表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小さな死神と老いた魔術師  作者: 樫吾春樹
共に過ごした二つの刻
18/36

第十六話

 何とか暗くなる前にシュッドに辿り着き、今日泊まるための宿を探していた。どこかに泊まれる所は無いものかと辺り見回していると、道路に出店を出している男性に声をかけられた。


「そこの人、寄ってかないかい?」


 少しくらいは良いかと思いながら、私は声の主の方へと向かう。


「お宅、旅の人だろ?」

「はい、ちょっと観光に。あとサントルにも行きたくて」

「サントルか。行くには通行許可書がいるって知ってるか?」

「知ってはいるが、どこで手に入れたらいいんだか……」

「それなら、俺のとこで売ってるぜ。いかがですかい?」

「それは嬉しい、いくらだ?」

「これくらいになるな」


 彼から提示された金額は比較的良心的なもので、私は許可書を購入するためにお金を支払った。


「ほい、これが許可書だ。これで、サントルにも行けるな」

「ありがとう」

「あと、お宅。ちょっと耳貸しな」


 何だろうかと思いつつも、私は身を乗り出して話を聞くことにした。すると、彼は小さな声で「気を付けて行動しろよ、同業者」と伝えてきた。なるほど、彼も魔術師なのか。彼に小さく頷き、離れた。


「兄さん、名前は?」

「俺か? 俺はノエル。ただの商人さ」

「そうか。ありがとう、ノエル」

「おう。また来てくれよな、旅人さん」

「また来るさ」


 許可書も無事に手に入れることができ、私は再び宿を探すことにした。少し森の方へと戻りながら、どこかないものだろうかと探していく。森の近くの方が明日の予定が楽になるから、そっちの方で見つけられると良いのだが。歩きながら周囲を見回し、泊まれそうな場所を探す。


「あの宿が良さそうだな」


 歩き続けて見つけたのは、街外れの方にひっそりと建っている小さな宿だった。古いながらも趣があり、目的の場所からもそこまで離れていなかった。その宿へと入り受付を済ませ、渡された鍵で指定された部屋へと入る。中はそこまで広いわけではないが、一人で過ごす分には悪くない広さだった。鞄の中から、昨日作り出した宿泊用のものを取り出し、まずは汗や汚れを流すために浴室へと向かった。


 風呂から上がり座椅子に腰かけ、私は明日の行動を再確認していた。午前中のうちに残り二カ所の水晶を起動させてから、サントル地区へと入る予定でいる。そして、中央にある巨大な時計塔に入り、術を完成させるまでは気を抜けない。問題なのは時計塔の中に入るためには、厳重な警備を掻い潜らなければならないようだった。掻い潜れたとしても塔の頂上へと登る必要があり、私の老体でそれをおこなうのは簡単なことではなかった。


「頂上に行くにはどうにかなるとして、どうやって塔の中に入るかだが……」


 また、気配を消す魔術でも行うか。それとも、別の術で通り抜けるか。明日のことを考えながら、気づけばそうやって時間は過ぎていった。


 まだ薄暗いうちに宿を出発し、五つ目の水晶の場所へと私は向かった。エストからこちらに向かう森の付近に、その場所はあるはずだった。木々の間を歩いているとそれらしき洞窟を見つけ、私は中へと入り奥へと進んで行き最奥に水晶があるのを見つけた。


「これで五カ所目。残りは一カ所か……」


 手早く水晶を発動させてから洞窟を抜け、最後の場所へと向かう。六カ所目はウエスト地区との境にある森の中にありここからはそこそこ離れていて、歩いて一時間くらいかかるだろう。私は一旦街の方へと戻りながら、ウエストの方へと進んでいった。途中で、休憩のためにベンチに腰掛けたりして身体を休ませつつ、確実に目的地までの距離を短くしていく。


「私も随分と歳を取ったものだな……」


 普段から庭の野菜などの手入れをするために体力は付けてはいたものの、一昨日から歩き続けていて膝が痛くなっていた。


「早めに出て来て正解だったな」


 休憩し終え再び歩きはじめ、まだ人通りの少ない街を歩いていく。昼間は人が多く通りも賑わっているのだか、やはり朝のこの時間は静かで寝ている人も多いようだ。そんな静かな街を通り抜けて、私は西の方へと進む。


「もうすぐだと思うんだがな」


 森の付近を歩いていると魔力の濃い箇所を見つけて、私はそちらの方へと向かっていった。するとそこには、岩影にひっそりと佇む水晶があった。近付いては呪文を唱えて紋様が浮かんでくるのを待ち、術に水晶が反応して魔法陣が広がっていった。


「あとは、時計塔で術を完成させるだけだな……」


 広がった魔法陣を確認して、私は来た道を戻っていく。サントルに行くには、それぞれの地区から一カ所だけ通行できる門があり、その場所以外の場所からは高い壁が立ちはだかり通ることができなくなっている。そして、通行許可書が無い人は追い返され、逆らえばその場で捕まってしまうのだとか。


「許可書も手に入れたし、そうならないはずなんだがな」


 森から抜けて門の前に辿り着き商人から買った許可書を見せてから、私はサントルを囲むように作られた壁の中に足を踏み入れる。


「あの時計塔も、ここに入ってから眺めると一層大きいな」


 この街のシンボルである巨大な時計塔は、他の地区からでも見えるほどに大きなものなのだが、ここで見るとその迫力は段違いだった。


「いけない、見上げている場合じゃなかったな」


 最終目的の場所は案外簡単に辿り着けそうで安心した半面、ここの地区のことだからそう簡単には入れないだろうと考えていた。とにかく今は、見えているがまだ遠い場所に辿り着くのが先だ。


ゴーンゴーン


 私が色々と考えていると、正午を告げる鐘の音が聞こえてきた。それと同時に、魔力の波動のようなものが襲い掛かってくるのを感じた。


「そうか、あの塔はそのための装置か……」


 何故、この街の古い文献を調べている時に時計塔のことが出てきたのが気になっていたが、これで意味がやっとわかった。あれは巨大な増幅装置であり、この街を支えるための要になっているようだった。きっと、あの塔の頂上には魔力炉となる物があるのだろう。


「本当によく考えられてるな……」


 水晶のあった位置に、それぞれの土地が持つ属性。そして、中心となる場所に建てた巨大な時計塔。昔の魔術師達は、いつかこういうことが起きることを予想していたのだろうか。


「なら、その知恵を借りることにするか」


 少し口元を上げながら、私は最後の目的地へと歩いていく。コトリが言っていた時間まではあと僅か。どうか、無事完成させることができると良いのだが。進んでいく足はだんだんと早くなり、人にぶつからないように街中を駆け出していた。


「頼む、どうか間に合ってくれ」


 家族と、コトリと共に過ごしたこのリーヴルの街。周りの人々は私を魔女だと言い怖がるが、せめて思い出の多いこの街を守ることくらいは許してくれ。心の中ですがるように願いながら、時計塔の麓へと辿り着いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ