第十八話 蒙昧 13
「玲さんって、どんな映画が好きなんですか?」
この調子だとまだまだDVDは観られそうにもないと悟った僕は、パソコンの動作が安定するまで玲さんと話していようと決めた。
「んー、そうだなぁ。 私は結構パッケージで観る映画を決めるほうで、これ面白そうだなーって思ったのはジャンル関係無しに観てたから、実はこれと言って好きなジャンルは無いんだよね」
「じゃあ、全体的に満遍なく観てたって事ですか。 映画を好きな人って、アクション好きならアクションのみ、ドラマ好きだったらドラマのみとか、一定のジャンルに偏るイメージがありますけど、玲さんみたいな人も居るんですね」
「うん。 元々うちの親が映画好きでさ、私も小さい頃から色んな映画を親と一緒に見てたからその影響もあるんだとは思うよ。 まぁ、強いて言うんだったら、私は洋画のラブロマンスものが好きかなぁ」
「ラブロマンスってジャンルもあるんですか。 初めて聞きました。 ドラマとはまた違うんですか?」
「ドラマは男女関係無く、ある特定の主題を軸に様々な人たちが関わって物語を進めていくものだけど、ラブロマンスはその名の通り男女の恋愛が主題になってるから、その辺の違いかな。 まぁ、恋愛ドラマって言い方もあるし、『恋愛』って付いてれば恋愛ドラマもラブロマンスも一緒の意味なんじゃないかな」
「言い方の違いなんですかね。 でも、恋愛ドラマよりラブロマンスって言った方が何だか雰囲気が良い気もしますね」
「そうそう、何だかお洒落だよね。 DVDプレイヤーが壊れる前に見た最後の映画もそのジャンルでさ、恋人同士じゃない二人の男女がお互いを友達以上恋人未満と認めた上で一年に一回だけ特定の日にデートをするって約束をして、その奇妙な関係が二十年近くも続いていく過程を描いた映画なんだ。 それで、クライマックスに差し掛かる直前の出来事があまりに衝撃的でね。 その場面を観た時は思わず『あっ!』って声が出るほど驚いてさ、その後はもう夢の中にいるようなふわふわした感覚のまま終わりまで観て、観終わった後も一週間くらいはその場面を思い出しては理由も分からず落ち込んでたよ。 でもね、ラスト直前に二人が見せてくれるワルツのようなキスシーンがまた素敵でさ、あのシーンで救われたような気もするよ」
玲さんは滔滔と、以前に観た映画の感想を述べ立てた。 やはり女性ともあって恋愛映画に興味があるようだ。 そして先の事細かな感想を聴く限りでも、彼女が一つ一つの作品を熱心に観賞していたであろう事は明白である。 伊達や酔狂で毎週映画を観続けていたという訳では無いらしい。
「ワルツのようなキス、ですか。 お洒落ですね。 そう言われると何だか興味が出てきますね、また今度紹介してくれませんか」
「うん、後でメッセにその映画の名前送っといてあげるよ。 ――お? やっと起動したみたい。 えーと、パスワードは無いから、これを、こうして……よし」
ようやくのんびり屋が重い腰を上げたらしく、玲さんがパソコン内臓のマウス代わりのタッチパネルをすいすい操作してログインを済ませると、画面にはデスクトップが表示された。 壁紙は恐らく初期設定のままで、デスクトップ上のあまり使用頻度の高そうでないショートカットの数々も見る限り、このパソコンは購入当時からあまり手が付けられていなかったのだろうと僕は推断した。
「もう大丈夫そうだね。 んじゃDVD入れるからディスク貸してー」
玲さんはノートパソコンの左側面に内臓されていた光学ディスク用のトレーを開き、僕がディスクケースから取り出したDVDを渡すとそれを受け取ってトレーにセットし、再度トレーを内部に戻した。 すると先程とは打って変わって、パソコンからDVDを読み込む為のディスク回転音が聞こえて来る。 同時に例のカリカリ音もしている。 ようやく立ち上がれたところに間髪入れずディスクの読み込みという仕事を吹っかけられたものだから、彼もきっと焦っているのだろう。
また数十秒何の反応も無い時間が過ぎた後、画面に『映像を再生する』などのメニューが開かれ「じゃ、再生するね」という玲さんの言葉の後、動画が再生された。 いよいよ借りた時からずっと気になっていたDVDの内容が明らかになる時が来たと、僕は急にそわそわし始めた。 画面には動画プレイヤーが全画面で表示されている。
「……真っ暗だね」
「……真っ暗ですね」と僕達は続けざまに似たような事を口走った。
動画プレイヤーは表示されているものの、依然画面は真っ暗のままで、もう見えてきていいはずの映像がこれっぽっちも表示されてこない。 僕は急に不安になってきた。 よもや万が一の事態として想定していた『このDVDは映画ではない』という懸念が見事に当たってしまったのだろうかと心持を悪くしていたところに「あ、映像出たよ」という玲さんの声を聞いた時には覚えず安堵の溜息を漏らした。
その後、画面に映っている映像を確認してみると、何やら二人の男女が学校の制服姿で街並みを歩いている。 その二人は日本人で、舞台も日本らしいので、どうやら邦画のように思われる。 しかし、オープニングクレジットも無しに、もう映画は始まってしまったのだろうかという怪訝さは拭えなかったものの、始まりさえしてくれればこちらのものである。 クレジットの在り無しなどは瑣末な問題だ。
「何か急に始まったけど、この映画ってタイトルコールも無いのかな? 見る限り日本の映画っぽいけど何の映画だかさっぱり分かんないんだけど」
玲さんも僕と同様の怪訝を抱いているようで、言われてみるとオープニングクレジットはおろか、五分ほど経った今もなおオープニングの華であるタイトルコールすら無いものだから、何だか雲行きが怪しくなってきた。
「ま、まぁ、風変わりな感じでそういうのを入れてない映画なのかも知れませんし、ひとまず観てみましょうよ」
しかしここで再生を止められでもすれば、僕は再びあの無茶をこの身体一つで果たさなければならなくなる。 それだけは勘弁だと、訝しむ玲さんを説得しつつ、僕は流れている映像を注視した。