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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第一部 僕と私(ぼく)
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第三話 告白 2

 例の嘲笑ちょうしょうが古谷さんへ向けて発せられていると知った時、自分の意思でその環境を耐え忍んでいる彼女をあざける女子生徒達を、僕は心底許せなかった。 そしてそれ以上に許せなかったのは、彼女が悩み苦しんでいるであろう状況を知りながらも当時なにも行動を起こしてやれなかった臆病な僕自身だ。


 僕は『弱きを助け、強きをくじく』という、いわゆる勧善かんぜん懲悪ちょうあく型の人間では無い。 それこそ、今日こんにちまでいじめなどに加担した覚えは無いし、目の前に困っている人が居れば最大限手を差し伸べていたつもりだ。 けれども、今回のような場面に直面してしまうと、いきどおりは感じながらも実際にその現場で行動する勇気は湧き上がらず、心の中で膝を抱えて見て見ぬふりをし、傍観し続ける。 そうしていつも最後には決まってこう、安堵するのだ。 僕じゃなくて良かった、と。


 人間、誰しも自分がかわいいものである。 恐らく僕自身も、そういった人間を一括ひとくくりにしたの中に位置する者なのだろうと認めていて、けれど、それでも、やはり僕には、そういう境遇にある人をどうしても放っておく事が出来なかった。 だから、間接的ではあるし回り道もしたけれど、今回の席替えで古谷さんの授業環境を変えてあげられた事には自分が思う以上に満足していたのだと思う。 それらの行為は、一時は目をそむけてしまった古谷さんに対する罪滅ぼしだったのかも知れないし、偽善ぎぜんあるいは自己満足の域だったのかも知れない。


 正直に言ってしまえば、偽善や自己満足や罪滅ぼしといった、ちんけなまきを見つけべては燃やし続け、ほんとうに心がかじかんでしまわないよう、暖を取っているに過ぎないのだ、僕の行為は。 けれども、彼女のように、まれに居るのだ。 吹けば消え去る弱々しくもはかない、いつわり篝火かがりびの前でわざわざ立ち止まり、手をかざして『暖かいですね』と言ってくれる人が。 その言葉は、いくら薪を焚べて炎を大きくしたとしても味わえないほど安らかに僕を包み込み、暖める。 しかし、普段灯火ともしび程度で暖を取っている者にとって、感謝という炎はいささか温もりが過ぎてしまう。 要するに、こそばゆいのだ。


「ううん、お礼を言われるほどの事じゃないよ。 あの席替えは三浦君の目が悪いって話を聞いて考えた事だから、実は古谷さんがそこまで悩んでるって事までは知らなくてね、今回偶然古谷さんも助けられる事が出来たってだけだよ。 だから、そんなにかしこまってお礼なんていらないよ」


 だからだろう。 咄嗟とっさに出た言葉は、まるで嘘だった。 本当は一度素知らぬふりをしてしまった者から感謝されるという罪悪感に耐えられなかっただけなのに、だけれど、先述した僕の浅ましい心の内を彼女と面向かって伝えられる筈もなく、今はその嘘を隠れみのに本心をひた隠すしかなかった。


「そんな事は無いですよ。 例え偶然だったとしても、私が救われた事に変わりは無いんですから素直に受け取って下さいよ。 それともこんな押し付けがましい事言われて、迷惑でしたか?」


「いやっ、そんな事は無いよ。 古谷さんがそう言ってくれるのは嬉しいんだけど、その、何て言うんだろう、照れ臭いって言うのかな、うーん……」


 僕に中々感謝を受け取って貰えない彼女が急に落ち込んだ素振りを見せたものだから、ひとまずフォローはしたものの適切な表現が見当たらず困惑していると、僕のへどもどした姿がおかしかったのか、古谷さんは突然くすくすとこらえたような笑みを漏らしつつ、


「綾瀬くんって、そういう困った顔もするんですね。 私の想像の中では綾瀬くんは何でもこなせる完璧な人だと思ってました」などと僕に向かって言った。 彼女は一体僕のどこを見て、まるで見当違いな想像をしていたのだろう。 呆れさえも覚えてしまいそうな古谷さんの言い草に僕は、


「相手の感謝も素直に受け取れない分からず屋が完璧なはずないよ。 ごめんね、がっかりさせちゃったかな」と、つい自嘲じちょうに走ってしまった。 しかし彼女は僕の自嘲じちょうすら優しく包み込むようにして、


「いえ、そんな事はないです。 むしろ、遠い存在だと思ってた綾瀬くんが案外近いところに居てくれて、何だかほっとしました」と、僕に伝えてきた。


 以前の彼女の目には、僕はどうえいじていたのだろうか。 そして今まさにこの瞬間、僕は彼女の目の前でどう映り変わったのか。 一向に解せない疑問が思考を支配する中、古谷さんはさらに言葉をつむいだ。


「綾瀬くんって、よく神くんと一緒に居るじゃないですか。 それで二人とも背が高くて格好良かったので、入学した頃から私の中では結構二人は目立ってたんです。 それから、いつも気が付くと目で追ってて、いつも楽しそうにしてる二人を見ては『この人たちは私が持っていないモノを全部持っているんだろうな』って勝手に想像して、その度に一人で落ち込んでました」


 よもや古谷さんからそういった目で見られていたとはつゆらず、これまでの自分の行動に不備は無かったろうかと焦りながら思い返しつつも、彼女の言葉の真意を知る為、耳は傾け続けた。


 それにしても、三郎太が古谷さん目線の頭数に入っていなかったのは単なる見落としか、それともえて言及げんきゅうしなかったのか。 いずれにせよ、彼がこの事を知れば阿鼻あび叫喚きょうかんするのは目に見えているから、うっかり口を滑らさないよう注意しておこうと心に決めた。


「でも、今みたいに感謝を素直に受け取らない不器用さとか、返答に困ってあたふたする姿とか、やっぱりこの人も私と同じ人間なんだなって、ちょっぴり、かわいいなって思いました。 あ、男の人に『かわいい』って何か変ですよね、ごめんなさい。 でも、そういう綾瀬くんの一面を知る事が出来て、本当に嬉しかった。 だから私は、好きになってしまったみたいなんです。 綾瀬くんの事を」


 そう言われた途端、頭が真っ白になった。 時間さえ停止したような心持がした。

 僕は、生まれて初めて、女性から告白されてしまった。

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