第十九話 三者三様 6
私は、雨が嫌いだ。 理由は単純にして明快。 私の憩いの場所が機能しなくなるからだ。 とりわけ雨の多いこの時節、私が一ヶ月の内にそこで惰眠を貪れる日は指折り片手で数えられるくらいのものだ。 仮に雨が降っていなくても、空は淀んでいる場合が多いから、私の寝床は乾く素振りも見せず、間違えてクッションでも置いたものならば、たちまち湿気てしまう事だろう。
次の日も雨が降らずにようやく乾いてきたと思っても油断してはならない。 私が雨を嫌っているように、どうやら雨季も私の事をあまり快く思っていないようで、寝床が乾き切る前にまた雨が降り始め、私の寝床を容赦無くびしょ濡れにする。 どうも雨季には女心を理解しようとする殊勝さが今ひとつ足りていないと思う。 そうした唐変木が天候などを操っているものだから余計に性質が悪い。
大方空の上からしたり顔で雨を降らして、雨空を仰ぐ私の苦虫を潰したような顔を眺めながら口角を吊り上げて、にまにまとほくそ笑んでいるのだろう。 まったく性格が悪いったらありゃしない。 そもそも私がその場所に行くのは日光浴も兼ねているから、寝床が乾いていて、かつ雨が降っていなくても、太陽が出ていなければやはりそこへ行く気にはなれない。
――そして今日も外はこの有様だ。 朝方からぽつぽつと降っていた雨は昼頃にはやかましいほどに存在を主張している。 今日でもう三日目の雨だというのに未だ止む気色が無い。 そうして教室の窓から雨の分からずやを睨みつけている間に昼食を摂り終えた私は、完全な手持ち無沙汰に陥った。
普段は昼に寝るのが日課となっている事もあって、昼食後は自然と眠気が襲ってくる。 現に今もまぶたが重くなってきている。 が、こう騒がしい教室内だと入眠すら困難だし、よしんば夢の中に入れたとしても、何かの拍子に起こされるのは不愉快極まりない。 だから私はどれほど眠くても頑なに教室では寝ない事にしている。 と言って起きていても、別段私がやる事は無いのだけれど。
雨の日の頼みの綱である双葉も、今日は休みだ。 双葉も私と同じく雨が嫌いで、彼女は通学手段が自転車であるから、雨の日には学校の規定として合羽を着なければならない。 そして合羽というものは余程の激しい雨で無い限り、きちんと装着していれば服が濡れてしまう事は無いけれど、顔だけはどうしても雨に当たってしまう。 目深にフードを被ろうとも、オートバイ用ヘルメットのシールドのように顔全体をカバー出来ず、小雨程度であっても、顔は濡れてしまう。 そうした理由もあって双葉は、化粧が崩れるとか何とかの理由を付けては、今日のような雨の日に気まぐれで学校に来ない事がある。
彼女はいわゆる、ずる休みの常習犯だった。 どうせ今頃は居間でのんびり、昨日見たい見たいと口うるさく連呼していた映画でも見ているに違いない。 私がこれほどまでに暇を持て余しているというのに、まったく呑気な不良少女だ――と、心の中で悪態を付いたはいいけれど、実際に外に出たのはアンニュイ混じりの溜息だった。
正直なところ、私は双葉以外に馬鹿を言い合える友達が居ない。 クラスの子達とは適度に世間話などは交わすけれど、やはり双葉と喋っている時と比べると、どうしても退屈が勝ってしまう。
――双葉は、良くも悪くも不良気質、ヤンキーだ。 俗に言うギャルとはまた路線が違う。 その彼女が、高校の入学式の日、何故か狙い済ましたかのように私に接してきて、そのままずるずると行動を共にしている内に、いつの間にか私は双葉と親友になっていた。
一つ断っておくと、私は不良気質でもないし、ギャルを目指していた訳でも無い。 自分で言うのも何だけれど、その日の私は至って真面目な女子生徒として他生徒の目に映っていたと思っている。 それこそ私のクラスには、私の目から見て、双葉と波長の合いそうな女子が二、三人居た。 にもかかわらず、彼女が他の子に目もくれず私に目を付けたのだから、余計に私を選んだ理由が解せない。
双葉が私の何処に同波長を見出したのかは定かではないけれど、いざ蓋を開けてみれば彼女の目利きは確かなものだったようで、私は入学してから今日に至るまでの間、憩いの場所に居る時以外は絶えず双葉と行動を共にするほどの仲になっていたのだ。 しかし、不良気質である双葉の事を快く思わない生徒が居るというのも事実で、私以外に双葉と気の合う特定の生徒以外は、明らかに双葉やその特定の生徒達を避けている節がある。
そして私も一番身近に双葉と接している事から、必要以上に他の生徒が私に近寄らないようにしている事も知っている。 以上の理由から、双葉以外に私が気兼ねなく会話出来る生徒はこのクラス、いえ、この学校にはおらず、暇を持て余していたという訳だ。 ――いや、良く考えてみろと、私は先程の思考に待ったを出した。 ――居るじゃないか、双葉以外に私が気兼ねなく会話出来る生徒がこの学校に。
そうして私は、すぐさまスカートのポケットの中に入れていたスマートフォンを取り出し、とあるメッセージを作成して、彼に送信した。 返事はすぐ来た。