表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第二部 私(ぼく)を知る人、知らぬ人
93/470

第十九話 三者三様 2

 私は、雨が好きだ。 何でも私は私も覚えていないほど幼い頃から取りかれたかのように雨というものが好きだったらしい。 その事を今でもよく母や姉にからかわれる事があり、雨の多い今の季節であれば尚更その話題は私の耳を襲撃する。 そのたびに私は顔を真っ赤にして二人をやり過ごすしかなかった。


 それはさておき、一概に雨、雨とは言うけれど、雨にも色んな種類がある。 一般の直線的な雨に始まり、霧のような雨だったり、傘など知った事かと言わんばかりの横殴りの雨だったり、雨足の細い、太いのもある。 中には風に吹かれて時折天へ昇ってゆく雨もあれば、雨粒が大きくて地面に接触した際に辺りへ飛び散る事から下から降る雨と称される雨だってある。 それから、いわゆる狐の嫁入りとも言われている天気雨も、雨を語る上においては外す事の出来ない嘘のように化かされた現象だ。


 そして雨とは何も見た目だけじゃない、音だって様々だ。 しとしと無音雨、ざぁざぁ喧騒雨、ばたばた喧嘩雨――ひょっとすると、雨とは生き物ではないかしらと思ってしまうほどに、雨は私達に色んな表情をのぞかせてくる。 そうした豊かな顔の持ち主の雨が、私は好きだ。


「――さん、古谷さん?」


 急に後方から名前を呼ばれ、はっと我に返った私はすぐさま後ろを振り向いた。 そこには一人の女子生徒が立っていた。


「あ、ごめん平塚さん。 もう先生との話は終わったの?」

「うん。 それで古谷さんは何を見てたの? えらく真剣に眺めてたみたいだけど」


 彼女は授業が終わった後、何やら音楽室で先生と話し込んでいた。 私は彼女を待つ為に、その話が終わるのを外で待っていて、ふと廊下の窓から雨を眺めていると、いつの間にか自分でも気が付かない内にぼーっとしてしまっていたらしい。


「別に大した事じゃないよ。 ただ雨を眺めてただけ」

「そっか。 それにしてもよく降るよねー。 今日で三日目だよね、雨」


「そうだね。 去年はあんまり梅雨時に降らなかったのに、今年は六月に入ってから晴れてる日の方が少ないほど降ってるもんね。 湿気で廊下が濡れて滑りやすくなってるし、早く梅雨が上がってくれたらいいけど」


「ねー」と同意を示してきた平塚さんの言葉を最後に、私達は教室へと歩き出した。 梅雨が早く上がってくれればいいとは言ってしまったけれど、私は、この三日間の雨模様には感謝している。 何故なら、この雨のお陰で私は、隣を歩いている彼女、平塚真衣と友達になれたのだから。



 ――体育の授業は基本的に運動場で行われるけれど、雨が降って運動場が使用出来ない場合は体育館で授業が行われる。 その際の授業内容としては、室内という事もあってバスケットボールであったりバレーボールであったりバドミントンだったりする。 そして二日前の体育の授業は雨天だったので体育館でバドミントンが行われた。


 正直なところ私は、バスケットボールやバレーボールなどのチーム競技がどうも好きになれない。 その中でもバスケットボールは、これまで私が経験してきた数々のスポーツにおいて、もっとも苦手な競技だ。 運動が苦手だというほど不器用ではないと自負はしている。 落ち着いてやればドリブルしながら走る事も出来る。 しかし、持ち前の消極な性質が、ボールの取り合いという攻撃的な行為を無意識に避けてしまい、自然、身体が思うように動いてくれず、気が付けば私はコート内をただ走り回るだけで、ゲーム中一度もボールを触らない時だってあるくらいだ。


 その点で言えば、バレーボールはまだやりがいがある。 バスケットボールほど運動量も多くないし、背丈の関係上アタックなどは夢のまた夢だけれどトスだけは得意だったので、影ながらチームに貢献出来ていたとは思う。 それに、バスケットボールとは違って相手プレイヤーがネットの向こうにいるので直接ボールの取り合いなども無く、比較的穏やかな気持ちでプレイする事が出来るから、バスケットボールに比べれば、バレーボールは私にとってやり易い種目だった。――けれど、本当の()はネットの向こうの相手では無い事も、私は知っていた。


 いくらトスが得意だからと言っても、バレー選手のように突出して上手な訳でもなく、時にはトスの打ち上げに失敗してそのまま相手コートを超えてしまってピンチを生んだり、アタッカーと息が合わずにトスのタイミングがずれる事だってある。 そうしてミスを生んでしまった時に私は、味方であるはずのコート内の仲間から冷淡な目でにらまれる。 確かに、ミスをしてしまった私も悪い事は悪い。 でも、ミスをしているのは私だけじゃない。 むしろ、私以外の仲間の方が、取れるはずのボールを諦めて手をつけなかったりして、よっぽど失点をこうむっているのだ。


 それなのに、槍玉に挙げられるのはいつも私だ。 私は私なりにチームに尽くしているはずなのに、その想いがチームに届いたことはついぞ無い。 だから、バスケットボールほどではないけれど、やはりバレーボールも、そういう意味(・・・・・・)で苦手だ。

 だからこそ、バドミントンは気楽だった。 体育館内で設営出来るバドミントンのコートは六面で、うち三面は男子が使用するので、私達女子が使えるコートも三面となる。 そして、体育の時間のバドミントンは基本的にダブルスで行われる。 つまり、一面に対して四人入場出来て、それが三面あるから合わせて十二人。 私達のクラスの女子は全員で十五人だから、必然的に三人補欠が出るのだ。 勿論、その補欠の三人の内の一人は、この私だ。


 試合は一ゲームマッチで、負けた方が離脱して、補欠の人と交代するという一応のルールはある。 ただ、先生もいい加減だから、いちいち各コートの勝ち負けを把握して交代の指示を出す訳でもなく、一ゲームが終了したにもかかわらず、我知らずとそのまま試合を継続する生徒も居る事から、補欠に出番が回ってくる事はまれだ。 けれど、私にはその環境がとてもありがたかった。


 先生が取り決めたルールの上での補欠という身分なので、体育館の隅で他の生徒がプレイしている様を眺めているだけでもサボっているとは思われにくいし、何より、コートに入らないお陰で余計な争いもしなくて済む。 だから、私にとってバドミントンは、二種の競技に比べると非常に気が楽だった。


 でも、やっぱりそうは言っても、出来る事なら私も誰かと――いいえ、友達(・・)と、わいわい楽しみながら身体を動かしたい。 その日の私はそうした気持ちを抱きつつ、ミスをしながらも楽しそうにプレイしているコート内の生徒達を羨望せんぼうの目でながめていた。 すると、私の見ていた中央のコートでの試合が終わったようで、そこで試合をしていた一人の女子生徒がこちらへ真っ直ぐ歩いてきて、いきなり私の真横に腰を下ろしてきた。


「あーあ、せっかく三連勝してたのに負けちゃったよ。 あそこで私のスマッシュが決まってたらまだコートの中に立ってたのになぁ。 古谷さんも負けたの?」


 私の隣に座るなり、気さくに声を掛けてきたのは平塚さんだった。 彼女とは、これまでに何度が会話した事があったけれど、どれもこれも他愛ない一方通行の会話ばかりで、まともに話した事は一度も無かった。 だから不意に名前を呼ばれた時には、つい身体が硬直してしまった。


「え? あ、いや、私はさっきからずっと補欠で、でも、みんなの試合眺めてるだけでも楽しいから、今日はこのままでいいかなと思って」


「それじゃ今日はまだ一回も試合してないって事? そんなのもったいないよ! バドミントンこんなに楽しいのに、やらなきゃ損だよ。 ほら、あそこのコート、試合終わったみたいだから私とペアで行こうよ! ね?」


 そうして平塚さんは私の返答も聞かずに立ち上がり、体育座りしていた私の腕をつかんで、たった今試合が終わったコートへと強引に連れ出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ