第二十二話
戦争が始まってから数ヶ月後。どうにか私達の勝利で終わるみたいで、あとは姉さんが私の代わりをしてくれるとのことだったので、私は一ヶ月程前に師匠から来た連絡を元に、彼の所へと向かうことにした。
「戻らないままだな……」
土の臭いと鉄の臭いが混じる服を着替えながら、鏡に映る自分を見て呟く。始まる前は花浅葱色だった左目も、今では若紫色になっている。能力を使い続けたせいなのか、遺伝なのかははっきりとしないけど、多分まだ赤くなっていくだろう。祖母も母は赤く、私と香織姉さんは違った。母さんには「二十歳近くなったらなるよ」とは聞かされていたが、姉さんより私の方が早くなるとは思っていなかった。
「もう、行かなきゃ……」
ため息を一つ吐いてから私は部屋に鍵をかけて魔術で消え、数秒後には屋敷から少し離れた路地裏に姿を現して魔法陣を描いてリーヴルの街へと転移した。
「やっと帰ってこれた……」
リーヴルの中心街であるサントル地区。私はそこに転移し、まずは知り合いであるホムンクルスに会いに行くことにした。彼女なら、この地区のことにも詳しいため、何か知っているのじゃないかと思ったからだ。
賑やかな場所から少し外れたところに、煉瓦風の小さな古民家があった。扉をノックして、中からの反応を待つ。「どうぞ」と言う声が聞こえてきて、私は中へと入った。
「もうそろそろ、ここに来る頃だと思っていたわ」
「お久しぶりです、マリエッタさん」
「久しぶりね、随分と大きくなったのう」
「お会いした頃は、まだ五歳でしたし。マリエッタさんも、この街で大分有名になったようで。今では、ここの領主専属の魔術師だとか」
「ほう、そちらまで噂は届いてたようね。恥ずかしいものね」
「なんか、喋り方昔と変わってませんか?」
「ごめんなさいね、仕事での喋り方が出ちゃったわね」
苦笑しながらそんなことを告げる女性が、この街での宮殿魔術師でホムンクルスである。元々は彼女は、私と同じサンティエ国出身なのだが、遥か昔に海を渡ってこの街に辿り着いたそうだ。
「それで、一体どんな用事だい?」
「来るのがわかってたのなら、言いたいことはわかりますよね?」
「エリック・ラインズのことね?」
「はい、そうです。彼は今、どこに?」
「牢屋にいるわ。今朝彼に会ってきたわ」
「場所を教えてください」
地図を見せられ場所に印を付けられ、私はその地図をもらった。
「今日中に私は上と話すつもりよ、だけど……」
「だけど?」
「あなたの期待には答えられないかもしれないわ……」
「わかってます……」
私は目を伏せながらそう答える。わかっていた、師匠がもう長くないことは。幼い頃に一緒に過ごしてたある日、私は師匠が死んでしまう夢を見た。だから、彼女の言葉にもそこまで驚かなかった。長い時間かけて心の準備をしてきたはずだから。だけど、それでも。
「最後くらい足掻いてもいいじゃないですか」
出てきた言葉はとても弱々しかった。だって師匠には、一秒でも長く生きていてほしかったから。
彼女から話を聞いてからすぐに、私は師匠のいる牢屋へと向かった。教えてもらった建物に着くとそこは、とても静かな様子で「本当にここにいるのだろうか」と疑問に思うほどだった。その中へと進もうとしたら見張りの騎士達に止められてしまい、すぐには進めそうにはなかった。
「待て! ここが誰の物なのかわかって入っているのか!」
「退きなさい。あなた達こそ、私が誰なのかわかっているの?」
赤い瞳で彼らを睨みながら、私は監獄の中へと進んでいく。後ろから「あの子供、死神なのか」とか会話する声が聞こえてきたが、そんなことは気にせずに師匠のいる牢屋の前へと歩いていき一番端の柵の前で足を止める。
「師匠、お久しぶりです」
「久しぶりだな、コトリ。大分成長したな」
数ヶ月ぶりに見た師匠の姿は私が連れられていった時と変わらず、長い白髪に健康的な褐色の肌に少しくらい金の瞳をしていた。
「コトリ、その瞳は?」
「遺伝です。十五歳くらいになると、赤くなるんですよ」
「なるほど」
「それより、師匠。ここから逃げましょう」
「相変わらず君は唐突だな」
「今抜け出さないと、もう三日後には……」
「いいんだよ、これで」
師匠は私の言葉を遮り、それを否定した。
「でも!」
「私は長く生きた。もう十分だよ」
「そんな……」
続きを言おうとしたけども、どうしても言葉が出てこない。続きを言ったところで何になる。師匠は一度決めたらなかなか譲らない頑固者だから、きっと断られることだろう。
「さあ、家にお帰り。ここはあまり長居するものじゃないよ」
「また来ます……」
悲しげな顔をして、私は牢屋を去った。何も出来ない自分。それが悲しくて悔しくて仕方なかった。師匠と二人で、ここから逃げ出してしまえればよかった。だけど、彼はそれに首を縦には振ってくれないだろう。
「師匠……」
初めはただの他人だったし、互いにそこまで干渉しない部分もあった。だけども、一緒に過ごしているうちに私の中で存在が大きくなっていて、今では本当の家族のようになっていた。
「あのじいさん、三日後に処刑が決まったらしいぜ」
「聞いた聞いた。何でも、魔女らしいな」
「そんな風には見えないのにな。恐ろしいことだぜ」
聞こえてきた話に、私は耳を疑った。三日後には処刑。
「そんな……」
マリエッタさんは、上に話してみるって言っていた。だけど、そんな。師匠が魔女だって、なんでそのことを上の人は知ってる。ただの人間達には、わかるはずがないのに。
「そこのお嬢ちゃんどうかしたか?」
「な、何でもないです!」
兵士に声をかけられ私は、慌ててその場から逃げ出した。とにかく今は、ここにいたら不味い。どこか隠れられるところを見つけなければ。牢屋を抜けて路地裏に辿り着き、一旦頭を整理する。誰が嘘を吐いていて、誰が吐いてないか。それを知りたいと思う。師匠がいなくなってしまう前の最後の悪足掻きをしよう。
近くに見つけた手頃な宿に入り、私は考えを手帳を創り出してそこに考えを書き込んでいく。時系列順に並べるならまずは、師匠の捕まった日時とその原因。これについては、師匠から来た使いの鳥から聞いていた。次に師匠が捕まった原因は、とある魔術を破ったもののそれが術者にバレた。そして、その術者が騎士達へと伝えたといったところだろうか。他にも時計塔の魔術とその術者を調べないといけないのだが、この問題については大図書館に行ってこの街の古い文献を調べてみようと思う。「術者が死んでいるのに魔術が発動している」という魔術の事例は少ないが、私が他の魔導書で調べた限りでは無いとは言い切れない。もしくは、長いこと死なない種族のどちらかになるだろうか。後者の場合だとこの街でのそういう種族の心当たりは、一人しか私は知らなかった。
「とりあえず、今は図書館に行こう」
遅くなればなるほど図書館の閉館時間が迫ってしまい、満足に調べることができなくなってしまう。私は厚手のコートを羽織って、宿を出て寒空の下を足早に歩いていく。確か、中央図書館は時計塔の麓にあると、師匠の家にあった本には記されていた。時計塔に向かって少しの間歩くと、その下に大きな建物があるのが見えてきた。
「ここが中央図書館か……」
予想よりも遥かに大きな建物に呆然とし、しばらく私は図書館を見上げることしかできなかったが、はっとして私は気を取り直して中へと歩き出した。外装も大きいなら図書館の内装もかなり広くて、壁一面には天井まで続くほどの本が棚の中に納まっていた。建物は大体三階建くらいかそれよりも高く、天井はすべて吹き抜けとなっていた。壁の本棚から伸びるように床があり、フロアごとに読書や勉強ができるスペースもちゃんとあった。
「凄い……」
図書館とは思えない構造に唖然として、それしか私の口からは出てこなかった。ここまで凄い図書館は見たことがなくて、他との比較のしようが無かった。何とか目的を思い出し、何を調べ始めようかと考える。
「この街の歴史のような文献があればいいんだけど」
これだけ書籍があれば、歴史の乗っている本くらいはあるだろう。だが問題は、それが見つかるかどうかだけども。私は入口に設置されている案内図を見ながら、螺旋階段を登って二階に着き、目的の項目がある場所へと向かった。
「やっと、着いた…… だけど、この情報の山は……」
広い図書館を歩いて辿り着いたのは良いものの、そこは他と変わらないほど壁一面が本に埋め尽くされていた。ここから、探し出すのはとても骨が折れそうだ。私は早々に諦めて、別の手段を使うために時計塔に続いている中庭に出ることにした。直接塔を見れれば、何かわかるかもしれない。術者まではわからなくとも、どういった魔術なのかは知ることができると思う。そうすれば、大体の目星が付くだろう。
「マリエッタさんじゃなければいいな……」
口ではそう願いながらも、どこかで私は彼女を疑っていた。この街唯一の魔術師で、彼女は「小さな知識人」だ。人よりも長く生きることが可能で、魔術も彼女なら簡単に身に付けられる。マリエッタさんだとするなら、この足りないピースが埋められる。だけども、私はそれを信じたくはなかった。モヤモヤとした気持ちを抱きながら、私は中庭へ向かうために登ってきた階段を再び降りた。




