第十九話 三者三様 3
気が進まないままにコートに立った私は、平塚さんの思惑すらも読み取れないまま一人物怖じしていた。 バドミントンは二種の競技よりやり易いとは言ったものの、私は別段バドミントンが巧いという訳でもなく、適度な速度で向かってくるシャトルをそれなりに打ち返せるくらいで、ラリーの応酬などにはとてもじゃないけれどついて行く事は出来ない。
例によって私の背丈では大したスマッシュも打てやしないし、それこそ私が出来る事と言えば、飛んできたシャトルをただ単に相手コートに打ち返すのみだ。 果たして私などが戦力になるのだろうか。 二種の競技のようにミスをすれば、またあの冷ややかな視線が飛んでくるんじゃないのか――私は戦う前から、既に戦意喪失していた。 ところに、ネット付近で何やら相手チームと会話していた平塚さんがこちらへ歩いてきて、
「古谷さん、私ジャンケン勝ったからサーブ権貰ったよ。 って事で古谷さんサーブ打ちなよ。 今日まだ一回も打ってないんでしょ? バシっとイイの決めちゃってよ!」と私にサーブ権を委ねてきて、私に有無の一つすら言わせない間に「はい」とシャトルを手渡してきた。 この人は一体何が目的で私をコートに立たせたのだろう――気が付けば、その思考ばかりが私の頭を支配していた。
これまで私が見てきた平塚真衣という人物は、私とはまるで真逆の性格だった。 未だ女友達という女友達も居ない私にすら気兼ねなく声を掛けてくれるし、休み時間中、自分の席に座りっ放しの私とは違い、彼女が休み時間に自身の席に座り続けている場面を見た事は無い。
私がふと平塚さんを見つけると、大抵彼女は誰かしらと楽しげに会話している。 それは女子であったり、時には男子であったりもする。 私に言わせれば平塚さんは行動力の化身だ。 だからこそ、解せなかった。 私になんて構わないでも平塚さんには友達なり知り合いがごまんといる。 それに補欠だったのは私だけでなくもう二人居た訳で、だからなおさら補欠三人の内、彼女がわざわざ私を選んだ理由がこれっぽっちも理解出来なかった。
――でも、今平塚さんのペアとなってコートに立っているのはこの私だ。
わからない。 いくら思考を巡らせても一向に見つからない答えに意識を振り回されつつ、サーブを打たなければならないという意思とは裏腹に命令を遵守しない鈍った手足を動かし、ようようにサーブを打った。
「あ……」
当然、意思に反する身体を思うように動かせるはずもなく、私の打ったサーブは力弱く弧を描いた後、ネットにすら届く事もなく前衛に居た平塚さんの後方辺りに虚しく落下した。 テニスと違い、バドミントンのルールではサーブは一度失敗してしまうと相手の得点になってしまう。 そればかりかサーブ権まで相手に渡ってしまうから、せっかく平塚さんが獲得してくれたサーブ権も私の凡ミスで全て水の泡。
この時点で私はあからさまに目を伏せた。 あの冷淡な視線が私を襲ってくると確信していたからだ。 先程までは優しい素振りを見せていた平塚さんだって、こんな私の情けない所を見れば落胆せずにはいられないだろう。 だから私など誘ってくれなければ良かったのに――と、私は居た堪れなさとやるせなさとに心を潰されそうになっていた。 しかし彼女は、
「ドンマイっ! ちょっと力みすぎたんじゃない? 次はもっと気楽に行こう!」
私を蔑視するどころか、屈託の無い笑顔でミスをした私を励ましてくれた。 その瞬間、私の胸に何だか熱いものが込み上げてくるのを感じた。
私はただただ嬉しかった。 こんなのは平塚さんにとっては何でもないやりとりなのだろうけれど、私にとってはほとんど経験の無い出来事だから、ラケットを握っていた手が嬉しさと興奮のあまり震えてしまっていた。 そうした平塚さんの心遣いは私の心の奥底に浸透し、すっかり戦意を取り戻した私の身体は自分でも驚くほど機敏に動かせて、それから試合は一進一退の接戦となった。
――そして試合は終盤、一九対二〇という私達のマッチポイントで迎えたこの場面で、私にサーブ権が回って来た。 ここで失点を被れば、最大三十点までの延長試合に突入してしまう。 正直なところ、いつも以上に走り回ってシャトルを追いかけていた私の体力は、ほぼ限界に近かった。 少し脚を曲げただけで膝が大笑いしてしまうくらいだ。 けれど、負けられない――いや、負けたくない。
理由は分からないけれど、この勝負を勝ち取れば、私にとって大きな何かを得られるに違いないと確信していたからだ。 膝は私の体力の無さをけらけらと嘲笑っているけれど、不思議と上半身は安定している。 緊張も無かった。
そうして私は、運命の一球にラケットをぶつけて、相手コートへと放った。




