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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第二部 私(ぼく)を知る人、知らぬ人
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第十八話 蒙昧 1

 授業終了のチャイムと共に、静寂に包まれていた教室内がどよめき始める。 本日、この時間の教科を最後に、中間考査の全日程が終了したのである。


「あー、今日はダメだったわ、世界史って何でこんなにややこしいんだよ」

 後ろの席から落胆の声調でテストの出来を嘆いているのは三郎太だった。 僕は振り返って、


「そんな弱気になってていいの? テストの結果で負けたら一週間竜之介に食堂でおごらないといけないのに」と彼の置かれている状況の危ういのを思い起こさせた。 しかし彼は、


「まぁ俺がこの有様なんだからリュウも似たようなもんだろ。 俺が予想するにあいつと俺の学力はほぼ互角に近いけど、わずかの差で俺が勝つと見た。 何たって俺はやれば出来るヤツだからな」


 ハハハと高笑いしながら自身の学力が竜之介より上回っていると豪語している。 その呑気さを目の当たりにして僕が失笑をこぼしていると、三郎太の後方に竜之介が現れて、


「何やえらい自信やなサブ、そうでなくっちゃおもろないわ。 来週には全教科帰ってくるみたいやから楽しみやな」と言いながら三郎太のテスト用紙を回収し、次に僕のテスト用紙も回収した後、教壇で僕達を監督していた先生へそれを手渡した。 テストが終了すれば列の最後尾の生徒がその列の生徒のテスト用紙を後ろから順に回収する決まりとなっており、竜之介はその慣例に従い僕達の列のテスト用紙を回収していたのだ。


「でも今日の世界史って結構難しかったですよね、私も勉強してなかったら少し点数が怖いところでした」


 古谷さんも遅れて横合いから三郎太の嘆きに賛同している。 しかしそうは言いながらも彼とは違って彼女の表情には余裕というものがうかがえた事から、難しいとは言いつつ問題を解く事は出来たのだろうと推断した。


「選択問題が少なかったよね、ちゃんと勉強してないと分からない問いも多かったし。 でも逆に言えば勉強さえしてれば点数は取れる教科だったから、三郎太も結構頑張って勉強してたみたいだし、そんなに悪い点数って事は無いでしょ。 だからこのテストでそこまで落ち込む事も無いんじゃない?」


「そ、そうだよな、俺とした事がちょっぴり弱気になってたぜ。 まぁ俺の勝ちは決まったようなもんだし、今から食堂で何頼むか考えとかないとな、俺もリュウにプリン買わせてやろっと」


 弱気になりながらもちゃっかり皮算用は忘れない楽天的な性質がいかにも彼らしい。


「おーし、んじゃテストも全部終わった事だし、今日は心置きなく帰れるな。 ――あ、そうだ忘れてた、ユキちゃん、はいこれ」


 帰り支度をしていた三郎太が突然思い出したようにそう言って、僕に何かを差し出してくる。 それは一つの透明なディスクケースだった。 中身はDVDらしかったけれどラベリングはほどこされておらず生のままで、外見からでは内容が何であるのかさっぱり分からない。

「これは?」と首をかしげながら僕がたずねると三郎太は、


「ほら、前に俺が言ってただろ? ユキちゃんを男にしてやるって。 それはユキちゃんを男にするモノが入ってるDVDだよ。 今日でテストも終わって時間もたっぷりあるだろうし、今日は存分に男になってくれ!」と自信満々にそれを僕に渡そうとしている。 そう言えばテスト期間に入る以前にそうした話をしていたなと思い出した僕は「わかった、ありがたく借りとくよ三郎太」と内容はさだかではないけれど、折角三郎太が僕の為に見繕みつくろってくれたものだから素直に礼を言い、それを受け取った。


「一応ユキちゃんが好きそうなヤツを厳選して持ってきたから、多分ユキちゃんも気に入ると思うぜ。 あ、ティッシュは事前に確認しとけよ? 途中で無くなったら悲しい事になるからな。 んじゃ俺は先に帰ってるわ、また明日なユキちゃん、千佳ちゃん」


 なにか用事でもあったのだろうか、いつもならば正門辺りまでは僕達と一緒に帰る三郎太だけれど、今日は珍しく帰りの挨拶を言い残して僕たちの返事も待たずに一人そそくさと教室を出て行った。 僕は彼に借りたDVDを鞄の中へ仕舞い込んでいる最中に、このDVDの内容を先の三郎太の意味深な言葉を元に推理していた。


 男になる為にティッシュが必要となる内容のモノ――ことによると、このDVDの正体はお涙頂戴の感動映画なのかも知れない。 きっとそこに男としての足掛かりがあると言うのだろう。 しかし予想は予想だから正解とも間違いとも言い切れず、俄然内容が気になり始めた僕は、帰宅して昼食を終えたら腰を据えてこれを見ようと予定を立てた。


 それにしても、DVDを所持しているぐらいなのだから、パソコンを持っていない三郎太でも家でそれを再生出来るだけのDVDプレイヤーなり何なりがある筈だろうに、彼は何故わざわざあの時、再生媒体にスマートフォンを引き合いに出したのだろうか。 仮に彼の家のリビングにプレイヤーがあったとして、感動モノの映画で泣いているところを家族に見られたくないという理由であれば、百歩譲ってまだ納得は出来る。 それでもDVDとスマートフォンが一向に結びつかない事に変わりはないのだけれど。


 それに、以前彼が匂わせていた『決して女性には見せられない』という理由の証明もこの推理では果たせない訳であって、一体全体このDVDの正体は何なのだろうという思考を巡らせれば巡らせるほどに悶々もんもんとしてしまい、最早今すぐにでもこのDVDを再生して内容を知りたいとさえ気持ちがはやってしまっていた。 ――ところへ、スマートフォンが僕のポケットを振動させた。


 竜之介、古谷さんはまだ教室に居るし、三郎太は今したが教室を去ったばかりだけれどまだ学校内には居る筈だからわざわざ連絡など寄越してこないだろうし、ならば一体誰だろうと詮索しながらスマートフォンを取り出して着信を確認すると、


[久しぶり。テストも終わった事だし、もしこの後時間あったら最近あの子とどんな感じなのか聞かせてよ。私の家来ていいからさ。]


 玲さんからのSNSあてのメッセージだった。 久々と言うほど数ヶ月も離れてはいないけれど、食堂の一件以来二週間近くも玲さんと口を利いていなかったのだから、学校を終えた後でもSNSをつうじて友達と繋がっている事の多くなった通信社会の今日こんにちかんがみると、なるほど彼女の言う久々という表現も一概に大袈裟とは言えなくなってくる。 しかし、いざそうして誘われてみたはいいけれど、どうしても先のDVDの件が脳裏を離れてはくれず、僕は二つ返事で彼女からの誘いを受ける事が出来ないでいた。 ゆえ一先ひとまず冷静にDVDの件と玲さんからの誘いの優先度を天秤に掛けてみる。


 依然としてDVDの内容は気になってはいるものの、かと言って玲さんからの誘いをないがしろにする事も出来ない。 DVDの内容は今日中には必ず確認出来るけれど、彼女からの誘いは今日を逃せば以降にその機会があるかすらも定かではない事を考えると、今優先すべきは後者である。 だから、


(いいですよ。 このまま、先輩の家に、向かったらいいですか――と)


 僕は頭の中で返信の内容を考えると共にそれを文章にして入力し、玲さんに送信した。 すると間も無く既読が付いたかと思うと[うん。親は居ないし、玄関は開けておくから気にしないで入ってきたらいいよ。]という返信が来た。


 いくら両親が不在中かつ彼女のお墨付きがあるとは言え、何の断りも無しに人様の家に上がり込むというのはいささか気が引ける行為であるけれども、それを無視して下手にインターホンなどを鳴らして彼女の機嫌を損なわせてしまうかも知れないリスクを考えれば、彼女の言う通り素直にそのしきたりに従うのが無難だろう。


(わかりました。 それじゃ、今から向かいますね)


 再び玲さんに了解したという旨の文章を返信し、それから既読が付いた事を確認した後、僕は帰り支度を始めた。


「優紀、俺ちょっとこれから用事あるから先帰るわな」

 僕の後方からそう断ってきたのは竜之介であった。


「うん、わかった、また明日ね」と僕が返事すると竜之介は「おう、千佳ちゃんもまたな」と返した後、教室から去っていった。


「今日は三郎太くんと神くん、二人とも忙しそうでしたね」

 二人のまれに見るせわしなさを見て、古谷さんがぽつりと言った。


「今日でテストも終わったし、色々と予定でも決めてたんだろうね。 実は僕もこれからちょっと行かなくちゃならない所があるから今日は駅まで一緒に帰れないけど、ごめんね」


「そうだったんですか、用事があるなら仕方ないですよ。 じゃあ、テストも終わった事ですし、今日の夜にでもまたメッセ入れますね」


「うん、お互い気をつけて日付は超えないようにしようね」と僕が冗談半分に言った後、古谷さんは「次の日眠たいですからね」と応答し、えへへとはにかんだ。


「それじゃまた夜に」

「はいっ」

 そのやりとりを最後に僕は古谷さんと別れ、玲さんの自宅へと向かった。

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