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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第二部 私(ぼく)を知る人、知らぬ人
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第十五話 勉学 5

「おいリュウ、何で俺だけ連れてくんだよ。 どうせならユキちゃんも呼んだ方が楽に運べたんじゃねーのか?」


 今し方部屋を後にした二人は竜之介を先頭に階段を下りている。 その内三郎太は口を尖らせながら自分だけ強引に駆り出された事に対する不平を述べ立てていた。 何故俺がお前の家庭事に巻き込まれなければならないのか。 彼の脳裏にはいつまでも煮え切らない、そうした不満がぐるぐると渦巻いていた。


「アホ、ちょっとはそのスペシャルな頭使つこぅて考えてみぃや。 俺とお前があの部屋からおらんようになったら、優紀と千佳ちゃんが二人きりになれるやろが。 だから俺はお前を部屋から連れ出したんや」


 竜之介は三郎太からの不平の矢を背中に受けようともまったく動じる気色も無く、三郎太の方を振り返りもせずに彼を揶揄やゆしつつ、彼を強引に部屋から連れ出した理由を簡潔に説明した。 普段は優紀と千佳の仲について別段の感情を表さない竜之介であったが、彼なりに二人の仲には気を遣っていたのである。


「あぁー、そういう事だったのかよ。 いやー悪い悪い、全然気が付かなかったわ。 俺を無理矢理引っ張り出したのもその為だったって訳だな? 中々気が利くじゃねーかリュウ。 じゃあ俺はこのまましばらくどこかで身を隠してればいい訳だ」


 そういう事ならば俺はわざわざ冷蔵庫など運ばなくてもいいんだなと言わんばかりに、三郎太はすっかり重労働からのがれられたものだと信じ切ってやれやれと一息つきながら安堵に腰をべったり下ろしている。 しかし竜之介は彼の言葉を戯言ざれごととしか扱っていなかった。 今すぐにでも夢現ゆめうつつの彼を現実へと叩き起こしてやりたいとさえ考えている。 しかしここで下手に騒げば部屋に居る二人に怪しまれてしまうから、はやる気持ちを抑えつつ冷静に対応するようつとめた。


「何甘えた事ぬかしとるんや、お前に甘いのはさっきうた菓子ぐらいなもんやぞ。 お前が平らげた菓子の分はきっちり働いてもらう言うたやろが、一番重いとこ持たせたるからしっかり踏ん張れや」


 そうして竜之介は、三郎太が腰を下ろしていた安堵を後ろから蹴りたくって彼に大尻餅を付かせた。 三郎太は茫然自失の気味で肩をがくりと落としながらとぼとぼと竜之介の背中を追う。

 甘口の後の辛口とは、際立って舌にこたえるものである。




 ―幕間― 『人払い』 完




 しばし部屋の中がけたたましくなったと思ったのも束の間、存在感のある竜之介と騒がしい三郎太の居なくなった部屋は、すぐさましんと静まり返った。 二人が部屋を後にしてから間もなく、古谷さんは「二人に、なっちゃいましたね」と目を伏せながら妙にしおらしくそうつぶやいた。


「そうだね。 多分あの二人もすぐ戻ってくると思うけど、それまで勉強する? それとも二人が戻ってからにする?」


「神くんは勉強してていいって言ってくれてたけど、二人が働いてる時に私達二人だけ勉強再開っていうのもちょっと悪い気もしますし、二人が戻ってくるまで、良かったらもう少しお話でもしてませんか?」

「うん、いいよ」

 彼女の提案を二つ返事で承諾した僕は、机に向かおうとしていた体を彼女の方へと向けた。


「それにしても、あの二人っていいコンビですよね。 神くんが関西弁だから何だかコントでも見てるような気分です。 たまに三郎太くんがかわいそうになる時もありますけど」


「確かに、三郎太に同情しそうになる時はあるね。 でも竜之介が理不尽に三郎太をいじってる時っていうのは大方三郎太がつまらない事をやらかして竜之介の機嫌を損ねてる時だから大抵自業自得なんだけどね。 今日だってみんな勉強してるのに一人ぱくぱくお菓子食べててろくに勉強もしてなかったし。 でも三郎太も竜之介を信頼してるからこそ、あんな仕打ちを受けても怒ったりはしないんだと思うよ」


「そんな感じは出てますね。 あの二人って、高校以前からの友達なんですか?」


「ううん、あの二人は高校からの知り合いだったはずだよ。 ついでに言うと僕も二人とは高校で初めて会ったし、みんな高校からの友達だね」


「へぇー、高校からの知り合いなのにみんな仲良いですよね。 私てっきり、みんな昔からの友達だと思ってました」


「さすがに初めの頃は三人とも余所余所よそよそしかったけどね。 でも気が付いた頃には今みたいな気さくな感じになってたよ」


「いいなぁ、私もそんな感じの同性の友達が欲しくて、入学当初は頑張って友達を作ろうと思ってたんですけど、未だに同性で友達と呼べる友達は……」


 先程までほがらかに喋っていた古谷さんだったけれど、友達という単語が出た途端、彼女は途中で言葉を切って、顔の影を濃くした。 例の告白をされた時もぽつりと漏らしていたけれど、やはり彼女は同性の友達らしい友達が居ない事をひどく気にかけているようだ。 彼女の心情の辛いのを判然と目の当たりにして心が痛んだ。


 古谷さんの友達問題に関して、出来る事ならば彼女の為に行動してあげたいと常日頃から思っている。 しかし、今回ばかりは僕が率先して周旋しゅうせんする訳にも行かない。席替えの件とは状況がまるっきり違う。席替えの件は、環境の問題だった。 だから、環境さえ整えてあげればたちまち問題は解決した。 しかし、今彼女がこいねがっているのは、同性の友人関係欠乏の解消。 即ち、個人の問題である。


 よし僕が古谷さんと気の合いそうな女生徒を引き合わせたとしても、最終的に彼女達の関係に是非を下すのは他の誰でもない彼女達であり、いくら僕が相手との仲を取りつくろおうとも、古谷さんが相手に心を開いてくれなければ徒労に終わってしまう。 逆もまたしかりだ。 故にこの件に関しては、古谷さんが自ら行動を起こさない限り解決しないのだ。


 恐らく、古谷さんは既に同性の友達を作れるだけの積極性を持ち合わせている。 まだ自覚してはいないようだけれど、竜之介や三郎太にも臆する事無く会話している場面にかんがみても、彼女のコミュニケーション能力は他人より劣ってなどいない。 なのに何故今日(こんにち)まで古谷さんに同性の友達が出来ていないのかと言うと、きっと、自分に自信が無いからだろう。


 消極性と及び腰は、似ているようで違う。 そもそも彼女が本当に消極的ならば、友達作りなどとうの昔に諦めていただろう。 席替えの件で告白どころか、僕を呼び出したりすらしなかっただろう。 しかし彼女は未だ苦悩しながらも同性の友達を作りたいと願っているし、席替えの件を経て、僕に自分自身の気持ちを余す事無く伝えてきた。 だから古谷さんは決して消極的などではない。 では彼女の積極性を邪魔しているのは何か。 それが自信の無さである。


 現状を変えたいという強い気持ちは持ち合わせているけれど、誰かに拒絶されてしまうかも知れないという臆病の虫が、彼女の行動力を殺してしまっているのだ。 そうした彼女の及び腰は、席替え前に女生徒達からの嘲笑ちょうしょうこうむってしまった事も相まって、必要以上に彼女を臆病にさせてしまっているに違いない。 だからこそ古谷さんにはたけ早く、心を許せる同性の友達が見つかって欲しい。 そうすれば、彼女も次第に自信を取り戻してくれる筈だから。


 友達とは、実に奇妙な関係だと思う。 血縁関係でも無いまったくの赤の他人同士が長時間同じ空間に居るというだけで何のちぎりも交わさず、ざっくばらんにものを言い合えるのだから実に興味深い関係だ。 いいえ御託ごたくを並べるまでもなく、それは人間の持つコミュニケーション能力の一部に過ぎないと言われてしまえばそれまでだけれども、僕はそう思いたくない。 友人関係というのは、家族や恋人といった繋がりとはまた別の、特別な関係性を持っていると僕は信じている。 僕は竜之介や三郎太と友達になれて良かったと言い切れる。 だから古谷さんにも、是非とも友達になれて良かったと思える同性の人物と出会ってもらいたい。


「入学してまだ一ヶ月ちょっとだし、僕達ともこれだけ話せるようになったんだから、他の子にも怖がらずにそのままの古谷さんで振舞えば、きっとその内いい友達が見つかるよ」


 直接彼女の為に行動する事は出来ないけれど、励ます事ぐらいは僕にだって出来る。


「そう、ですね。 これからもう少し頑張ってみます。 ――あ、何かごめんなさい、いきなり暗い雰囲気になっちゃって……」


「気にしなくていいよ、そういう悩みを聞くのも友達の役目だし、古谷さんも僕を信用してくれてるからこそ、そんな弱気を僕に打ち明けられるんでしょ? だったら、遠慮なんて必要ないよ。 むしろもっと頼ってくれると嬉しいな」


 僕がそう言うと、古谷さんは何故だか少々顔を赤らめながら、スカート越しのももの上に落ち着いていた両手の指を合わせたり交差させたりして、どこか落ち着きのない様子でもじもじとしていた。 何か失言でもしてしまったかと思い返してはみたものの、一向に思い当たる節も見当たらず、ただただ一方的に彼女の動向を見守るしかなかった。


 すると彼女は突然「――あ! そう言えば神くんって柔道やってたんでしたっけ?」と、普段とは調子の外れた風なうわずった声色で僕にたずねてきた。


「うん、そうだね。 そこに飾られてる賞状からでも分かると思うけど、中学の時には結構すごい所まで行ってたみたいだよ」


 僕は部屋の長押なげしの上ににずらりと並列している賞状の数々に目を配りながら答えた。 うやうやしく額縁がくぶちに入れられたそれらは、過去の竜之介の柔道界においての栄光を余す事無く物語っており、その中には柔道着に身を包み、賞状をこちらに向けて満面の笑みを浮かべている中学生の時分だと思われる竜之介の写った写真も飾ってある。 現今の竜之介を知っているだけに、そこはかとなくあどけなさは感じられるけれど、当時の彼と今の僕が横に並んだら彼の方が年上に見られるのではと思うほどに、長年勝負の世界に生きてきた彼の顔付きはどこか大人びた印象をのぞかせている。


「でも、今はもう柔道やってないんでしたっけ? 神くん自体が決めた事なんだから私がどうこう言うのは筋違いだとは思いますけど、それでも、そこまで強かったんだったら何だか勿体無い気もしますよね」


 古谷さんの言う通り、竜之介は中学を最後に柔道界から身を引いている。 彼の柔道引退の裏に純真な理由がある事を彼女はまだ知るよしも無い。


「確かにね。 でも、それだけ強かったのに中学できっぱり柔道を辞めちゃった理由を聞いたら、竜之介の決断にも納得が行くと思うよ」


 僕は理由を知っていると暗にほのめかすと、古谷さんは「ユキくんは神くんが柔道を辞めた理由、知ってるんですか?」と、実に興味深そうにいて来る。

「知ってるよ」と単簡に返した僕は、竜之介が柔道を辞めた経緯を彼女に語り始めた。

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