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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第一部 僕と私(ぼく)
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第四話 困惑

 その好意は何の違和感も無く、ごく自然な会話の流れの中にり込まれて古谷さんの口から伝えられた。


 あなたが好きだ――


 何かにつけて恋だの愛だのという感情にとらわれがちな感受性の高い僕達の年代の誰しもがかじり付きたくてたまらないであろう甘美な果実を、彼女は僕の目の前に差し出した。


「あ、でも私の言う『好き』っていうのは付き合いたいとかそういうのじゃなくって、多分、憧れに似た『好き』の方なんです。 だからお返事とかは全然気にしてないので、今のも聞き流してくれて大丈夫です」


 しかしそれをたちまち引っ込めたのもまた、彼女であった。 古谷さんは驚くほど淡々と事務的に先の告白の真意について語ったものの、彼女の言うところの『好き』を僕はまるで理解出来ずにいたから、


「じゃあ、無理して僕に伝える必要も無かったんじゃないかな」と聞かざるを得なかった。 けれど彼女は思いのほか平然な顔をして、かぶりを振って見せた。


「伝えたかったのは、私のわがままです。 でも、こんな時じゃないと綾瀬くんにこの想いを伝えられそうになかったし、だから、その気持ちを伝えられただけで十分なんです。 ――ほら、あれですよ! 芸能人とかアイドルが、ファンから好きって言われても平然としてますよね。 あれと同じ感じに思っていてくれれば」


「いや、僕はテレビに出てるような芸能人でもアイドルでも無いんだけど」

 古谷さんがとなえたトンデモ理論にはさすがに共感出来ず、僕はつい反論をていしてしまった。


「そう、ですよね。 やっぱりおかしいですよね。 ごめんなさい、私の主張ばかり押し付けて。 もし綾瀬くんの迷惑になるなら、さっき私が言った『好き』の事は忘れてください」


「ううん、迷惑だなんて別に思ってないよ。 誰かに好かれて嬉しくない人の方が珍しいだろうし、僕も古谷さんにそう言われて嬉しくなかったと言えば嘘になるから。 でも、僕が言いたいのはそういう事じゃないんだ」


 いささか落胆気味の古谷さんをよそに、僕は区切りを付けながら自らの心情を続けて語った。


「古谷さんはそれでいいの? 普通そういう『好き』ってさ、相手にもそういう態度を取らせたくて伝える言葉だと僕は思ってるんだけど、僕の返事は要らないって事は、僕とそういう関係になるのを最初から諦めてたって事?」


 彼女のそうとしている事は、言わば好意の一方通行。 こと恋愛事において最も鋭敏えいびんであろう僕達の年頃に、自分は相手の事が好きだけれど、相手は自分を好きにならなくても良い、という不器用極まる『好き』を貫き通そうとしている彼女の心情を、僕はどうしても知りたかった。


「多分、そうです。 だって綾瀬くんは背が高くて格好良いし、いつも友達と仲良さそうにしてるし、男女関係無く誰とでも笑顔で喋ってるし、だから綾瀬くんと両極端の私なんかが吊り合わないのは目に見えてたので、もしかしたら綾瀬くんと付き合えるかもなんて幻想は最初から持ち合わせていませんでした」


 卑屈。 そう言い切ってしまう事が出来れば幾分楽だった。 けれど僕は彼女という人間を卑屈などという無粋極まりない言葉で切り捨てたくはなかった。 自信の無さで言えば、僕は彼女とよく似ているのかも知れない。 けれどもその比較ひかくまぎれもなく似て非なるもので、彼女は自身の欠点を自ら肯定こうていしながらもそれを受け止めた上で僕に対する気持ちを余すことなく伝えてくれた。 そこが僕と古谷さんの決定的な差だ。


 僕は多分――いいえ絶対、いくら親密になろうとも、彼女の前で『ぼく』を語る事は出来ない。 それは彼女に限る事ではなく、竜之介にも、三郎太にも、家族にも、誰にも、決して伝える事は出来ない。 だからこそ、真っ直ぐで正直な彼女からのいびつな告白が、ただただ不思議で、ただただ不可解で仕方無かった。


「私の一方的な感情でいいんです。 だからせめて、これからも綾瀬くんを好きでいさせてくれますか」


 断れる筈が無かった。 自分に好意を抱いてくれている者を無下にする事など臆病な僕に出来る筈もなく、僕はいよいよ彼女の一方通行な『好き』を受け取らずにはいられず、


「……分かった。 そこまで言うなら古谷さんの好きにしてくれればいいよ。 でも、二つだけ条件があるんだけど、いいかな」

 とある条件付で彼女の好意を受け入れた。


「条件、ですか」

 僕の課そうとする『条件』という言葉に反応したのか、彼女の表情にややいぶかしさが込み上げてくる。


「そう、条件。 一つ目は "無闇やたらに自分をおとしめない事" 古谷さんってさ、自分が思ってる以上に行動力はある方だと思うんだ。 その証拠に、ほとんど喋った事も無い僕をここに呼び出したり、突然好きだなんて言ってきたぐらいだしね」


「それはその、何ていうか、その。 貰ったら貰いっぱなしはダメだっておばあちゃんに昔から言われてて、良い事をされたらお礼は言わないといけないし、好きなんて言ったのも、本当は伝えるつもりはなかったんですけど、その場の勢いっていうか、何というか」


 あからさまに僕から目線を逸らし、後ろ手を組んでどぎまぎしながら語る彼女の変わり様を見て、僕は失笑をこぼさずにはいられなかった。 先ほど顔色一つ変えず真顔で僕に告白したくせに、こういう時にあたふたするんだな、と。


「そんな事ないよ。 古谷さんが本当に臆病だったら僕を呼び出す事すら躊躇ためらっていただろうし。 古谷さんの行動力は僕が保障するよ。 だから、古谷さんにはもっと自信を持って欲しいんだ。 そうすればきっとそのうち友達も出来るよ」


「友達……出来るでしょうか」


 友達、という単語を耳にした彼女は顔をうつむけた。 彼女にとって真に苦悩している問題だったに違いない。 でもこれからは、そうした彼女の苦悩を幾何いくばくやわらげてあげる事が出来るだろう。


「出来るよ、だって古谷さんは僕と友達になってもらうんだから」

「えっ?」彼女はちょっと驚いた様子で、うつむけていた顔を正面に戻した。


「条件その二。 "古谷さんは僕と友達になる事" さっき古谷さんが言ってた通り僕も貰いっぱなしってのはあんまり好きじゃないから、こうさせてもらうよ。 僕自身も自分を好きになってくれた人がどんな人なのか、もっと詳しく知りたいからね。 という事でこれからよろしく、古谷さん」


 僕は彼女の前に右手を差し出し、握手を求めた。 彼女もまた、僕と友達になろうという言葉に当初戸惑いはしていたけれど、おもむろに後ろ手をほどき、ようやく手を差し出してくれて、僕はその小さな手と握手を交わした。


「よ、よろしくお願いしますっ」

「こちらこそよろしくね」


 言葉の後に彼女へほほみかけた直後、ズボンの左ポケットに入れていたスマートフォンに振動が走った。 マナーモード中だったから着信メロディこそ鳴りはしなかったけれど、バイブレーションのパターンでSNSのチャット宛の通知である事は把握出来た。


「ちょっとごめんね、誰かから連絡が来たみたいで」

 一言断って、僕は握手していた手を離した後、彼女に背を向けて先程の着信を確認した。 何やら竜之介からのメッセージのようだった。


 [まだ話終わってないんか?もう食堂閉まってまうから適当にパン買っといたで。食堂前の中庭で待っとるからな]


 食堂が閉まるという文面を見て、ふと現在の時刻をスマートフォン上の時計で確認すると、今は午後一時十分過ぎ。 気付かぬ内にえらく話し込んでしまっていたようで、昼休みはあと十五分ほどで終了してしまう。 その事実を知った僕は少し慌て気味にスマートフォンをポケットにしまい、再び古谷さんの方を向き、


「古谷さん、今一時十分だからそろそろ戻らないと昼休み終わっちゃうよ。 まだお昼食べてないんでしょ? 僕も友達待たせてたから行ってくるよ。 それじゃ、また今度ゆっくり話そうね」


 そう伝えて、彼女の返事も聞かぬまま、僕は小走り気味にその場を後にした。

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