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小さな死神と老いた魔術師  作者: 樫吾春樹
共に過ごした二つの刻
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第十一話

 数年の月日が過ぎ小さかったコトリは十五歳になり、初めて会った頃よりも随分と成長していた。背丈の方も、もう私と同じくらいの高さになっていて、精神面の方も年齢の割にはしっかりとしていた。


「おはようございます、師匠」

「おはよう、コトリ」

「今日の朝御飯は、ベーコンとスクランブルエッグ、クラムチャウダーですよ」

「お、肌寒い日も増えてきたことだし、丁度いいな」

「そうですね、だいぶ秋らしくなってきましたね」


 会話を交わしながら準備をして、向かい合う形でいつものように席に着く。いただきますと手を合わせ、ふたりで食べ始める。


「そういえば、街で噂になってましたが魔女裁判が復活するそうですよ」

「魔女裁判、か……」

「師匠も危ないですね…… この街を出た方がいいのではないでしょうか?」

「それなら、君の方が危ないだろう?」

「それもそうですね……」


 魔女裁判。通称魔女狩りであり、異端者を魔女と称して罰にかけるのだ。何も罪の無い者達を、ただそういう理由だけで手にかけてしまうのだから人間は愚かだと思う。


「ごちそうさまでした」

「ごちそうさま」

「師匠、今日はお出掛けになるのですか?」

「今日は家で魔導書の解読をしてるよ。どうしてだい?」

「今から街に出て、買い物をしようと思ったので」

「気を付けて行くんだよ、コトリ。なんせ、そんなことが起きる街だ」

「はい、気を付けます。それじゃあ、片付けも終わったので行ってきます」

「いってらっしゃい、コトリ」


 彼女の姿を見送りながら、ふと一つの考えが頭をよぎった。それは「もう彼女に会えないのではないのだろうか」ということ。いってらっしゃいと見送ったばかりなのに、そんな予感がしていた。昔に見た夢が本当になってしまう、そんな気がしていた。不安を抱えながらも私は奥の書斎に向かい、魔導書の解読を始めた。


 どれくらい時間が経っただろうか。窓の外を見ると、明るかった空はすっかり暗くなっていて随分と時間が過ぎたことがわかる。だが、コトリはいまだにでかけたまま帰って来ていない。


「買い物にしては、あまりに遅すぎるな」


 弟子の帰りをそわそわしながら待っていると、突然玄関の扉が勢いよく開くが響いた。何事かと思い慌てて駆け付けると、顔まで赤で染まったコトリが立っていた。


「何があった!」

「し、しょ……」


 言い終わる前に彼女は意識を手放したようで、玄関先で崩れ落ち始めた。私は抱きかかえるように受け止め、玄関の扉を閉めて鍵をかけて彼女を部屋へと運んだ。顔や腕に付いた汚れを拭き取り、傷がないかを確かめてから汚れた服を着替えさせ、ベッドにそっと寝かせる。静かに寝ている間に魔術で雲を操り、街全体に雨を降らせて、彼女が付けてきたであろう血痕等を洗い流していく。そうすれば、追っ手がいたとしてもここまで辿り着ける人は少ないだろう。


「それにしても、一体何が……」


 こうなった原因を考えても、すぐには答えは出ないだろう。何より、本人がまだ起きてこないのだから勝手に答えを決めつけるのは良くないだろう。私はベッドの隣に座り「どうか無事に目を覚ましてくれ」と祈りながら、彼女の意識が戻るのを待った。


 ゆさゆさと揺すられてる気がして顔を上げると、コトリが目を覚ましていた。どうやら私は少し寝てしまったようで、暗かったはずの外はもう明るくなっていた。


「おはよう。起きたか、コトリ」

「おはようございます、師匠」

「気分はどうだ?」

「まだ、あまりよくないです……」

「そうか…… ゆっくり休むといい」

「はい…… ありがとうございます」


 もう一度横になったコトリの頭をそっと撫で、一旦部屋から出て休息の邪魔にならないように下に降りる。目覚めてくれてよかったが、何であのようなことになったのかを聞くのは辛い。


「さて、どうするかな」


 とりあえず、また起きてきた時のために食べやすいものでも準備しておこう。そういえば、コトリの作ったクラムチャウダーが残っているはずだったと思い出し、それを温めなおして小さくちぎったパンを入れれば少しは食べれるだろうかと考えた。あとは、汚れた上着の洗濯をしないとだな。血液はなるべく早く落とさないと、色が残ったままになってしまう。私は彼女の上着を持って浴室へと向かい、洗面器を取り出してゴシゴシと手洗いを始めた。


 服に付いた汚れが酷くてしばらく苦戦していると、起きてきたコトリが物陰から様子を見に来ていた。


「いつもありがとうございます、師匠」

「むしろ、今ではもうこういうことくらいしかできないからな。身体も随分と言うことを聞かなくなったものだ」

「そんなお歳ではないじゃないですか、師匠」

「はっはは。君達人間の年齢で言ったら、かなりお爺さんだぞ私は」

「そうですが……」

「君が気にすることないよ、コトリ」


 手に付いた石鹸の泡を流してから、ぽふぽふと彼女の頭を撫でて洗濯物の水を切ってから服を抱え、干すために陽当たりの良い裏庭へ向かう。屋根と木に繋がったロープがこの家の物干し竿代わりで、そこに綺麗な紺色に戻った上着をかけて洗濯ばさみで留める。あとは風が乾かしてくれるのを待つだけで、私は家の中に入りソファーに座っているコトリの隣に腰かけた。


「もう動いて平気なのか?」

「はい、もう大丈夫です」

「そうか」

「昨日は、心配かけてごめんなさい」

「一体どうしたって言うんだ?」


 一度言い辛そうな顔をしてから、コトリはゆっくりと口を開いた。彼女が話した内容はこうだった。魔女狩りが復活して「私の首を取れば懸賞金を渡す」という噂が街の中で立っているようで、それを聞いた彼女が真偽を確かめに行ったところ過激派の人に襲われたそうだ。そして、そのまま戦闘になってしまったと。慌てた彼女は周りにいた人達の記憶を消して、逃げ帰ってきたということだった。


「そういうことだったのか」

「ごめんなさい、師匠…… だけど、私。彼らが許せなくて……」

「コトリ、それは」


 それは良くないと言おうとしたが、いつか街中で「死神が出る」と広まっていた噂を確かめに行ったこともあり、私は口を噤んだ。弟子は師匠に似るもので、彼女がそういう行動に出たのなら、私が出ないわけがない。きっと同じ立場なら、同じことをしただろう。実際私は、過去にそういう行動をしたことがあったのだから。


「それは、きっと私が同じ立場なら同じことをしただろう」

「師匠……」

「だけど、そうする前に今度は逃げてくれ」

「はい……」

「まあ、無事に帰ってきてくれてよかったよ……」

「ただいまです、師匠」

「おかえり、コトリ」


 泣きそうなコトリを抱き寄せながら、なだめるように背中をトントンと軽く叩く。少し落ち着いてから用意した食事を持ってきては、ソファーで二人並んで食べ始めた。

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