセイ殿下は待っている。わたしの答えを。

でも、わたしはこれを決して口にしてはいけない。

殿下とわたしとでは、生きる世界も、背負うものも、何もかも違うのだ。

胸を刺すような痛みが襲い、震えそうになる唇を引き結ぶ。


でも。

でも、わたしは。

わたしの手を握っている殿下の手を振り払うことができなかった。


静かにわたしの答えを待ってくれていた殿下の顔が、ゆらゆらと滲んでいく。

とうとう我慢していた嗚咽が喉の奥から漏れ出てしまい、堰を切ったように涙があふれ出た。


ばらばらとこぼれていく涙を、殿下の指が優しくすくいとっていく。

いくつも、いくつも、頬を滑り落ちる前に、まるで宝石を拾うように。

その彼の優しさのせいで、涙は止まってくれそうになかった。


「ごめんね、泣かせたいわけじゃないんだ」

「謝らないでください!」


突然の大きな声に、殿下はびっくりしたように目を見開いた。

わたしも、こんなに大きな声を出すとは思っていなかった。

びっくりしてばらばらとこぼれていた涙も止まっていた。


「謝らないでください。殿下はなにも悪くありません。わたしが、わたしの身分がもっと殿下にふさわしければ」


身分が絶対のこの国において、王子殿下であり公爵令息のアレクセイ殿下と、ただの男爵令嬢のわたしは、まさに月とすっぽんだった。

絶対に結ばれることはない。

結ばれてはいけない。

次期国王となる彼のしあわせを考えれば、わたしがこの想いを断たなければならない。


「身分なんてどうだっていい。たとえルルトメリアが町娘だろうと、遠い異国の姫だろうと、なんだろうと、君が君である限り、俺は君のことが好きだ」


ここで、わたしはあなたが嫌いですと言えたら、どれだけラクだろうか。

どれだけ二人のためになるだろうか。

――どれだけつらいだろうか。

想像しただけで胸が張り裂けそうで、わたしはついに断る機会を逃してしまった。


言い淀むわたしを見守っていた殿下は、まるで騎士のようにその場に跪いた。

わたしを見上げる表情は、慈愛に満ちている。


「ルルトメリア・グレイスフィールド嬢。

 どうか俺と、一生を共にしていただけませんか」

「     」


わたしの答えを聞いた殿下は、嬉しそうに微笑んで手の甲にキスを落とした。

胸が高鳴って仕方がない。

きっとわたしも、彼と同じ表情なのだろう。


立ち上がった殿下は、上着の胸ポケットに挿していた一輪の白薔薇を抜き取って、わたしに差し出した。

両手でそれを受け取ると、それを殿下の両手が包み込む。


「たとえ貴女が世界の敵になろうとも、大地が割れ、天が墜ちようとも、貴女を守り、愛すると誓います」


白い花弁が唇に触れる。

月と星のように燦然と輝く殿下の瞳に誘われて、わたしはゆっくりと目を閉じた。

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