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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編シリーズ

極楽亭で伝説を

作者: 茜黒

「回復薬がない…!」

戦士の隣で女騎士が悔し気に言った。彼女は仕方なさそうにバトルアックスを手に取り、ワイバーンの群れに突っ込んでいく。

「騎士殿!お戻りください!」

戦士が言っても女騎士は戻ろうとしない。こういう時こそ俺の出番だ。俺はすぐさま走り出した。


「騎士ちゃん!リンゴならあるから戻っておいで!」

フードを被った男の声に、騎士は振り返る。

「それでは回復量が足りない!私が囮となって魔術師に戦ってもらったほうが早い!」

「あんたが戻らないとまーた防具と武器壊すでしょ!?お金ないんだから引いて!」

女騎士は悔しそうに敵を一瞥し、仲間の元に戻った。ワイバーンたちは縄張りから出ていった者たちを見送り、巣に戻っていった。

「おのれ…これではギルド長に報告できぬ」

「騎士殿、ギルド長は「急ぎではない」と言っておりましたのでそう焦らなくても…」

「その通りです、だから言ったではありませんか。ほかのところで経験値を稼いでから仕事をいたしましょうと」

「もとはと言えば貴様がギャンブルに貢ぐからだろう!」

「うまくやっていたのにあなたが短気にも「急げ!」と言ったからでしょう?」

「なっ…!」

今にも喧嘩になりそうな二人の間に大柄の戦士が入って止めようとする。

「とにかく落ち着いてくださいお二人とも」

「私は落ち着いておりますよ」

「私もだ!落ち着いているに決まっているだろう!」

「はいはい、わかったからとりあえず帰ろう?ね?ここまだワイバーンの巣の真ん前なんだからさ?」

フードの男にそう言われ、二人は言い争うのを何とかやめた。夜まで時間がないこともあり、四人は急いで街に戻った。


「ねぇ、旦那?」

「どうしたんだ、盗賊殿」

「この空気何とかなりません?」

「…無茶だな」

仕事終わりにいつも寄る極楽亭という酒場で戦士と盗賊は女騎士と魔術師が無言で酒を飲んでいるのを息苦しそうに耐えていた。理由は先程の言い争いと、この報酬の少なさだろう。依頼に失敗、とまではいかないが準備をしてから挑んだ為に買っておいたアイテム、特に回復薬は既に空っぽ、修理しておいた防具は同じところにヒビが入っており修理したとは見えない。これらすべて、これからまた買い直し、修理しなければならない。だがそれには報酬が足りない。ダンジョンで見つけた財宝類を換金しても一人分の装備にも満たない。

「…前衛をしている私の武器だろう」

「それを言うなら戦士様の盾でしょう」

「先に倒せば盾を使わなくて済むはずだ」

「はず、では困るでしょう?ダンジョンは危険だとついさっき再確認したでしょう?」

二人の静かな言い争いに二人は疲れたように小さくため息をついた。

「二人はどう考える!?こやつでは話にならん!」

「えぇ、全くです。騎士様はどうも短気なご様子、お二人が決めていただけると助かります」

疲れる言い争いが終わったかと思えば巻き込まれる。周りのお客も四人の席に近づかないようにするほどだ。絶世の美女、絶世の美青年がいるパーティのはずが今では完全にやばい連中、としてギルドでも名が通ってしまっている。

「…えっと、私は皆様の決定に従いますので…」

そういい、戦士は兜を被ったまま二人を見ないように俯く。

「え、ちょっと…もう…えーと、俺は戦闘一切できないんでもうそこは任せるといいたいんだけど、ただ一個だけ」

女騎士は首を傾げる。

「貴様の分の報酬はしっかり分けてあるが…?」

「あ、そりゃどーも。でもそうじゃなくて回復薬を一個買っておいてねって話」

二人は小さく「あ…」と呟き、回復薬分を報酬から分けた。そしてこれによって、誰の武器防具も直すことは叶わなくなった。


次の日、突然ギルド長の呼び出しを四人は受けた。朝早くからだったこともあり、魔術師はげっそりしていた。

「突然の呼び出し済まぬな、国の依頼なのだが簡単なものでもあるんで君たちに頼みたいのだ」

そう言われ、ギルド長は戦士に依頼書を渡した。見るとSランクのルーン石を探してきてほしい、というものだった。

「Sランク…ですか」

「あぁ、君たちはダンジョンの奥にも入れるのだから問題ないはずだ」

三人は魔術師を見る。ダンジョンの奥に入ったことがあるのはこの魔術師だけなのだ。しかも最悪なことに魔術師は前のパーティの後衛にいたのにも拘らず死者となって帰ってきたのだ。この時点でダンジョンの奥がどれほど危険なものかがわかる。

「…いえ、その…我々では…」

「ではよろしく頼むぞ」

人の話を聞かず、ギルド長は仕事に戻っていってしまう。最近隣国の人工モンスターがもたらす被害に国やギルドが手を焼いていることを四人は知っている。そのため、日ごろの恩もあるため四人は諦めてこの依頼を受けることにした。最悪ルーンを入手してから死者になればなんとか帰ってこれる。この国では寺院に体の一部さえ持ち帰れればそこからもう一度生を受けることができるからだ。しかしそれには多額の恩赦が必要となる、そのためあまりこの手は使いたくなかった。がこれも日々の恩返しだ。と無理やり納得させた。

「成功させねばもっと貧乏か…」

乾いた女騎士の声に魔術師は悲し気に同意した。

「とにかく、ダンジョンに向かいましょうか…」

戦闘をする三人は嫌々といった様子で馬屋までの道をとぼとぼと歩き始めた。戦闘をしない盗賊はダンジョンに向かうまでの食事を買うため、一度三人から離れ市場に向かった。


盗賊が三人に合流しダンジョンについた四人は門の前から躓いていた。

「ゴーレムが…強すぎる…」

大型のゴーレムの一撃に女騎士が片膝をついた。魔術師の魔力は枯渇寸前であり戦士に至っては既に意識を失っていた。

「一度撤退しますか…」

「できぬ!戦士を運ぶことは私たちでは出来ないし、そんな暇を与えてくれそうにない…」

「となると私たちもやられて、盗賊クンに寺院に運んでもらう他…」

「くっ…どうすれば…」

二人がゴーレムの攻撃を受けつつ戦士のほうにターゲットが向かないように回避をする。

「…ぉ、ふたり…とも」

兜が割れ、頭から血を流す戦士が意識を取り戻した。回避に専念する二人には戦士の声は届かない。

「おふ、たり…とも」

戦士は無理やり立ち上がろうとし、体勢を崩してよろける。目の端で動いた戦士を、魔術師の片目が捉えやっと気が付いた。

「戦士様、大丈夫ですか。申し訳ありませんがお逃げください、騎士様、戦士様を!」

「魔術師、貴様が戦士と行け!私が囮に!」

両者譲らず、互いを逃がそうとするがお互いそれを聞こうとはしない。

「死にぞこないの私が…お二人はお早く…」

戦士が砕けた剣を構えた。三人が相手二人を逃がそうとし話が進まない。そんな三人をゴーレムは慈悲なく追撃するために近づいていく。

「…わかった、ならば私たち三人でゴーレムを倒す、そして盗賊に回復薬を買ってきてもらう…これでどうだ」

「ダメと言っても聞きそうにありませんね」

「騎士殿は正義感が強いですからな…」

三人はまるでこれが最後の戦いとばかりにゴーレムを見た。ゴーレムは腕を引き、先陣を切ろうとする戦士に振り下ろそうとする。

「あのねぇ!これ最終回じゃないからね!!?」

突然盗賊の声がゴーレムの後ろからした。盗賊が立っていた。いつも持ち歩いている鞄からはキラキラと光る財宝がこぼれんばかりに入っており、手には黒い石が握られている。

「術師の旦那!Sランクのルーンってこれであってるっしょ!!?姐さん、旦那!一瞬囮になって!俺そっち逃げるから!」

「やるじゃないか盗賊クン」

魔術師が魔力の消費が少ない霧を発生させ、辺りの視界を奪う。戦士と女騎士はその意図が分かり戦線から離脱する準備をする。

「盗賊殿!こちらへ!」

「OK!」

そう言い盗賊が走り出した瞬間、ゴーレムが視界の悪いままに放った横殴りの一撃が盗賊の体を吹き飛ばした。鞄とルーン石は魔術師の目の前に落ちる。盗賊の体は嫌な音と水音を響かせて地面にぐちゃりと落ちた。盗賊の体が何度か痙攣し動かなくなった。

「と…う、ぞくどの…?」

戦士がふらふらと近寄ろうとするのを女騎士が止める。守ることで戦ってきた彼は人の死を身近に見ていたはずだった。だが、非戦闘員である盗賊が死んだことを瞬時に理解し受け止めることはできなかった。優しすぎた、それが彼の長所であり短所でもあった。魔術師がすぐさま盗賊の荷物を拾い、女騎士が走り出し盗賊の体を抱え、三人と一つの死体は戦闘から逃げ、昨日と同じように街に向かっていった。ただひとつだけ違う点があった。


依頼には成功した、という事だった。


「あー。びっくりするぐらい痛かった」

気の抜けるような声に戦士は困ったように笑った。

「本当にびっくりしましたよ…」

「まったくだ、貴様は運がなさすぎるぞ」

「運がないから実力で盗賊になって生きてたんですー、って、術師の旦那は?」

つい先ほど生き返った彼はまだ魔術師に会っていない。目を覚ました時からいないのだ、まさか帰ってくるときに襲われたのではと心配になる。

「王城へルーンを届けに行っている、というか貴様はどうやってダンジョンに…いやその前にルーンをどこで見つけた」

女騎士の問いただすような言い方に盗賊は背筋をつい伸ばしてしまうが、体が痛みすぐに姿勢が悪くなる。

「ルーンはダンジョン限定じゃなくて人工モンスター同士を戦わせてみっけたの、ダンジョンは三人がゴーレムと戦ってる間に正面からこそっと入ったんだわ、勝手に囮にさせてもらったよーん」

「は?人工モンスター同士を戦わせて?」

盗賊は自身が見たものの一部始終を話した。

「隣国の人工モンスターの話は知ってるっしょ?あれがダンジョンにもいてさー、そいつらがお互いに気が付かないで歩いてたから小石ぶつけて喧嘩させたんだよねぇ、まるで姐さんと術師の旦那見たいだったなぁ…」

そこまで言って女騎士は盗賊の足に先ほどまで飲んでいた回復薬を落とす。

「い゛っ!!!??」

「あぁ、すまん、手が滑った」

わざとらしい笑顔に盗賊は涙目になりつつ痛む足を擦った。戦士はそんな女騎士を宥めるが女騎士は「大丈夫だ」と返した。

「はぁー…えっと、たぶん人工モンスターの中身ってSランクルーンなんだよね、だからそんで戦わせて負けたほうの奴から出たやつを持ってきたってわけよ。それまでに見つけたお宝もしっかり回収したし、まーるもーけ」

盗賊がにっこりと笑い人差し指と親指の指先をくっつけ丸を作る。

「呆れたな…まぁ、貴様のレベルが私たちよりも高いのは知ってたが…」

「あはは…魔術師殿が帰ってきましたら換金しましょうか、高値が付くといいのですが…」

「つくと思いますよ、中には呪術品が混ざっていましたが」

部屋に入ってきた魔術師がローブの中から報酬を出しパーティリーダーの戦士に渡した。

「王妃様は大喜びでしたよ、あ、回復がすみましたらギルド長に報告に行きましょうか」

「よかったー、ならまぁさっさと残ってる依頼こなしちゃいましょーね」

盗賊の言葉に昨日のことを三人は思い出し、報酬と換金した分がどれくらい残るのだろうと悲しくなった。


これはまだ始まったばかりの伝説だ。

この最初の依頼から国や世界を巻き込む戦いになっていくことをまだ四人は知らない。

戦士は誇りを、女騎士は一族の名を、魔術師は自身の研究をかけた戦いになる。


そして後ろから見てきた伝説を、極楽亭で彼は嬉しそうに酒を煽って話すのだ。



短編 終

短編でございます。伝説は気分で始まるかもしれませんし始まらないかもしれません。

盗賊はthe雑魚です。足は速いし指先は器用ですが武器は使えない、運は悪い、大体巻き込まれ体質な人です。

戦士は防御力全振りです。温和で優しすぎる性格ですぐ騙されます、昔そのせいで激レア武器を盗まれた経験があります。ちなみに36歳、バツイチ。

女騎士は攻撃力全振りの脳筋です。短気で厳しい女性ですが実際は自分が戦えば周りが傷つかないと思っているだけです。26歳、ギルド長に恋をしています。

魔術師は知的に見えるサボり魔です。ギャンブルをしてできるだけお金を増やしていますが女騎士の茶々入れで失敗することが多いです。30歳、研究に没頭して青春は投げ捨てました。

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