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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第二部 私(ぼく)を知る人、知らぬ人
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第十六話 栄光 6

 美咲が彼に対する自らの胸中を明かした事によって、自然竜之介も「実は俺も前から――」と、長らく暖めていた美咲への想いを打ち明け、晴れて二人は恋仲同士となった。

 翌日、竜之介が例によって女子軍団に囲われていた時、正式に恋人が出来たという事で、これ以上彼女達に曖昧な態度を取り続けるのは美咲にも彼女達にも失礼だと思い立った彼は、女子軍団に向かって、悪いが彼女が出来たから、もう自分を囲わないで欲しいという旨を真摯しんしに伝えた。


 この時、意外にも女子軍団一同は素直であり、幻滅の悲哀にさらされて一部から落胆の声が上がりつつも、彼に恋人が出来たという事実を受け止めるのにさほど時間は要さなかったようだ。 そもそも彼女達は何も本気で竜之介の事を狙っていた訳ではなく、流行りものやゴシップに喜々として群がる、俗に言う『ミーハー』だったのである。 何かに対する一時いっときの熱はそれこそ鉄をも融解せしめかねないほどの温度を有する場合もあるが、一度()めてしまうとその熱意は氷よりも冷ややかなものである。 そうした下落を目の当たりにした彼女達だったが、温度が低下すれば当然病にもかかり易くなる。 そして彼女達は罹ってしまった。 『知りたい病』という思春期にわずらう事の多い病に。


 女子軍団は、竜之介自身に対する興味は引いたが、今度は竜之介を取り巻く環境に目を付けたのである。 それはつまり「竜之介の彼女が誰であるか」という詮索であった。 彼だの彼女だのと一際異性を意識してしまうのが丁度この年頃であり、それが同級生の恋仲であるならば尚一層の事知りたくてあばきたくてたまらないのである。 彼女達も例に漏れず、年相応にして流行り病に罹ってしまった訳であり、彼らの蜜月みつげつの甘きを一舐めしようと躍起やっきになっていたのだ。


 満を持して「ちなみにお相手は?」と控え目に女子軍団の一人が彼にたずねると「美咲、白井美咲や」と竜之介は隠す事も臆す事も無く白状した。 すると同時にキャー(・・・)といった黄色い声色が竜之介の周囲に響く。 勿論その声音は、恐怖や嫌悪けんおなどのネガティブ具合を表現したものではなく、衝撃や興奮の度合いを表現したものである。


 そして彼のお相手を知った彼女達は口を揃えて「白井さんとならお似合いだね」と嫉妬する素振りも無く答えた。 また、ひそかに美咲との恋仲を狙っていた竜之介の友人達も「お前に取られたなら仕方ない」と、諦観の気味ではあるけれども二人の中をこころよく祝福してくれたようだ。

 こうしてクラス一同誰もが認める恋仲となった二人の関係も早や半年が過ぎた頃、竜之介と美咲は二年生に進級した。 二人の間柄は、時に夫婦(・・)と周囲に冷やかされながらも順調に距離を縮めていた。


 熱する内に鉄を打つ事で生じるホールペッチ効果によって鉄が本来以上の硬度を有するが如く、人と人の恋仲もまた、お熱い(・・・)内に周囲にかき回される事によって堅固をもたらすものである。 そうして、熱しては冷やかされを繰り返し、日々鍛え上げられた竜之介と美咲の鉄の恋仲だったが、時に鉄は冷却が過ぎるともろくも両断してしまう事を彼らはまだ知らなかった。


「今度の休み、予定は?」

「悪い、既に予定がある」


 ここだけ聞けば良くある光景に思われるだろう。 竜之介と美咲の間にも確かに良くある事なのだが――いや彼らの場合にはあり過ぎると言った方が正しいのかも知れない。


 竜之介の予定というのは勿論柔道の稽古の事で、彼の稽古事情をかいつまんでみると、平日は放課後、学校の柔道場で彼自身も所属している柔道部の部員と共に稽古を行う。 季節にもるけれども平均して大体二、三時間程度の練習時間であり、彼が家に帰宅する頃には十九時を回っている事が多い。 平日の練習は各々の都合や顧問不在などの学校側に特別な理由が無い限りは、例えテスト期間中であっても基本毎日行われている。 休日に至ってもその限りではなく、平日のように遅くまでは実施しないが、それでも稽古が終わる時間帯は夕方頃で、やはり基本的に休みは無い。 つまり、いざ美咲と恋仲になったはいいものの、竜之介はこれまで一度も彼女と出掛けたりするような事が出来ずにいたのだ。


 美咲は美咲で他の部活動に所属はしていたものの、竜之介の柔道部見たような練習量でもなく、日曜日は必ず休みであった為に美咲は毎度竜之介とのデートを画策してはいたものの、打ち立てた計画はついぞ日の目を見る事も無くことごと頓挫とんざし、その度に彼女は竜之介との距離感を感じていたという。


 美咲自身も、竜之介の柔道に対する熱意は兼ねてより承知しており、それを知りながらも彼女は彼に告白し、彼と恋仲になった訳である。 しかし、およそ人間とは欲深き生きものである。 強欲の化身である。 手に入れたいと思っていた「特別」をいざ手に入れると、しばらくは恍惚こうこつの気味で満ち足りている。 だが時が経つにつれて「特別」はやがて「普遍ふへん」即ち何処どこにでもありふれたモノに変化してしまう。


 一度「特別」を知った者にとって、陳腐ちんぷとは耐えがたき苦痛である。 到底我慢出来るものではない。 だから人は求め続ける。 今の「特別」が駄目になれば次の「特別」を。 次の「特別」が駄目になればその次の「特別」を――まるで際限の無い欲求の上塗りも、恋慕れんぼにおいては愛と称される事もある。 その愛がまさに今、美咲をさいなめている元凶でもあったのだ。


 当初美咲は、竜之介が他の女子に取られてしまう事を恐れていて、ならば玉砕覚悟で彼に恋人が出来る前に想いを告げてしまおうと思い立ったのが先の焼却炉跡での告白であり、結果として思いもよらない両想いだった事から彼女はすっかりご満悦だった。 これで彼を取られる心配は無くなったと安堵していた美咲は、以前より近くなった彼との距離に戸惑いはにかみながらも、今はこの距離で十分だと自身を律し、その上で自身の存在が彼の柔道のさまたげにならないよう最善の配慮を努めていた。 しかし、その程度の上っ面だけの曖昧な感情でおのが内に秘めたる欲求を抑えられるのであれば、そもそも人に理性などという高尚な機能は備わっていなかったろう。 最早理性さえをも押しのけようとしていた美咲は、例によって強欲の化身と成り果てていたのである。

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