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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第二部 私(ぼく)を知る人、知らぬ人
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第十七話 決意 5

 しかし、それが撒き餌と分かっていながらも食いつかなければならないのが今の私である。 姉はズボラであるが、お金に関する意識は何故だかしっかりとしているようで、友人はもちろん、家族間でもお金の貸し借りなどは一切行わない人だ。 かと言って吝嗇りんしょく家でもないし、散財家でもない。


 ――姉は今年で二十二になる。 高校卒業後から働き始めた彼女は、実家暮らしも助けて相当な貯金があるようだ。 ただ、意識して貯めているという訳でもなく、自らに節制を強いている訳でもない。

 実際数ヶ月前には、以前から興味を抱いていたデスクトップ型のパソコンを一括で購入し、後にその値段を聞くと二十万を優に超えていたらしく、欲しい物があれば我慢せずに買う、というのが姉の信条らしい。 では何故、それほど大きな買い物をしているにもかかわらず姉は今もなお貯金額を増やし続けているのだろうか? それは、姉の截然せつぜんたる性格が関係しているのだろう。


 姉は、自身にとって「必要な物」と「必要でない物」の区別がはっきりとしている。 自身が欲しいと思う有用な物は大枚をはたいてでも求め、逆に不必要と切り捨てた物には一切の容赦も与えない。 例を挙げると、姉はファッションにはまるで興味を示さない。 服なんて裸さえ隠す事が出来れば最低限のものでいいとのたまう彼女は、一着何千何万とするおしゃれなトップスに対し「あんなのただの布じゃん」といつも冷然に吐き捨て、かく言う姉自身は近隣の低価格アパレルショップで購入した格安の衣服を身に着けている。 今姉が着ている服装も例によってそのたぐいだろう。


 女性にとってファッションとは化粧同様、特に私達十代や姉達二十代の女子には切っても切り離せないおしゃれの必需品であるにもかかわらず、姉はそれを自ら切り捨てているのだから驚きだ。 現に、彼女の所有するクローゼットの中には三パターンほどの衣服しか入っておらず、収納量に比べて中身が非常に空疎だ――といったように、先程吝嗇りんしょく家ではないけれど散財家でもないという私が姉に下した評価は、そうした姉の風変わりな価値観を物心付いた頃から間近で見てきたからこそ生まれた評価なのだ。


 だからこそ姉は必要以上にお金にこだわらないし、だからこそ決してお金では動かない。 たとえ私が先程明示した金額の十――いや百倍の値段を突きつけようとも、彼女は眉一つ動かさずに「そんなもん(・・)より友達の話してよ」と催促してくるだろう。 それほどまでに姉は、お金というものに人一倍無頓着なのだ。 つまり、食いつけば釣られる事をあらかじめ理解していながら、私はみすみすその撒き餌を口に放り込まなくてはならないという訳だ。


 しかし――ユキくんとのお揃いの為だ。 当たり障りの無い事さえ述べていれば、たちまち姉は興味を無くし、それ(・・)を私に譲ってくれる筈だ。 だから今回だけは甘んじるとしよう、その見え見えの餌に食いつく事を。


「わかったよ、喋るよ。 でも、話し終わったらちゃんとその子渡してよね」

「わかってるって、疑い深いなぁ。 まぁいいや、とりあえず立ち話もなんだからそっちのソファにでも座ってゆっくり教えてよ」


 そう言いながら姉は腰を下ろしていた椅子から立ち上がって、部屋の中央辺りに設置されたテーブルのすぐ近くに配置されている、ベージュのカウチソファのシェーズロング部を占領した。 それから姉はにんまりしながら手招きで私を呼ぶので、私は手招きに招かれるままにソファに近づき、姉の横に腰を下ろした。


 そして私は夕飯の時間まで、姉にユキくんと友達になった経緯について語った。 影ながら私を救ってくれた事から話は始まり、背が高い事、優しい事、さすがに告白のくだりは恥ずかしかったからうまくごまかして、代わりに今日三郎太くんから聞いたペンギンのお菓子の話など、話す前は乗り気ではなかったけれど、いざ口にすると話題は止まらなかった。


 姉は姉で、饒舌じょうぜつに彼の事を語り続ける私の様子を冷やかす事もなく微笑ほほえみながら眺めていた。 しばらく話し込んだあと、扉のノック音と共に「二人ともご飯だよ」という母の声によって話は終了を迎え、私が先に部屋を出ようとしていたところに姉が「これ忘れてるよ」と、約束の物を私に手渡してきた。


「結構あっさりくれるんだね」

 てっきりまた渋られると思っていただけに、姉の律儀な対応を皮肉ると、


「まぁあんたが嘘付いてない事は分かったし、あれだけ楽しそうに話すんだからその人の事大好きなんでしょ? だったら、いつまでも友達なんて言ってないで、あんたからも積極的にアピールするんだよ? 男ってのは結構浮気性なんだから、あんた以上に魅力のある女の子が目の前に現れたらいつそっちに傾くかなんて分からないんだからね? ――頑張りなよ、千佳」


 姉は私にそう伝えた後、優しく頭を撫でてきた。 まるでらしくない姉の対応にちょっと照れ臭さを覚えてしまったものの、小中学校共に異性との浮いた話がこれっぽっちも無かった私を知ってこその、姉の優しさだったのかも知れない。 そうして、出し抜けな姉の優しさに直面したものだから、先ほどまで姉の事をズボラズボラと心の中で連呼してしまった事を反省し、姉は姉なりに考えがあるのだろうと心を広く持つ事にし、居間へと向かった。


「あーっ!」


 私の心変わりの最中に、部屋から姉の驚嘆的な叫び声が聞こえてきたので、私は慌てて振り返って「何?! どうしたの?!」とたずねた。


「いや、何か風呂上がってから無性に胸がスースーすると思ったら、ブラするの忘れてたよ」


 ――前言撤回。 アハハハと高笑いしながら恥ずかしげもなく下着の付け忘れを告白した姉は、やはりズボラに違いない。


 ―幕間― 『千佳とプリン』




「はい、古谷さん、約束のプリン」


 食堂で先に弁当を食べていた私の目の前に、そう言ってプリンを差し出してきたのは、カウンターから戻ってきたユキくんだった。


「ありがとうございます! 弁当食べ終わったらいただきますね!」

「お、なんやなんや? 千佳ちゃん優紀にプリンうてもろたんかいな、ええなぁ」

「ユキちゃんユキちゃん、俺もプリン食べたくなったなぁ」

「自分で買って食べればいいんじゃない?」

「ユキちゃんが俺に冷たい~!」


 いつものように騒がしい三郎太くんと、それを見て「やかましいわ」と一蹴いっしゅうする神くんと、私の隣に座って「ごめんねいつもうるさくて」と私に気を遣ってくれるユキくん。 そして、その三者三様な在り様を観察して思わず失笑をこぼす私。

 あなたは今幸せですかと聞かれれば、私は迷い無く力強く頷くだろう。 当然だ。 私がこれまでずっと心の内に望んでいた景色が今まさに目の前にあるのだから。


「あ、そうや、今日も勉強会やろかなと思とるんやけど今日も来れる人おるか?」


「勿論大丈夫だよ」

 ユキくんが二つ返事で了解する。


「今日は物置の掃除なんてぜってー手伝わねぇからな!」

 三郎太くんも遠まわしに参加を表明する。


 積極的になれ。 と姉に言われたからではないけれど、それでもやはり私は、ユキくんと友達で終わりたくはない。 だから私は、少しずつ彼に接近していこうと思っている。

 彼という星は未だに私には眩し過ぎるけれど、目もひらけないほどじゃあ無い。

 ぼやけていても、霞んでいても、輪郭さえ分かっていれば、あゆみは続けられる。


「古谷さんは今日はどうする?」

「私も勿論行きますよ!」


 ――だからもう、私は立ち止まらない。 『特等席』だって要らない。

 何光年離れていようとも、いつか必ず、以前に望んだ流れ星としてではなく、私は私として、あなたという燦々さんさんきらめき輝く一番星に辿り着いてみせる。

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