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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第二部 私(ぼく)を知る人、知らぬ人
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第十三話 傍若 4

 レジカウンター付近に近づくと、カウンターの手前で軽く腕組みをしながら目当てのものを物色していたらしい玲さんが目にとどまった。


「お待たせしました先輩。 買う物決まりましたか」と合流がてら僕がたずねると、玲さんは僕の存在を確認したあと「これにするよ」とカウンター横に設置された小型の冷蔵ケースの中から一つのプリンを取り出し、僕に手渡した。


「飲み物はどうしますか」続けて僕がたずねると「自販のでいいや」と、彼女は一人食堂内の自動販売機に向かって歩き始めた。


「あ、お金は――」僕が言葉を言い切らない内に玲さんは「いーよ、気が変わったの。 それだけで満足してあげる」と言い残し、振り返りもせずにすたすたと僕の元を去っていった。


 食べ物と飲み物、二つとも僕がおごるつもりだっただけに、ここに来て玲さんに妙な気を遣わせてしまったのだろうかと思うと、どうもばつが悪い。 しかし今更その事についてとやかく言うのもまた彼女の逆鱗げきりんに触れてしまいそうであり、ここは沈黙が金だろうと自身を納得させ、僕の昼食を含めて精算に入った。


「先輩、これ、どうぞ」

 精算を済ませた僕は、自動販売機辺りに佇立ちょりつしていた玲さんにプリンを差し出した。 勿論、スプーンも天面にえて。

「ありがと」と感謝を述べた玲さんを確認して「じゃあ僕はこれで」と、再び三郎太達の元へ向かった――


「……どうして先輩が付いてくるんですか」

 ――何故か玲さんは、用が済んだ筈の僕の向かう方向にぴったりとくっついてくる。


「え、だってまだキミの彼女見てないし、ひとりで食べるの寂しいじゃない?」


「だってじゃないですよ、もう。 それに彼女じゃないですし。 まぁ、付いてくるのは構いませんけど、二人の前で変な事だけは言わないで下さいよ?」


「はーい」

 まるで気の抜けた玲さんの生返事を信用しろと言うのが無茶である。 しかし、下手に拒否すると余計に僕を掻き回して来そうであったので、どうしても断る勇気が出なかった。 後はもう彼女の良識に全てをゆだねるしかない。 かくして僕は彼女を連れたまま三郎太達の所へと戻ってしまった。


「ただいま」

「お邪魔しまーす」


 唖然あぜんとした三郎太と、どこか警戒気味な古谷さんを尻目に、玲さんは軽快な調子で二人と顔を合わせた。


「よいしょっと。 いやー、座席空いてて良かったね」

「……何でわざわざ僕の隣に座るんですか」


 古谷さんの顔を確認するぐらいならば、もう少し離れた位置に座っていてくれればいいものを、玲さんは僕と共に二人の対面にちゃっかり居座っている。 あまつさえ、丸椅子の足を床に引きらせながら何故か僕の席の方へずいずいと近寄ってきた。


「何でって、食堂結構混んでるし、まばらに座ってたら迷惑でしょ」

「まあ、それはそうですけど、だったらもう少し離れて下さいよ、ちょっと僕寄りに近いですよ」

「なになに? もしかして私が隣に居るからって照れてるの? ウブだなぁ」

「照れてませんって。 変な事言わないで下さい」


 これ以上この人の相手をしていると目の前の二人にすら誤解(・・)を生みかねなかったから、僕は冷淡に会話を終わらせた後、先程購入した昼食用のパンの袋を破って、中身を口に頬張った。


「随分、仲良さそうだなユキちゃん。 ほんとにその人とは昨日会ったばっかりなのか?」


 早くも三郎太が僕と玲さんの関係に怪訝けげんの目を向けている。 こうなる事を恐れて二人にはなるべくこの人との接点を見せたくは無かったのだけれど時既に遅し。 僕が招いた結果だとは言え、とんだ貧乏くじを引かされたなと、自らの愚かさが引き起こしたこの状況をなげいた。


「変な詮索はしないでね三郎太、この人、僕をからかって楽しんでるだけだから」

 口の中のパンを飲み込んだ後、僕は念押し気味に三郎太へそう語った。


「ん、サブロウタ? 三郎太――あ! 君もしかして双葉の弟くん?」


 三郎太という名前に反応して、玲さんが彼の存在に食いついた。 そう言えばすっかり忘れていたけれど、三郎太の姉である双葉さんと玲さんは友達同士だったなと思い出した。


「あ、そうっすけど、俺の事知ってます?」と三郎太がいささか面食らった様子で玲さんにたずねると、彼女は「知ってる知ってる。 双葉とは高一の時から友達でさ、よく双葉が弟くんの悪口とか私に愚痴ってるからね」と、白い歯をのぞかせながら得意げに答えた。


「姉貴のヤツ、家だけじゃなくて学校でも俺の悪口言ってんのかよ……。 何かマズイ事とか言ってました?」


「んー、どうだったかな。 悪口の方は多分それほどキツイ事は言ってなかったと思うけど、逆に秘密の方が印象に残ってるよ。 えーと何だっけ、確か、弟くんの机の引き出しの三段目に、えっちな――」

「だぁぁー! 無しで! それは無しで! 思い出さないで下さいお願いします!」


 あたふたと慌てふためく三郎太の絶叫にも似た声に掻き消され、玲さんが何を言おうとしていたのかを聴き取る事は出来なかったけれど、彼の態度にかんがみるに余程彼にとって不都合な秘密だったのだろうという事は理解できた。 そしてありがたい事に、玲さんの興味が三郎太に向いてくれたお陰で、僕は悠々(ゆうゆう)と昼食にあり付けている。 このまま何事も無く終わってくれれば万々歳なのだけれど、玲さんの事だ。 少しでも油断していればすかさず僕の足元をすくって来るに違いない。 だから細心の注意だけは払っておこうと思い立ち、しばらく発言の無かった古谷さんの方を確認した際に不意に彼女と目が合い、彼女の瞳の奥からとてもうとい気色をのぞかせた雰囲気を感じ取ってしまったから、テーブルに少し身を乗り出して古谷さん側に近づき、


「……何かごめんね、僕が誘ったのに騒がしくなっちゃって」と今の状況に古谷さんを巻き込んでしまった事へのびを彼女に小声で伝えた。


「……いえ、大丈夫です。 気にしないで下さい」


 とは言われたものの、やはり彼女の表情は普段より少々暗い。 やはり玲さんという同性の上級生の存在に萎縮いしゅくしているのだろうか。 ますます悪い事をしてしまったなと、僕は今日という日に古谷さんを食堂へ誘ってしまった事を後悔した。


「こら、そこ! 食堂でイチャイチャしないの!」

 いつの間に僕達の会話に気が付いていたのだろうか、玲さんは三郎太との会話を中断して、鬼の首級しゅきゅうでも討ち取ったかのような勢いで僕達の空気を断ち切った。


「いちゃいちゃなんてしてませんよ、変な事言わないでください。 それより先輩も早くプリン食べたらどうですか。 ぬるくなっておいしく無くなりますよ」

「あ、そうだったすっかり忘れてた。 じゃあ、いただきまーす」


 何とかプリンの方に玲さんの意識をらす事が出来たので、これでしばらく場は持つだろう。 僕も今の内にさっさとパンを食べ切って三人で早く教室に戻ろうと画策かくさくした。

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