異世界居酒屋『細彩亭』と夏の幻想
『ウルアーデ』という星が存在する。
その星の事を端的に表すのならば、『日夜戦いを行っている修羅の星』である。
数多の人間が口から火を吐き水を出し、素手で鉄を砕いたり天災である雷を操ったりすることができる、そんな星だ。
その星は力こそが最大の正義とされており、己が欲望を叶えるために日夜多くの人々がその欲望を叶えるため戦っていた。
とはいえ、この星が野蛮な場所かと言われれば答えは否である。
この星は星をまとめる為政者によって見事に統治されており、法や貨幣制度、それ以外にも様々な要素がい混ざり、人々は日々を送っていた。
そして貨幣制度があればもちろんそれを使うための場所がある。
各種販売店、観光地、様々な業種の仕事や飲食業。
この物語は、そんな星のちょっと変わった日常を覗き見るものである。
「よいしょっと!」
「おう幸一、仕込みはどのくらい終わった?」
「へい。今汁物の出汁を確認しました!」
俺の返事を聞き体の調子を数年前に崩して滅多に現場に立たなくなった大将が頷く。
「そうか。じゃあまだちっと時間が掛かるな。酒屋の大将のところには久留美の奴を向かわせるから、お前はそっちを終わらせとけ」
「へい!」
居酒屋『細彩亭』の朝は早い。
昼のランチ、夜のディナーで出す料理の仕込みを朝の六時から行うからだ。
「俺は魚屋さんから今日の分の魚を貰ってくる。悪いが、こいつらの処理もお前らの方でやっといてくれ」
「「うす!」」
大将がそう口にしながら魚市場で競りをしてきた結果取ってきた魚の下処理を一人が行い、俺を含む残る面々は直前まで行っていた出汁の確認や掃除を行う。
そうして時間を過ごしていると大体いつも朝九時頃になり、朝礼を行い日替わりのメニューを何にするか話し合う。
「うし。じゃあ休息だ。各自昼の時間までゆっくり体を休めろ」
「「へい!」」
その末にアラカルト……つまり一品料理の事なのだが、これを何にするか決め昼のランチの時間まで休息を取る。
「いらっしゃいませー!」
「「いらっしゃいませー!!」」
時間が来ると店を開き、他の店と比べ値段が少々高い、いわゆる高級居酒屋のランチが始まり、その値段にも関わらずすぐに席が埋まる。
「いらっしゃいませー」
「幸一君か。いつも元気だねぇ」
「それが取り柄なんで!」
この時間帯のお客さんというのはお酒が入っていないのもあり落ち着いているもので、様々な種族の人がいるにも関わらず、何の問題も起きることなく終わることが多い。
俺も明るい声で話しかけてくるお客さんに返事を返しながら、できる限り丁寧な仕事をして行く。
「んだコラ! 俺がどこで食べようと問題ないだろうが!」
「問題ですよ。だって臭いんですもの。ちょっと離れてくださらないかしら?」
「それ言うならババア、テメェだって無駄に香水をつけすぎ何だよ! こっちに運ばれてきた料理に匂いが付くじゃねぇか!」
「なんですってぇ! それはアンタら犬畜生の鼻が良すぎるのが問題なんでしょ! てかあんたらも出て行きなさいよ! 毛が料理に入ったらどうするのよ!」
「そうしないために夏にも関わらず長袖長ズボン何だろうが。落ち着け」
対して酒が入り各々が好き勝手言う夜の時間帯は厄介だ。
今日に限って言ってもなじみの客だがマナーがなっておらず、酒が入れば誰かれ構わず噛みつく小太りの金髪にサングラスを掛けたマダムが、横の席にいる肌が少々青白く頭から背びれが生えている魚人の男性に文句を言っており、鼻が黒く口から牙が生えた獣人の男性が注意をすると、そっちにまで怒りの矛先が向いた。
「あーすまんねお客さん。喧嘩になるようだったら外でやってくれないかい? 他のお客さんの邪魔だよ」
「っ!」
とはいえ大将がそう言えば、なじみの客であるマダムは戦闘力という者が一切ない人物なので心底悔しそうにしながら席に戻り、残る二人は彼女と比べれば遥かに冷静であったためか文句の一つも言わずに席に戻った。
この店には然程強い用心棒がいるわけでもないので、毎度の事ながら正直冷や汗を掻く光景だ。
「ふんっ、腹が立つ亜人ね。もういいわ。坊や、『骨せんべい』を一つと、あとメインディッシュに『千骨羅』のてんぷらを頂戴。大根おろしと特製の出汁も忘れずにね!」
「へい!」
内心みんなが煙たがっているマダムから俺が注文を受け、鉄を繊維にして編んだ手袋を嵌めながらいけすに手を突っ込み一匹の魚を取る。
そのままこの『細彩亭』の名物料理を作るための下準備を行っていくが、正直俺は内心でため息を吐いていた。
骨の一本でも残っていれば火山の噴火の如く怒り狂う相手だからだ。
「お待たせしました。『千骨羅』のてんぷらです」
「ありがとう」
緊張しながら出した品をマダムが頬張るが怒り狂うことは泣く、その日はそれ以上暴れることはなく、他のお客さんも際立って事を荒げることはなく、いつも通りに店じまいまで行えた。
こんな日々が、ここ居酒屋『細彩亭』の毎日である。
「幸一君、この倭都でとれたナスの煮びたしを一つ!」
「へい!」
「いやぁ。やっぱり倭都の野菜はいいねぇ。それをここで煮びたしにするっていうんだから最高だ」
「お褒めに預かり光栄です」
そんな日常が続いたある日の、時は夏の真っ只中、いわゆるお盆週間での事である。
この星のお盆は毎年八月の十日から二十日をさしており、その期間はサービス業を除いた大抵の会社が大型連休を取り、人々は先祖や友人の墓参りに行っている。
「嬢ちゃん、このお酒貰える?」
「二本刀ですね。かしこまりました! あ、一合でいいですか?」
「いや、三合もらうよ」
「かしこまりました!」
「お客さん大丈夫? まだ夜には早いよ?」
「大丈夫だって! この程度は数のうちに入らん!」
無論、大型連休だからといってこの店が閑散とするわけではない。
普段と同じように盛況し、接客を行うお嬢ちゃん達が石造りの床を小走りで駆け注文を取りにいき、俺は磨き抜いた包丁とまな板を使い料理を作る。
「今日はちょっと余裕があるね」
「そうですね。この大雨ですから、なじみのお客さん以外は予約のお客様も早々来ないでしょう」
話しかけられた大将の返事の通り、外は貯水槽でもひっくり返したかのような豪雨が振り続けており、一般人が傘を差して歩く程度ではどうにもならない勢いであった。
「ニュースによると恐らく三百ミリを超えるんじゃないかって話だろ。ここら一帯の都市は大丈夫なんだっけ?」
「ええ。この町の建物に限っては全て大丈夫ですよ。どれだけ雨が降っても、その上に乗っかります」
この世界には様々な場所があり、その内の一つに豪雨地帯というものがある。
これは町が沈む程の大量の雨が降る場所に付けられる名称なのだが、ある程度の対策が取れる町はこれに対して対策を取る。
それが地下に張り巡らされた水力を別のエネルギーに変換できる装置であり、それにより豪雨が降ったとしてもすぐに電気や火力発電に役立てる事ができるらしい。
のだが、大将はある程度詳しいようだが、正直俺は詳しい仕組みやら場所についてはよく知らない。
「あれができたのは三百年以上前って話だけど、いやー助かるねぇ。おかげで水害が恵みの雨に変化してるんだからね!」
「ほんとですね。でもまあ、客足が減るのは確実なんで、次はエネルギーを雨を防ぐ障壁にでもして欲しいもんですよ」
「違いない!」
大将がお客さんと話しているのを耳にしながら、俺は一日前からじっくり煮込んだ大根と牛肉を綺麗に盛りつけ、その上に仙琴草という爽やかな香りを漂わせる草を一本乗せる。
「いやー! すごい雨だ! 来た身でこんな事を言うのは変かも知れないが、この雨の中飯食いに行くのはちょっとまずかったな!」
扉が開かれ、新たな客がやってきたのはその時だ。
「ほんとだよ。まあ、服もここ用の物を揃えて準備したんだ。今更キャンセルはないがな。まあしかし日を改めるべきではあったかもな。私にとって雨はまずい。これほどの豪雨ならなおさらだ」
「まあ、無事来れたんだから言いだろ。なあ?」
「そうだ。なんの問題もない」
見覚えのない三名の客は店内の様子など気にすることなく好きなように喋っているのだが、彼らはこの上なく目立つ面々であった。
格好がおかしいから等という理由じゃない。この場にいる他の者と比べ明らかに纏っている空気が違ったからだ。
「えーと、店員さん店員さん。今日の夕方6時半から予約してた鮫田ですけど」
「あ、はい。お待ちしておりました!」
「鮫田て…………」
まず第一に目に入るのは先頭に立つ扉を体を傾けて入ってきた二メートルを遥かに超える巨体の男だ。
胸筋は厚く盛り上がり、精悍な顔付きをしているその男は、天に向けて逆立てた金の短髪を蓄え水色のワイシャツを着こみ、黒のかーごぱんつを履いた偉丈夫であった。
中でも露出している両腕の筋肉は凄まじく、鍛え上げ膨張させただけではとどまらず、それを極限まで引き締めている。正直、同じ男ながら見惚れてしまう肉体だった。
問題は筋骨隆々な男の横幅で、彼は狭い通路をその身一つで圧迫してしまうため、周囲の空気を半ば強制的に暑苦しいものにしていた。
「いいじゃないか。かっこいいぞ鮫は。ところでエヴァ、お前のその服はどうした?」
「なんだ。今まで気づかなかったのか? 全くこれだから脳まで筋肉でできてる奴は」
「いやそうじゃなくて、どうやって揃えたんだ?」
次に目に入るのは上から目線で自身の二倍以上は身長差がある巨漢に話しかける可愛い声をした幼女だ。
日の光を全く浴びていないとしか思えない真っ白な肌に、ルビーを連想させる真っ赤な瞳のツリ目。
そんな少女に抱く第一印象は『このうえなく出来のいい西洋人形』というものなのだが、彼女が来ているのはそんな彼女の風貌とは相反する浴衣だ。
黄色を基調とした浴衣には花火や大輪の真っ赤な華が咲き乱れており、しかししっかりとした布地の造りの良さから、単なる子供用の物には収まらぬ雰囲気を出していた。
そんなしっかりとしたものを綺麗に着こみ銀色の帯でしっかり留め、加えて足元に届くのではと思える程の長髪をシニヨンにして金の装飾が施されたかんざしで止めたその幼女は、見たところ二桁の年齢にも達していない姿にも関わらず、成熟した大人の女性でさえ出せない奇妙な色気を小さな体から発していた。
「っ」
「おぉ…………」
『細彩亭』に食事に来ていた様々な種族や身分の人々、そして働く職人たちが、突然現れた異様な雰囲気の彼らに息を呑み、唾を飲みこむ。
俺にしてもそれは変わらず、そのまま見続けているのは失礼だと思い逃げ場を求めるように視線を彷徨わせると、そんな二人に挟まれた大・中・小という身長差における『中』のポジションにいる最後の一人に目が行き…………言葉を失った。
着ているのは色落ちした藍色のジーパンに、何の飾り気もない白のポロシャツ。
他の二人と比べれば身長に特徴もなく、纏う空気自体もないに等しい存在。
そんな存在を目にした俺は、しかし彼の顔を見た瞬間息を呑んだ……いや呼吸を忘れてしまった。
その男は何といっても顔が良かった。
鼻の頭から付け根にまでまっすぐに伸びる黒い線に、瞳の下に落書きのように書かれたサーカスのピエロを思わせる滑稽な真っ黒な涙のペイント。
髪の毛は少々黄ばんだタオルを巻いており、黒と赤の混じった髪の毛が僅かに見える程度で実際のヘアスタイルがどのようなものかも認識できないようになっている。
そんな珍妙な格好をしてなお、男は寒気が奔るほどの美形なのだ。
若草色の瞳には深い含蓄と知識が込められたような光が宿り、他の体のパーツはどれもこれ以上ないというほど万人受けするであろう形をとっていた。
それらがこれ以上はないというほど完璧な位置取りを行い、男の顔を人外の域にまで高めていた。
そしてそんな男を直視すると同時に、二人に隠れ幽鬼のような雰囲気であった存在が別次元にいるような錯覚に襲われ、呼吸を忘れるだけにとどまらず、脳が乱れ、心臓が早鐘を打つ。
「ん? あ! おいおい、お前さん顔のペイントが一部取れちまってるぞ。エヴァ!」
「分かったよ。しまったな。この雨に耐えられなかったか」
周りにいた人々の放つ空気がおかしなことに彼ら自身が気が付いたようで、大男が慌てた様子で声をあげ、エヴァと呼ばれた綺麗な少女が指先に黒い光を宿し男の顔に触れる。
俺は意識が朦朧とし始めていたのだが、そんな中でも少女が僅かに欠けていた涙のペイントを書き直したのを何とか確認し、すると俺自身の身を蝕んでいた様々な症状が一気に掻き消えた。
「はぁ……はぁ………………?」
「そのー……辛い状態なのはわかってるんだが、とりあえず予約席に案内してもらっていいかな? ここだと全員の視線が痛い」
荒い呼吸を整える人々の様子を絶世の美男子と少女が一人ずつ確認し、巨体の男が膝を折っている接客の女性に水を渡しながら俺に対し少々困った様子で話かける。
「も、申し訳ございません。少々お待ちください」
「いや、こちらこそ申し訳ない。しばらく待つので、ゆっくりと息を整えてください」
それから少しして俺や他の店員の呼吸が整い、接客担当の者が彼らを予約席である調理場の前に案内した。
「おしぼりです。どうぞ」
「これはこれはご丁寧にどうも」
「いちいち挨拶するな。こういうところではな、これくらい普通なんだよ」
「なに? そうなのか?」
「そうなんだ。全く、お前はもう少し良い店に足を運ぶようにしろ」
案内された調理場の真正面にあるカウンターで、巨体の男と小さな少女が話しあう。
彼らの席順はというと、巨体の男性が入口から一番近いところに座り、それから奥に向かって絶世の美男子、最奥にエヴァと呼ばれた小さな少女が座っている。
「えーとメニューメニュー」
眼福である事は疑いようのない事実なのだが、正直俺は内心で困惑していた。
これまで様々な芸能人やお偉いさんを相手にしてきた事があったのだが、目の前にいる彼らは、そんな人たちを嘲笑うほどの風格を備えており、料理に集中するのが困難だったからだ。
「…………まあ店構えからして仕方がないが。ウイスキーやら洋酒の類は少なめだな。それでも、良いものは揃ってるから問題ないか」
「なんだ? 和酒は頼まないのか? こういう雰囲気のお店なら、そっちの方が食事に合うぞ?」
中央に座る美男子を起点に左右には巨体の男と小さな少女が座っており、楽しそうに和酒の類を眺め、真逆では少女が少々残念そうに洋酒のページをめくっていた。
「すいませーん。注文お願いしまーす」
少しすると彼らは何を注文するか決めたようで、巨体の男が天井に手が当たらぬように細心の注意を払いながら手をあげ、深みのある低い声でそう告げる。
「申し訳ありません。確認なのですが二十歳以上であるのを確認できるものはお持ちでないでしょうか?」
「………………ああ、今の世の中はそんなものが必要なんだったな。全く面倒な」
そうして接客担当の子が彼らの側に緊張した様子で近づき尋ねると、見下ろされた小さな少女が、面倒気な様子でポケットに手を突っ込んだ。
見た目はともかく纏う風格や妖しい雰囲気、加えて大男に対する態度から、目の前の小さな少女が年齢通りの見た目ではない、いわゆる長寿族であるのは一目でわかった。
「は、はい?」
思わぬ答えを聞いたといった様子の娘さんが首を傾げるが、仲間らしき巨体の男にエヴァと呼ばれた少女は免許証を取り出して渡し、自分の年齢が二十歳を超えているのを確認させた。
「…………?」
そうして戻ってきた彼女はしかし、何とも腑に落ちない表情で調理場で控えている俺達に視線を向けた。
「どうしたんだ?」
不思議なものを見たかのような表情で帰ってきた彼女に俺はそう尋ねる。
「あ、いえ。先程免許証を見せてくださったお客様に驚いてしまって…………」
「というと?」
「その…………年齢が思ったよりも高かったもので」
「いくついくつ?」
場の空気を一変させた彼らは、他の客だけでなく調理場にいる俺達からしても注目の的であり、ゆえに手を離せないものを除いた大多数の視線が彼女に注がれる。
「どっちにしろ、二十歳は超えてるんだろ。なら問題はねぇ」
「た、大将」
「それよりも手を止めんな。客足が普段よりも少ないとはいえ、気の抜けた仕事をするのは許さねぇぞ」
「は、はい!」
そんな緩みまくった俺達の心を、普段は決して怒らずのんびりとした物言いで話を進める大将が一喝。
すると俺を含んだ調理場の職人は瞬時に心を入れ替え普段の状態に戻り、目の前の調理に対し全神経を注ぐ
「酒の用意は?」
「できました!」
「よし、なら持って行って一緒にお通しも出せ」
腕を組んだ大将が普段通りの穏やかな声でそう告げ、三人組に注文を受けに行った娘がロックのウイスキーが入ったグラスと一升瓶、それに二人分の小さめのグラスと升を手にして、彼らのいる場所へと近づいていった。
「お待たせしました。こちらシャンデルワルツ28年物と荒波の特別純米です」
「ああ。ありがとう」
「それと、こちらがお通しの油揚げの宝石箱です」
「ほう! これは凝ってるな!」
俺達の目の前で上機嫌に呟く巨漢が箸を駆使し、注がれた酒を口に運びながら油揚げを丁寧に割っていく。
そうして中から現れたニンジンとごぼうが少量混ざったひじきと、更に奥に箸を進めると出てくるトロトロの黄身を見て楽しそうな表情を浮かべ、一口で食べきれる分に切り分け口に運んだ。
「うまい! うん美味いぞ!」
その後口にした感想を聞き、俺は内心でガッツポーズをした。
何せ今日のお通しの担当は俺だったから、新規のお客さんが小躍りするような勢いで感想を言ってくれれば、それはもう何よりもうれしい事だ。
まあとはいえ、鼓膜が破れるかと思う大声は、勘弁してほしいところであったが。
「それはそうなんだが、ウイスキーとは合わんな…………自分の趣味に傾倒せず、店の赴きに合わせるべきだったな」
「ウイスキーに合うメニューもあるようだからそれを頼んだらいい。まあ、おとなしく和酒を呑んだ方がいい気がするがな」
「んっ! ぷはぁ! すまんが、私にも二人と同じもの……ああいや、おすすめの端麗辛口酒をくれ!」
大男のアドバイスを聞き少女がその身にそぐわぬ一気呑みを行い、机にグラスを叩きつけながら新しい和酒を注文。
「かしこまりました。では、この山桜の吟醸酒などいかがでしょうか?」
「任せた」
幼女にしか見えない風貌のお客さんに対し彼女が礼をして、奥へと戻っていく。
そして豪快な飲みっぷりを俺達に伝えるわけだが、それを見れていない奴は心底残念そうに悔しがっていた。
「お待たせしました。こちら刺身五種盛と骨せんべいのゴマ醤油味です」
「おお! 来た来た!」
「おい! お前は食うのが早すぎるんだ。私達の分まで残しておけよ!」
「安心しろ! 私はそこら辺はしっかり守る男だ!」
入れ替わり持って来られた品を前に、真ん中に座る男性の側にまで腕を伸ばし勢いよくがっつく巨漢。
それを見て少女がツリ目を細め厳しい声で注意すると、男は楽しそうに言葉を返しながらが骨せんべいをつまみ取り、口に運んで行った。
「んーうまい! 御通しの出汁のしっかり効いた味と黄身の濃厚な味わいが混ざったのも素晴らしかったが、私はこの香ばしい味の方が好きだなぁ!」
「刺身もいい、新鮮だ」
「あーん待ってくれよ! 私の分まで残しておいてくれよぉ!」
巨漢に対して強気であった少女はもう一人に対してはそうではない様子で、年齢相応の様子で寂しそうに駄々を捏ねると、男が優しく頭を撫で、嬉しそうに笑顔を向けた。
そんな少女の姿は可愛かったし、頭を撫でる男の事をうらやましいと俺は思ってしまった。
「野菜が食べたいな。ただ、どれがいい素材のものなのかがわからんな。いやこういう時は季節の野菜を使った料理を頼むといいのか?」
「あ、生産地に関しては私が知ってるぞ。確か今の時代では倭都ってところで作られている野菜がいい物らしい。以前テレビで紹介されてた」
「倭都……倭都…………お、見つけたぞ! すいません。このナスの煮びたしをお願いします!」
それから一時間と少々が経ったが異様な雰囲気を放つ彼らはしかし、その面持ちとは裏腹に他の人々と同じように普通に食事をしていた。
中央の人物は別として左右の二人は常に話しており、中央の人物が時折何かを口にすると、二人は勢いよく喰いついた。
「変わったお客さんですね」
「俺もそう思う」
とはいえ、全くもって普通かと言われれば少し疑問で、俺の目の前にいるこの三人は少々知識が欠けていたようにも思えた。
頭が悪いという意味ではなく、常識的な事に疎いといった意味でだ。
例えば出てくる一風変わった料理に対しては他の客と比べても一層珍しそうな視線を向けており、なおかつ知っていて当たり前のはずの名産地も知らない様子であった。
他にも奇妙な点は幾つか散見されているのだが、マナーはもちろんのこと、巨漢の男性に関して言えば人当たりもとてもよく、興味深げに自分たちを眺めていた人々にも率先して話しかけ、今では打ち解けた様子で酒を周囲の人と飲み合っていた。
「………………」
その様子を大将は興味深げに眺めており、それまでは彼らに視線を向けていた職人を注意していた立場が一転して、注文を聞きに行った者が戻る度に逐一報告を受けるようになっていた。
「すまない。注文をお願いしたいんだが、よろしいかな?」
彼ら三人は油揚げの宝箱から始まり刺身と骨せんべい、その後茶碗蒸し、軍艦イカとジャガイモの塩麹ソース、スノークランチのゴマソースと順調に食べていき、口休めに冷ややっこの海藻盛りを食べ終え、するとそこで、初めて中央に座っていた男が店員に喋りかける。
「あ、は……はい!?」
それまで時折彼を目にしては惚けていた彼女は、まさか自分が話しかけられるとは思っていなかったようで思わず肩を強張らせ、僅かに顔を赤くしながら彼の目の前まで寄って行くが、
「ここの…………」
「ちょっとちょっと! アタシが頼んだ商品が来てないよ! 一体どういう事だい!?」
その時であった。
呼びだした彼がメニュー表を開き商品を注文しようとすると、彼らの真横に座っていた顔なじみの小太りマダムが声を荒げ、男の注文を遮った。
「す、すいません。今すぐに出します! しょ、少々お待ちを……」
「たくっ! 若い男に目が言ってるんじゃないかい。あんたらも、そこの娘も!」
そう口にする顔馴染みのマダムであるが、彼女が突然声を荒げた理由は明白だ。
彼女が声を荒げたのは料理が遅れたからではない。料理の配膳のスピード自体は普段と変わりがなかったからだ。
本当の理由はただの嫉妬だ。
このマダムは名が売れた著名人で、自身のホームページではその日あった事をよく写真付きであげ、多くの人の羨望を集めていた。
そんな彼女は突如現れた三人組を最高の素材と考えたようで、わざわざ小さな少女の隣の席にまで移動してきたのだが、その少女の厳しい視線もあって中々話をすることができずにいたようだ。
なんでそんな事がわかるかって?
そりゃはこの厄介なマダムが、この場にいる誰よりも中央に座る男をチラチラと見ていたからさ!
「お客さん、いつも言ってるよねぇ。ここで騒ぎを起こさないでほしいって。やるなら外でやりな」
俺が内心で彼女の迷惑行為に腹を立てたその時、再三の警告にも関わらず騒ぎを起こすマダムに頭を痛めた大将が病人がするような咳をしながら苛立った様子で話しかける。
普段のマダムならばそれで手を引くのだが、今回の彼女は背筋が凍るような邪悪な笑みを浮かべ、その言葉を待ってましたというような様子で口を開いた。
「モチロン存じ上げていますとも。ですから、今日はそれに従おうと思うんです」
「あん?」
マダムが手を叩き大将が声をあげ、それから少しして店の入口が開く。
そこから現れたのは巨体の男動揺身長二メートルに届くであろう黒のスーツを身に纏った二人の大男で、マダムの側によると、全身から闘気を迸らせる。
「私つい最近親族の集まりをしまして、その際ゴージャス! な家系に生まれた我々を襲う野蛮な連中から身を守るために、ボディーガードを雇いましたの。それでお盆一杯はそのまま彼らを雇ったんですのよ!」
心底楽しげにそう告げると、自分に話しかけず他の若い娘に話しかけたのがそれほど気にいらなかったのか、彼女はジロリと男を見つめ囁きかけた。
「ところでそこの美しいお兄さん」
「…………私かね?」
マダムの甘ったるい声を聞き俺は寒気が奔ったのだが、男は少し時間を置き感情の一切籠っていない声で返事をした。
「ええあなた! もしよければ一戦いかがでしょうか? 喧嘩は最高の酒の肴とも言いますし、周りの人もそれを望んでいるはずですよ」
その言葉を聞き勢いよく立ち上がったのは、男とマダムの間にに挟まれていた金髪の少女だ。
「おい」
見開かれた真っ赤な瞳は瞳孔が完全に縦に裂け、今にも爆発しそうな空気を全身に纏っていた。
俺は戦士として生きてこなかったから直感というものには一切自身がなかったのだが、俺の体は無意識に危険を感じ取ったからなのか震えていた。
「突然話しかけて一体なんなのだこのババアは? 何様だ?」
「あらおチビちゃん、貴方に要はなくってよ? そこをどきな!」
「…………どうやら躾が必要らしいな」
だがどうやらこの小太りのマダムはそれすら感じ取らなかったようで、猫撫で声からドスの利いた声に突如変化させると、店全体に聞こえるほどの声量で彼女を脅した。
それに対し小さな幼女の怒りは臨界点に達した様子で、全身からは真っ黒な黒い靄が溢れだし、店内にいるお客様や俺を含めた店員全てが感じ取れる程の不吉な空気を充満させた。
「待て待て。食事中にスプラッタなものを見せようとするな。それに、我々には戦う理由がない。なら受ける必要もないじゃないか」
一触即発の空気にも一切揺らがず、話に割って入ったのは巨躯の男だ。
穏やかな言葉でそう告げ彼女の肩を軽く叩くと、今度はマダムの方に視線を向け、連れが迷惑をかけたと謝りながら頭を下げる。
「確かにそうですわね。では…………あなた方にも戦いを受けるメリットを設けましょう。そうですね、あなた方が勝ったらここの飲食代を全て出します。これでどうですか?」
「いやそれくらいしっかり払うが…………ううむ困ったな」
しかし返ってきた答えを聞いた彼は、恐らくどう言おうとも言い返してくるという事を初対面ながらも直感で理解し、困った様子で頭を掻くと、どうしようかと考え始めた様子を見せる。
「その代わり、私のボディーガードが勝ちましたらそこの男性とついでにそこのちっちゃいのも一緒に写真を撮りましょ。恐らくこれまでにない程の反応が返ってくるわ!」
「…………むぅ」
俺や大将、それに他のお客さんも止めようとするが、未来を夢見て我欲まるだしの表情を見せるマダムはそんな暇は与えぬと早口で言いきり、他の誰かに口出しさせるだけの時間を与えなかった。
「仕方がない。勝負を受けるとしよう。ただし、相手は私がする」
「はぁ! 何でお前が戦う事になってるんだよ! ここは流れからして私だろ!」
「さっきも言っただろ。お前の戦いは食事中に見ていい類のものじゃない。手加減も下手だしな。なら、私がやるしかないだろう」
その様子を見て観念した巨体の男がやれやれといった様子で立ち上がり、幼女が反論をする。
「―――――ツ、―――――やる」
その時、立ち上がった彼の服の裾を引っ張りながら、隣で晩酌を楽しんでいた男が何かを呟く。
「マジか」
男は俺の耳では聞こえない程小さな声で呟き、それを聞いた巨漢の男は驚いた表情をするが、それから何の反論もすることなく席に着く。
「失礼マダム。その勝負、私が受けよう」
「あ、あらそうですの。それは喜ばしいですわ。オホホホホ」
恐らく話しかけられたという事実がうれしいのであろうマダムが仰々しげに笑い、俺を含め見ていた周りの客が不快に感じるが、どうやら彼女にはその気持ちは一切伝わっていないらしい。
壊れたレコードのように、延々と笑い続けていた。
「確認だが、相手は貴女の背後に控えている二人で間違いないかね?」
「ええ。あなたが勝てばここの食事代は全額お支払いします。ですが負けた際には、私とご一緒に写真をお願いします」
「了承した」
上機嫌なマダムの言葉に最低限の感情の籠っていない言葉で返し、持っていたグラスに入っていた残り少なくなった和酒を飲み干す。
「ではでは、外は豪雨ですし、手っ取り早く済ませてしまいましょう。お前達! 顔だけは攻撃するんじゃないよ!」
最低の下衆野郎染みた雰囲気で、背後に控える二人に厳しい口調でそう伝えるマダム。
「いやその必要はない」
しかし美しい風貌の青年はその言葉に意を唱え、持っていたグラスを置き、椅子を引く。
「へ?」
その瞬間、マダムや俺だけじゃなく、恐らくこの店にいる誰もが理解できないことが起きた。
もう一度振り返った彼女は、恐らく男たちに発破を掛けようと思ったのだろう。
肉付きのいい腕で直立不動のまま動かない彼らの肘の辺りを叩き、口を開きかけるのだが、その瞬間二人の体が傾き、店中の人たちが見ている中で、座敷の方角へと向け彼らは崩れ落ちた。
「おや? 二人とも意識を失っているな。これならば私の不戦勝という事になると思うのだが、よろしいかなご婦人?」
突然の出来事に周囲がざわめき一体何が起きたのかを話しあう中、マダムはドシドシと重そうな足音を鳴らしながら彼らに近づき肩を揺する。
しかしが二人はうめき声を上げはすれど意識は戻らず、それを見た彼女は熱した鉄のように顔を真っ赤にさせた。
「こ、こんなことが認められるわけがないじゃない!」
「ならばどうするクソババア。次鋒戦でも行うか? それならば、醜く肥えた貴様と、そんな貴様が侮る私が戦ってやってもいいぞ?」
声を荒げる彼女に対しエヴァと呼ばれた少女は勝気な笑みを浮かべそう告げると、彼女はそれまでの強気な態度がなりを潜め、どうにかしてこの窮地を脱することはできないかと頭を悩ませ始めた。
「ご注文の品、お待たせしました」
「あん?」
その時であった。
彼女の座る席の前に大将が料理を置き、香ばしい匂いが鼻孔を突く。
「ですから、ご注文の品をご用意させていただいたと言っているのです。確か、この言い争いのそもそものきっかけは料理が出ていないことに関してでは? その件に関しては家の不手際で申し訳ありません。ですが、普段よりも多めに盛らせていただいたので、これ以上はご勘弁いただけないでしょうか?」
普段ならば口酸っぱく警告する大将が彼女に頭を下げ、それを見た彼女が虚を突かれ冷静になると、そもそも彼に突っかかったきっかけが料理の不手際を理由にしたことを思い出し、閉口する。
「…………そうだったね。ああそうですね」
「あ、料金の方は別にいいですよ。俺の大親友との勝負も、始まらず終わっちゃったんで」
手持ちの駒を失い、吹っ掛けた原因も取り除かれた。
巨体の男が何度も頭を下げる。
そうなれば戦う理由は消え、これからどれだけ文句を吐きだそうと無駄な言いがかりにしかならない。
そう理解したマダムは舌打ちしながらも矛を納め、席に着き、出された料理をやけ食いでもするかのような勢いで頬張り始めた。
「注文をいいかな大将」
「へいどうぞ!」
「この『千骨羅』のてんぷらを三人分頼むよ」
「ありがとうございます!」
そんな中、騒ぎが終わり周囲は突如起こった事態を前に推測を行い始める中、その中心人物である男は何事もなかったかのように商品を注文し、大将は様々な気持ちを込めた礼をした。
この居酒屋の名前が『細彩亭』と名付けられたのは、初代の考え方から来たものであると、十年以上前に入ってすぐ俺は教えられた。
曰く、どのような料理も彩り豊かで目を楽しませたいという意味を込めた『彩』。
仕事の一つずつを細かく、丁寧に、しっかりとやっていくという意味合いが込められている『細』。
この二つの意味をそのまま並べ、この居酒屋の名前を決めたらしい。
「千骨羅のてんぷらですね、かしこまりました」
そんな店の心得をそのまま現したのがこの『千骨羅』という全長三十センチにも満たない魚の調理だ。
この魚の特徴はその名の通り異様に骨が多い。
一本一本が尖っており固く、ヒレに付いている長い骨に関して言えば神経毒まで備えている。
この魚がこのような進化をしたと言われる最も有力な説が外敵から身を守るため、及び食用に向かないためという認識を相手に植え付けるためと言われているのだが、それゆえこの魚の調理は長きにわたり不可能とされていた。
そんな魚を食用にまで昇華したのが、千年前にこの『細彩亭』を作った初代店主らしい。
どのような方法でその手段を会得したかは謎に包まれているのだが、彼はこの魚の骨を余すことなく取り除く方法を作りだし、『千骨羅』を提供。
元々このような進化をしたのはあまりにも美味であったためという通説があり、それに応えるようにこの魚は人々を虜にする味を食べる人々に提供。
その捌き方に関しては今でもこの店で修行をしたものにしか教えておらず、結果ごく一部の者を除き、この魚の調理は未だに至難の業であるとされている。
十年以上ここで働いて毎日それを見ている俺でもまだ完璧には行えず、失敗があった場合先輩にやり直してもらうほどの至難の業だ。
「お待たせしました」
普段ならば体が弱っているため中々調理をしない大将だが、感謝の意を込めるという意味もあってか調理場に立ち、俺や他の先輩方と比べても段違いの技術で菜箸を駆使し骨を取り、軽快な音を発しながら包丁とまな板を使い、慣れた手つきで油に身を滑り込ませる。
「おお!」
「これが…………」
千年前から伝わり代々の大将が改良を重ねた末に辿り着いた調理法を当代の大将……俺達が目指すべき目標である人物が使い、全世界の食通が唸る最高の逸品が彼らの前に置かれる。
「美しいな…………」
「もったいないお言葉です」
決して主張しすぎないように調整された薄い衣に三枚に下ろし小さな骨も含め一つ残らず骨を取られた肉厚の身。
その横には小さな山として塩と大根おろしが小さな山の形で盛られており、それらが一つになった縦長の皿の横には、出汁と自家製の醤油を混ぜた特性のタレの入った小鉢を置く。
「温かいうちにぜひ」
出された商品に見惚れている巨漢と少女に向け告げる大将。
それに促されるままに二人は料理を口に運び、少し遅れて中央に座る美男子も食事を口にする。
「むっ!」
「こ、これは!」
その瞬間の反応を見て、俺達職人は驚いた。
左右に座る凸凹コンビは信じられないものを食べたといった様子で目を見開き、顔面の至る所から玉のような汗を拭き出す。
そのまま彼ら二人は向き合い口を開くのだが、
「技術の継承とは…………」
「「!!」」
中央に座る人物がいつの間にか食べ終え箸を置き、手を合わせながら静かに語りだしたのを前にして、口を閉じ彼の言葉に耳を傾けた。
「言葉にすれば簡単なものだが、実際に行うのはどのような分野でも難しい」
「ええ。私もそう思います」
少し声をあげれば消えてしまうのではないのかというほど静かな物言いに、左右に座る彼らだけでなく調理場に立つ大将を含めたごくわずかな職人も耳を傾け、彼の言葉に相づちを打つ。
「だが真に難しいのは、それを更に良きものにしようとすることだ。完成された技術を弄るという事は…………生半可な覚悟ではできない」
ゆっくりと、一字一句逃さず言い聞かせるような尊大にも取れる物言いに、誰一人として口を挟まない。
「――――――――――――――――」
その後に告げられた言葉はさらに小さく、左右にいる二人と、彼の正面に立つ大将以外は聞き取ることができなかった。
「懐かしい……いや素晴らしいものをいただくことができた。感謝を」
手を合わせ頭を下げ、そう告げると彼は立ち上がり、いつの間にか同じように食べ終えた二人を連れ、入口の方へと向かっていた。
「お、お客さん! お勘定!」
「置いておいた。おつりは出ないはずだ」
焦る若者が声をかけるとそこにはいつの間にかピッタリの料金が置かれており、それに驚いた店員が動きを止めている間に、彼らは凄まじい勢いの雨が降る外へと出て行っていた。
「…………そういや気になる事を言ってたな。あの嬢ちゃんの年齢、何歳だった?」
「は、はい。えっと渡された免許証の日付は大体千年前でした」
「!」
それを聞いた大将が既に一線を引いた体に鞭打ち走りだし、驚くほどの豪雨が降り注ぐ店の扉を開ける。
「!」
「え?」
大将に続いて走った俺や職人、それに店のお客さんも含め、全員が目を丸くした。
外に広がっていたのは、この『細彩亭』を中心に周囲の雨雲だけが消え去り満月が顔を出した、美しくも普段ならば決して見ることのない奇妙な夜景。
それを前にして俺は一瞬惚けながらも彼らの痕跡を探そうと必死に地面や空を眺めるが、彼らの痕跡は一切なかった。
「………………」
その夜、大将は店の奥にある初代から先代までの写真が飾っている仏壇の前で何かを報告していた。
その姿を覗き見た俺は気がついたのだが、初代の写真のうちの一枚には見覚えのある姿が映っており、その瞬間、俺は今夜何が起きたのかを察した。
これはお盆の夜に起きた奇妙な体験
夏の夜が彼らに見せた、とある人物の残滓の清算である
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
この短編を書かせていただきました宮田幸司ともうします。
まず始めに、このお話は私が毎日投稿している作品『惑星ウルアーデ見聞録』の外伝作品です。
というのも本編の方はあらすじに書いてあった通り様々な人間が大暴れするような話となっているのですが、同時に当たり前の事ながら普通に暮らしている人々が存在しているわけなのです。
しかしそんな彼らの生活というのは本編内では中々描写することができないため、ならばこのような短編作品にしようと思い投稿させていただいたというわけです。
もし気に入っていただけた場合、ぜひブックマークや評価をよろしくお願いします。
恐らく別の職業で今回のような話を書かせていただくと思うのですが、その際の励みになります。
またもしよければ本編の『惑星ウルアーデ見聞録』も見ていただき、評価やブックマークをいただければと思います。
王道の少年漫画が好きな方には、気に行っていただける作品ではないかと私は考えております。
https://ncode.syosetu.com/n6101fq/
twitterの方では、その日投稿した小説の裏話や、設定に関してなどを細々と書かせていただいております。
こちらももし関心があれば、一度覗いていただければ幸いです。
https://twitter.com/0H68m6xuMpA4KyK
長々と書いてしまいましたが、これにて失礼します。
どのような形かはわかりませんが、またお会いできる日を心待ちにしております。