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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第一部 僕と私(ぼく)
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第五話 再呼出 1

 私から遠ざかってゆくその背中をただじっと眺めながら、まだかすかに右手に残っていた彼の手の余韻を、私は名残なごり惜しげにぎゅっと握り締めた。


"僕自身も自分を好きになってくれた人がどんな人なのか、もっと詳しく知りたいからね"


「何であなたはそんなに優しいんですか。 ずるいですよそんなの。 そんなの、好きになるに決まってるじゃないですか」


 ぼそ、と漏らした感情の一片は、宙にただよったまま決して私から離れようとはしない。 ああ、そうか。 これが私の持つ『好き』なんだと、安っぽい思考が自分を納得させた。


 きっと私は、彼という星にかれる衛星なのだろう。 その星の輝きは私には眩し過ぎて、それ以上私が近づく事は叶わない。 だから私はいつまでもいつまでも、付かず離れずその星をぐるぐると周り続けるんだ。 私だけの特等席で。

 でも、今ならこう思う事も出来る――いいえ、それは最早願いでもあった。


"私は、あなたという星に降り注ぐ、一筋ひとすじの流星だったら良かったのに" と。


 愚かにもあなたに接近し過ぎて、たとえその全てが成層圏で燃え尽きてしまっても構わない。 最後の最後まで残ったその存在ひとかけらが、あなたに見届けられるのなら。


 ――だけど今は、この『特等席』からは離れられそうにない。

 私も、あなたの事をもっともっと、知りたくなってしまったから。

 だから、いいんだ、この距離で。

 あなたに惹かれるままに、私は保とう、この距離を。


 とうに温もりが去ったはずの右手はまた、熱を覚え始めていた。




 ―幕間― 『微熱』 完




「好きって言われたぁ?!」


 食堂前の中庭に居た二人と合流した僕は、先の古谷さんとの会話の梗概こうがいを一通り話した後、竜之介が購入してくれていたパンを頬張りながら、三郎太の驚嘆に対し「うん」とうなずいた。


「やっぱり告白されてるじゃねーか! 羨ましいなチクショー!」


 わしゃわしゃと頭をむしりながら取り乱している三郎太とは対照に、竜之介は落ち着いた様子で僕の顔色をうかがっていた。


「ほんで、何て返したんや? オーケーしたんか?」

「それが、その、何ていうか」


 歯切れ悪く返答を濁した僕は、二人から好奇の目に晒される事を覚悟して、古谷さんとの関係を簡潔に説明した。


「――何やそれ? よう分からんなぁ。 要するにその子は優紀の事好きなんは好きやけど、付き合う必要は無いって事かいや」


「そう、みたいだね。 実際のところ僕もその辺は曖昧あいまいにしか理解してないんだけど、古谷さんはそれでいいって言ってくれたから、とりあえずは様子見かな」


「いやいやそこまで言われといて現状維持するのかよ! いっその事付き合おうって言っちゃえよユキちゃん。 その子もさ、自分に自信が無くてそんな回りくどい告白の仕方しちゃったんじゃね? だったらここは『男』を見せるべきだろ! そういうのは『男』の役目だろ? なあリュウ!」


「サブに同意するんはしゃくやけど、こいつの言う通りそこはハッキリしとくべきなんちゃうか? いくらその子がそれで満足するから言うても、女の子にそこまで言わせといてこのまま過ごして行くってのもあれやろ、『男』として」


 すぐさま「何で俺に同意するのが癪なんだよ!」と竜之介に突っかかっていく三郎太だったけれど、彼らの言う通り、今思い返してみても僕と古谷さんの関係性は曖昧極まりない。 それは僕も重々承知しているつもりだ。 けれど、それ以前に僕は先程二人が揃って口にした共通の言葉に如何いかんともしがたい劣等感を覚えさせられていて、その件に関する思考すらままならなくなってしまっていた。


 男なら。 男として。


 男女間の関係をリードするのは男の役目だと、生意気にも小学生の頃には気が付いていたものだ。 恐らくこの二人も、僕と同様の認識を疑う余地も無く正しいものだと信じてきたのだろう。


 ことによるとその認識は先入観から植え付けられた観念などではなく、人間の内に備わる本能がそう思わせているのかも知れない。 もしそうであるとすれば、彼らはきっと履き違える事なく『男』という性別を謳歌おうかしているのだろう。 しかし、僕の中にも在る筈の男としての本能は未だ僕に働きかける様子も無く、ただただもくし続けている。


 僕も、彼らと同様の価値観を以って息を吸う事が出来れば、これまでの人生をどれだけ楽に呼吸してこられたろう――無闇に在りもしない希望を抱いてしまい、僕は首でも絞められているかのよう、息苦しさと眩暈めまいに襲われてしまった。


 あぁ、真昼まっぴるだと言うのに、世界が暗くなる。 実際に暗闇が訪れている訳じゃあない。 僕が世界を見ようとしないから、目をそむけてしまうから、いつの間にか心が目をつむってしまうのだ。 そうして下ろされた心のとばりは一向に上がる気色も無く、僕を真っ暗闇の密室へと閉じ込めた。 最早、咀嚼そしゃくしているパンの味すら分からない。 二人は僕の目の前で確かに何か喋っていて、その声は確かに僕の耳に届いている筈なのに、何を話しているのかさっぱり理解出来ない。 まるでこの世界から、僕という人間だけが断絶された気分だった。


 こんなに近くに居るはずなのに、僕と彼らとの距離は限りなく果てしなく遠い。

 どこまで彷徨さまよい続ければ辿り着くのだろうか、彼らが歩むその道筋に。

 いつまで歩き続ければいいのだろうか。 希望という明かりも、未来というしるべすらも存在しない、この道のりを。


「……二人の言ってる事も勿論分かるんだけど、やっぱり今は、もう少し様子をみてみる事にするよ。 もしかしたら、そのうち向こうが僕を諦めてくれるかも知れないし」


 すっかり意気消沈してしまった僕は、弱々しい口調で二人からの問いの答えを先送りにしてしまった。


「まぁ、今はそんなけったいな事言われて混乱もしとるやろうしな、それでもええんとちゃうか? でも、いつかは決着つけたらなあかんで、『男』として」


「そうだぞユキちゃん、女の子ってのは恋に恋する乙女なんだからな、白馬に乗った王子様が眠り姫を前に待ちぼうけしてちゃダメだろ『男』として! ちなみに俺なら告白された瞬間にオーケーするけどな!」

「アホ、お前はせいぜい駄馬に振り落とされる三枚目止まりやろが」

「お前俺を何だと思ってんの?!」


 男として。 男として。 その言葉だけが、いつまでも僕の脳裏に纏綿てんめんし続けた。

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