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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第二部 私(ぼく)を知る人、知らぬ人
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第十七話 決意 1

「――それからは、中学を卒業するまで昔以上に仲良くやってたみたいだね。 最近ちょっと喧嘩してたみたいだけどすぐ仲直りしたらしいし、ほんといいカップルだと思うよ」


 竜之介の柔道秘話を語り終えた僕は、改めて彼らの仲むつまじきを褒めたたえた。 ふと古谷さんの顔に視線をやると、どこか心此処(ここ)に在らずといった風で、部屋に飾られていた竜之介の写真を呆然と眺めていた。


「……古谷さん?」


「あ、ごめんなさい! ちょっとぼーっとしてて。 ――何ていうか、神くんも美咲さんも私達と同い年なのに大人びてるというか、私には到底入り込めそうに無い人生をこれまで送ってきたんだろうなって思うと、私は今までに何をやってこれたんだろって、自分が情けなくなっちゃって」


 どうやら古谷さんは、竜之介や白井さんの過去と自身の過去とを照らし合わせてしまっていたらしく、話し始めた頃の興味津々な態度と比較すると、今の彼女は落ち込んでいるような、あるいは悲しんでいるような暗い雰囲気をのぞかせていた。


「古谷さんがこれまでどういう人生を歩んできたのかは僕には分からないけど、そもそも人の人生と自分の人生なんて大きく違ってて当たり前だよ。 それを言うんだったら僕のこれまでだって竜之介に比べれば何てことない人生だったと思うし、だから古谷さんがそんなに落ち込む事は無いよ。 それにあの時約束したでしょ? 『無闇やたらに自分をおとしめない事』って。 古谷さんの人生は古谷さんのものなんだから、誰かと比べるなんてナンセンスな事は止めようよ。 僕は自信を無くして辛そうにしてる古谷さんなんて見たくないし、笑ってる古谷さんの方が好きだからね」


 すっかり自信を無くしてしまっていた古谷さんを励ましていると、何故だか彼女は突然顔を赤らめて、しきりに手櫛てぐしで髪をき始めた。


「そ、そうですねっ。 ユキくんにそう言われてた事すっかり忘れちゃってました。 でも、神くんもすごいですよね。 美咲さんの為にそれだけ頑張ってた柔道をいきなり辞めちゃうだなんて」


「そうだね。 実力は確かだったみたいだから、母親とか柔道関係者にはかなり引き止められたみたいだよ。 その時にやっぱり柔道を続けるか辞めるかって悩んでたらしいんだけど、父親だけは『お前がそうしたいのならそうすればいい』ってすんなり認めてくれたみたいで、結局その後押しが決定打になって辞める決意に至ったみたいだね」


「へぇー、柔道を始めるきっかけを作った神くんのお父さんが、辞める事に何も言わなかったのも面白い話ですね」


「元々竜之介に柔道を始めさせたのも、素行の悪かった竜之介を矯正させる為だったみたいだし、柔道を本格的に習い始めて間もなくその目的が達成してた事もあってか、父親は竜之介が柔道を続ける事にそこまで執着してなかったんだろうね」


 もし、父親さえも竜之介の柔道引退をかたくなに引き止めていたとしたら、彼の人生はどういうものになっていただろうか。 父親がそうしていたとしても最終的に竜之介の意志は変わらなかったのかも知れないし、ひょっとするとそのまま柔道を継続し、今も柔道界にその名をとどろかせていたのかも知れない。

 そして、彼が後者の道をあゆんでいれば、きっと特待生として柔道の強豪校に入学していただろうから、恐らく僕は彼と出会っていなかっただろう。 今この場所で古谷さんと二人きりで彼の昔語りなどしていなかっただろう。 場合によっては彼の顔も名すらも知らずに生涯を終えていただろう。


 そう考えると、人生というものは実に奇妙なものだ。 一見何の力も有していないように思われる自身や他人の何気ない選択の結果がいつどこで誰にどう作用するかなど、きっと神様にだって分かりやしない。 先程自身の人生をかえりみていた古谷さんだって、これまで誰かしらに影響を与えている筈なのだ。 今の僕が、彼女の為に変わろうとしているように。


「そういう時に味方になってくれる人って心強いですよね。 これからも神くんと美咲さん、うまく行くといいですけど」

「ほんとにね。 ――ところで竜之介達、全然帰ってこないけど何してるんだろ」


 話頭を転じながら、ちらと部屋の置時計で時刻を確認してみると、現在は十七時三十分過ぎ。 彼らが騒がしく退室してから既に三十分以上が経過しているにもかかわらず、未だ彼らが部屋に戻る気色は無い。


「古い冷蔵庫を物置に運んでるんでしたっけ? そんなに重たかったのかな」


「どうだろ、竜之介と竜之介のお母さんだけで持てるとは言ってたし、そこに三郎太も混じったとなると運ぶのに苦労はしない筈だから、何か別の用事でもしてるのかな。 ――僕もあと三十分ぐらいしか居られないし、今日はもう勉強は止めて竜之介達が帰ってくるまで話でもしてよっか」


 一向に部屋に戻る気色の無い二人の状態にかんがみて僕が古谷さんにそう提案すると、彼女は断る素振りも見せず「はい!」と快活に承諾した。

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