表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第二部 私(ぼく)を知る人、知らぬ人
84/470

第十八話 蒙昧 11

 当初はフライパンの中のパスタの量を見て、果たしてこれだけの量を二人で食べ切れるのかと心配になったけれど、完全な取り越し苦労だったようで、食べ終えた頃にはもう二、三口食べたいと舌が味を欲して物足りなさを覚えたほどだった。 そうしてパスタを完食した後、僕が「ご馳走様でした」と手を合わせて言うと「お粗末様。 どうだった? きのこパスタ」と玲さんから返って来た。


「すごくおいしかったですよ。 機会があれば是非またご馳走になりたいですね」


 実際、お世辞無しに玲さんの料理は美味しかった。 今では意地を張って昼食の誘いを断らなくて良かったと心から思う。


「そっか、キミの口に合って良かったよ。 炒め中に好みでペースト状のにんにくとかも入れたりするんだけど、キミは電車に乗らないといけないし臭いが気になるかなと思って今回は止めといたんだ。 まぁ、もし今度お昼時に私の家に来るような事があったら、その時はまた作ってあげるよ」


 今回の昼食は、午前中に学校が終わるテスト実施中にたまたま玲さんが僕を誘ってくれたという偶然が重なったからこそありつけたものであり、極めて限定的な機会だ。 だから、今度とは言われたものの、ひょっとするとその今度(・・)は玲さんが学校を卒業するまでに訪れない可能性だってある。 その点を踏まえると今回の昼食は、彼女の表現したところの "そうそう味わえるものではない女の子の手料理" に相違なかったのだろう。 そう思うとやはり尚更、意固地にならず昼食を希望して良かったと思えてくるのだから不思議なものだ。


「それじゃ私は食器とか片付けてくるね。 洗うのは後にするからすぐ戻ってくるよ。 あ、食後のお茶は熱いのがいい? 冷たいのがいい?」


「じゃあ冷たいので。 というか僕も片付けぐらい手伝いますよ。 ご馳走してくれたんだし」


 さすがにほどこしを受けっ放しなのはばつが悪いと思い、玲さんの片付けを手伝う為に立ち上がろうとした僕を、しかし彼女は「いいって、座ってなよ」と制止しながら、


「キミはお客さんなんだし、そんな事気にしなくていいの。 それでも気になるって言うのなら、この後何か面白い話でもしてよ。 まだ時間は大丈夫なんでしょ? 楽しみにしてるよ」

 などと僕に無茶振りをしながら引き戸を開け放った後、部屋に持ち寄ったフライパンと食器の数々をまとめて手に持ち、部屋から出て行った。 僕は開けっ放しの引き戸を閉めたあと、僕の座っていたテーブル前の座布団の上に腰を下ろし、先の玲さんの言葉を脳裏で反芻はんすうした。


 なるほど玲さんに言われた通り、今日は別段これといった予定も無く、帰宅後に済ませようとしていた昼食が済んだ事もあって時間的にはかなりの余裕があった。 しかし、僕は漫才師でもなければはなしでもなく、出し抜けに「面白い話してよ」などと依頼されたところで当人を満足させるような話題を面白おかしく語る事など出来る筈が無い。 だから僕は今、非常に困っている。 玲さんは何の気も無しにああ言ったのだろうけれど、きっと彼女の事だ。 今頃お茶でも注ぎながら、僕が何を語るのだろうかと心を躍らせているに違いない。


 行き過ぎた期待というものは、絶妙な調味料だ。 期待を上回る事柄を成し遂げさえ出来れば、素材が素朴であろうとも稀代の佳肴かこうとなり得るし、はたまた、その期待に応えられなければどんな絶品料理も無味乾燥の味気無しに成り果ててしまう。


 ハードルは高ければ高いほどくぐり易い――まれに耳にする比喩だけれど、とんでもない。 ハードルとは飛び越えてこそ称賛を受けるものであって、高くて潜り易いからと本当に潜り抜けたが最後、受けるのは非難ひなん誹謗ひぼうの野次ばかりだ。 そうならない為にも、僕は何としても眼前に亭々(ていてい)そびえ立つハードルをまたがなければならない――のだけれど、どうにも勝算は低そうだ。


 古谷さんとの交流具合は昼食前に話し終えてしまったし、以前古谷さんに語った竜之介の昔話は彼を知らない玲さんには退屈だろうし、双葉さんの弟である三郎太の話と言ってもこれといった話題は――と、三郎太に関する考を巡らせている内に、僕は今日彼との間に起きた一つの出来事を思い出したと同時に、自分の鞄の中からごそごそとそれ(・・)を取り出した。


 それは、今日のテスト終了後に三郎太から受け取ったDVDである。 玲さんとの会話に気を取られていて、これの存在をすっかり忘れていた。 中身は依然判明していないけれども、三郎太の様々な発言から推断するに恐らく映画だという僕の予想を信じ、もしこの家にDVDを再生出来る媒体があればこれを玲さんと共に視聴しようと画策したのだ。


 昼食が終わってからも僕に話題を振ってきたのだから、僕だけでなく、きっと玲さんも暇を持て余していたに違いない。 でなければ僕を家に誘ったり昼食を食べていけなどと言ったりしないだろう。 お互い手持ち無沙汰ならば、映画鑑賞はこの上無い娯楽だ。 たとえ会話が続かず間が持たなくとも、沈黙は映像と音声が埋めてくれる。 つまり、僕は一つの気遣きづかいも無く、玲さんの無茶振りをやり過ごせるのだ。


 ――しかし何故だろうか、先ほどからこのDVDにおいて三郎太から聞き及んでいた重要な()かが抜け落ちているような気がしてならず、思い出そうとはするけれど一向に思い出せない。 だけれど、どうせ三郎太の事だから瑣事さじに違いないとその懸念を捨て置いた僕は、玲さんが部屋に戻るのを呑気のんきに待った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ