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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
それから
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今日を生き、未来を想う

 それから昼食を終えて、玲さんが洗い物をしている間にしばしリビングのソファの上で子供たちとコウテイペンギンのドキュメンタリー番組を見ている内に、ソファ前のテーブルの上に置いていた僕のスマートフォンが振動をきたした。 通知の相手は古谷さんで、[あと十分くらいで着きます!]というSNSのメッセージだった。 現在時刻は十二時四十分。 おおかた予想通りの時間に辿り着くようだった。


「玲さん、あと十分くらいにみんな家に着くって」

「おっけー、だいたい時間通りだったね。 悪いけどお菓子用意しといてくれる?」


 そう言われ、僕は台所付近の戸棚からポップコーンやチョコレートなどのお菓子を取り出し、お皿に盛り付けた。 玲さんは飲み物を用意していた。 そうこう段取りしている内に、家のチャイムが鳴った。 真っ先に玄関へ向かったのは明人だった。 その後に続くよう僕と玲さんも玄関へ向かい、扉を開けると鈴木家と神家が揃い踏みだった。


「うっす! 久しぶりだなユキちゃん。 玲さんもお久しぶりで! 明人もしばらく見ないうちにまたデカくなったなぁ」


 自分の元へ近寄ってきた明人の頭をわしゃわしゃと撫でつつ、一番に挨拶をしたのは三郎太だった。 高校時代の爆発頭も懐かしく、今や一児の父らしく爽やかな短髪姿をしている。 服装も明るめなカジュアルファッションで若々しく、元々ひげも薄い方だから、見る人から見れば二十代に見えるだろう。


「こんにちは! お二人ともお久しぶりです。 これよかったらどうぞ。 また家族みんなで食べてください!」


 次に挨拶をしたのは古谷さんだった。 高校時代から体型は変わっておらず、しかし一児の母としての風格は備えている。 変わらず彼女のあどけない笑みは見ていて元気を貰えて、近ごろは髪を伸ばし始めたのか、もう少しで肩まで届きそうなセミロングヘアスタイルが印象的だった。 そして何やらおみやげを買ってきてくれたようで、玲さんが受け取っていた。 その辺りの気遣いはいかにも古谷さんらしい。


「今日は大人数おおにんずうでお邪魔さしてもらいます。 美咲も来たい来たい言うとったんやけど今回は用事があってなぁ、次回は他の用事蹴ってでも来る言うとったんで、そん時はまたお願いしますわ。 あとこれ美咲からのおみやげなんでまた家族で食べてください」


 慇懃いんぎんに今回の訪問についての思いを語ったのは竜之介だった。 高校時代から髪型は変わらず坊主に近い短髪だったけれども、最近は髭をたくわえているようで、口周りを始め、びん辺りから顎にかけて綺麗に髭が生えそろっている。 相も変わらずの筋骨隆々な身体も助けて、そのままアクション映画にでも出演出来てしまいそうな風貌だ。 そして古谷さんと同じく竜之介も美咲さんからだというおみやげを玲さんに渡していた。 次回美咲さんが我が家に訪れた時は存分に持て成してあげようと思う。


 そうして大人たちの挨拶が終わったところで、立ち話も何だからとひとまずみんなを家に入れて、リビングへと案内した。 リビングでは美幸がまだコウテイペンギンのドキュメンタリー番組を一人黙々と視聴していた。


「美幸、みんな来たからちゃんと挨拶しようね」

 僕はリモコンで動画を一時停止させたあと、美幸にそう言った。


「うん。 ――みなさんこんにちは! 今日はよくいらっしゃいました!」


 来客の前に出て、腰を九十度以上に曲げて元気いっぱいに挨拶した美幸を見た古谷さんが「きゃ~! 美幸ちゃんしっかりしてて可愛いっ!」と黄色い声を上げて美幸を抱き締めていた。 美幸も古谷さんにはよくなついていて、我が家を訪れた際には千佳お姉ちゃん千佳お姉ちゃんと彼女にべったりくっ付いている。


「あー! おねえちゃんずるいー! ぼくも千佳おねえちゃんに抱き締められるー!」と不満げに古谷さんの元に歩み寄ったのは甘えたがりな明人だった。 明人も古谷さんにとても懐いていて、何かにつけて美幸と古谷さんの取り合いをしている。 どうやら古谷さんは子供に好かれる性質の持ち主のようだ。


「はいはい喧嘩しないで。 明人くんもぎゅってしてあげるから」


 古谷さんはまるで二人の母親然と美幸と明人を同時に抱擁した。 すると鈴木家の長男の耀あかるくんが三郎太のズボンにしがみつきながら突然泣き始めた。 三郎太によると、二人に古谷おかあさんを取られると思ってしまったのだろうと言っていた。


 すると、抱擁していた美幸と明人に「ちょっとごめんね」と断りを入れ、すぐさま耀くんの元へ立ち寄った古谷さんは「大丈夫だよ耀、お母さんは取られたりしないからね」と耀くんをあやしつけていた。 その一部始終を見ていた玲さんは

「いやぁ、かわいいなぁ耀くん」と耀くんの健気なのを微笑ましい目で見ていた。


「しかし前より大きくなって余計に感じるけど、美幸ちゃんは完全にユキちゃん似だよな」と三郎太が美幸の顔を見ながらそう言った。


「ほんまなぁ。 まさに優紀をそのまま女の子にしてみましたいう感じやもんな」

 竜之介もうんうんとうなずきつつ三郎太の意見に賛同している。


「まぁ女の子はお父さんに、男の子はお母さんに似るって言うし。 明人くんも玲先輩にそっくりだもん」

 耀くんの頭を撫でつつ、古谷さんがそう言った。


「そうなんだよー。 でも性格は真逆の性格を受け継いじゃったみたいでね。 明人は泣き虫だし、美幸は変なところで頑固だし」と自身の子供について語ったのは玲さんだった。


「耀くんは、どっちかと言うと三郎太似だよね」

 すっかり泣きんだ耀くんを見つつ僕がそう言うと、「そうだな。 でも運動は苦手なんだよなぁ。 そこは千佳に似ちゃったのかも――」「はいはい私は運動音痴ですよーだっ」と鈴木夫妻が夫婦漫才を繰り広げた。 室内には大きな笑いが起こった。


「んでリュウんところは二人とも親父そっくりと。 お前の遺伝子どんだけつえぇんだよ……その歳でもう何かでかいのが分かるし」


 竜之介の両隣に立っていた竜馬りょうまくんと竜司りゅうじくんを交互に見つつそう言ったのは三郎太だった。 確かに二人とも年齢にしては身体が大きく、耀くんとおない年の竜司くんは耀くんの身長を二回りほど超えているし、今年で小学二年生になる竜馬くんなどは古谷さんの身長に迫る体躯たいくをしている。 中学くらいの年代になれば僕の身長ですら抜かされそうだ。


「そやろ? 美咲もここまで自分に似んもんかってなげいとったわ。 それに二人ともう食うからなぁ。 食費がかさんで大変やわ」

 高校時代とは違い、下手なからかいではもう三郎太の首を腕で締める事も無く、竜之介は大らかに三郎太の言葉を受け入れた上で自身の家庭事情を明かした。


「竜馬くんは何か習い事してるんだっけ?」と竜之介に訊いたのは古谷さんだった。


「おう、小一しょういちん時から空手をやらしとるわ。 最初はあんまり乗り気ちゃうかったけど、今は日に日に強ぅなる事が楽しいみたいでな。 すっかり楽しんどるわ。 なぁ、竜馬」

「うん! いつかお父さんを超えれるぐらい強くなってやるんだ!」

「はっは! いっつもこの調子や。 あとでみんなに空手の型でも見したれや竜馬」

「押忍っ!」と腹辺りで両拳を握った竜馬くんの覇気は中々のものだった。 ことによれば将来空手界で柔道における竜之介以上の成果を出すかもしれない。


「竜司くんも何かさせてるの?」と続けて竜之介に訊いたのは玲さんだった。


「いや、竜司にはまだ何もさせてないんですよ。 どうも竜司は結構臆病なタイプで格闘技には向いてないと思うんですわ。 やけど運動は好きみたいやから水泳とかの個人競技をやらそかなと考えてますよ。 いつまで続けるんかは本人次第ですけど、続ける続けんにしろ水泳は身体能力ごっつ上がりますからね。 やらせといて損はないかと」


「なるほどねぇ。 何だか雰囲気が優しそうだもんね竜司くんは」と言いつつ玲さんは竜司くんの傍に立ち寄りしゃがみ込んで、竜司くんの頭を撫でていた。 竜司くんはにんまり笑っていた。 笑った顔は竜之介そっくりだ。


「あぁそうだ、みんな揃ったからそろそろ平塚さん呼んであげないと」


 忘れていた訳ではないけれど、両家が到着したという事で頃合いだと悟った僕は、平塚さんとのリモート通話の準備に掛かった。


「えっ、今日って真衣も来るんだったっけ?」

 ちょっと驚いた様子で僕にそうたずねてきたのは古谷さんだった。


「ううん。 家には来ないけど、みんなの顔とみんなの子供が見たいって言ってたからリモートで参加させてあげるんだ」

「そうだったんだ! ぜんぜん知らなかったよ。 今日は真衣に会えないと思ってたから何か嬉しいなぁ」


 リモート上とはいえ平塚さんに会える事を知った古谷さんはすっかり口元を緩ませていた。 ひょっとすると僕がその事実を教えるまでは平塚さんの不参加に幾何いくばくかの無念さを胸中にこしらえてしまっていたかもしれない。 先に教えていてあげれば良かったと少し後悔しつつ、平塚さんとのリモート通話の準備を終えて、いよいよ通話を開始した。


「あ、映った映った。 平塚さんこっちの映像れてる? 声聞こえるかな?」

『おぉ、観えてるし声も聞こえるよー! みんな久しぶりだねっ!』


 モニター越しに、平塚さんがカメラ目線で手を振っていた。 高校時代は若さ溢れる爛漫らんまんな女の子という印象だったけれども、ひと月前に一児の母となった彼女はすっかり大人の女性の雰囲気をかもし出している。 髪型は古谷さんとは真逆で、今はショートカットに近いヘアスタイルをしているようだ。 以前のセミロングヘアも十分似合っていたけれど、これはこれで彼女の活発さが表現されていて良い。


「おー! 真衣ちゃん久しぶりだな! 元気そうで何よりだ」

『やっほー、サブくんの方も変わらず元気そうだねっ』

 モニター付近のカメラに向かって平塚さんに挨拶をしたのは三郎太だった。 平塚さんは手を振りながら対応していた。


「真衣ー、この間は出産おめでと! もうすっかりママだね」

『うん、ありがと千佳! でもみんなに比べたらまだまだママ見習いだけどね』


 次に古谷さんが平塚さんに話しかけた。 この二人が仲良さげに会話しているところを傍で見ていると、高校時代を鮮明に思い出す。


「真衣ちゃん出産おめでとさん。 美咲も今度眞子(まこ)ちゃん直接見たい言うとったわ」

『ありがと神くん! もうちょっと落ち着いたら家に招待するから楽しみにしといてって美咲さんに言っといて!』


 続いて竜之介も平塚さんの出産祝いを兼ねた挨拶をしていた。 眞子というのは平塚さんの子供の名前で、名前の通り女の子だ。 それにしても、綾瀬家を除いた他のみんなはそれぞれ家が比較的近しいほうだから、会おうと思えばいつでも会えるところは素直に羨ましく思う。 ただ、気軽に会えないからこそ、こうして半年ぶりに再開した時などの嬉しさは一入ひとしおだから、家同士が遠いからと言っても悪い事ばかりではない。


「真衣ちゃんこんにちは。 今日は一人だけリモートだけど、時間の許す限り楽しんでね」とリモート上の平塚さんを持て成したのは玲さんだった。


『こんにちはっ! もちろんです玲先輩、後でママ三人で女子トークしましょ!』

 当初は平塚さんだけリモート通話で窮屈させてしまうかと懸念していたけれども、いざ通話を始めてみればリモートを思わせないほど自然に会話出来ているから安堵した。


『――あぁそうだ、綾瀬くん! 今回リモート通話提案してくれてありがとね! もちろん出来ればみんなと一緒の場に居たかった思いはあるけど、全く会えないよりはぜんぜん楽しいから嬉しいよ』


 平塚さんはリモート通話の環境を段取りした僕に改めて礼を伝えてきた。 別に大した事はしていないから、改まってそう言われると何だか鼻面がこそばゆくなる。


「ううん、気にしないで。 こういう会い方も今時のやり方だと思うし、使える手段は有効に使わないと勿体ないからね」

 僕は照れ隠しとしてそう言った。


『ほんと、綾瀬くんはいつまで経っても優しいままなんだから』


 平塚さんにそう言われ、いよいよ照れを隠せなくなってしまった僕はカメラから目線を反らして指で頬を掻いた。 『お、照れてる照れてるっ』と僕をからかった平塚さんの言葉の後に、周囲から笑いが起こった。 このやり取りもまた、僕に高校時代を想起させた。


 それからほどほどに大人たちの平塚さんとの挨拶を終えたころ、それぞれの家の子供の紹介の時間になったけれども、ビデオ通話に興味を持った子供たちがカメラ前に押し寄せてしまい、一時通話が困難なほどに場は騒然となった。 そうしてようやく子供の紹介も終えたころ、竜司くんの「外のトランポリンで遊びたい」という呟きから、美幸を除いた子供たちは外へ遊びに行った。


 耀くんと竜司くんの動向がどうにも気になるという事で、続けて三郎太と竜之介も監督役として外へと出ていった。 残ったみんなは食卓へ着き、お菓子をつまんだりコーヒーを飲みつつ、現状報告だったり高校時代の思い出話に花を咲かせていた。


「美幸ちゃんは、みんなとトランポリンしに行かなくて良かったの?」


 僕の膝元に座っていた美幸に、古谷さんがそう訊ねた。


「うんっ、美幸はおとうさんといっしょがいいから」

 美幸は溌剌はつらつにそう答えた。


『美幸ちゃんはお父さんが大好きなんだねぇ』と平塚さんが美幸に言うと、「うんっ、だいすきっ! 美幸はおとうさんとケッコンするの!」とすかさず答えた美幸に僕は、さすがに苦笑をこぼさざるを得なかった。 玲さんは何も言わず僕の顔を見たままにやにやとしていた。


『……おー、モテモテだねぇ綾瀬くん』平塚さんも例のにまにま顔をしていた。


「これだけ子供に好かれてるのは嬉しいんだけど、反抗期辺りの年代になる頃が怖いね」と僕は切実な懸念事を漏らした。


「――じゃあ、もう完全に仕事は辞めちゃったんですね」


「うんー。 いちおう復帰も考えてはいたんだけど、共働きだとやっぱりどうしても子供を一人にさせる時間が多くなっちゃうし、私としても出来る限り子供の傍に居てあげたかったから、明人を出産して落ち着いてからユキと相談して、退職する事に決めたんだ」


『共働きの収入の多さは魅力ですけど、子供との時間を犠牲にするのはちょっと抵抗ありますよねぇ』


 それからしばし母親三人の育児事情などを聞いていたり、四人で話頭を繰り広げたりしている内に玄関のほうで音がして、まず息を切らした三郎太と竜之介がぐったりした様子でリビングに現れ、二人してソファの上に崩れ落ちた。 次に子供たちがぞろぞろとリビングに入ってきて、何やらそれぞれがうきうきとした様子でジュースの缶を手に持っていた。


 三郎太と竜之介がみんなを連れてジュースを買いに行っていたのだろうかと予想しつつ二人に訊いてみると――子供四人がトランポリンで遊んでいるところを二人で眺めているうちに、竜之介の「ようあんなに何分も飛び続けられるなぁ」という言葉を受けて、三郎太が「まぁすっかりおっさんになったリュウにはキツそうだよなぁ、俺は余裕だと思うけど」という挑発をした結果、「言うたな? ほんだら俺とお前どっちが先にへばるか勝負するか?」「望むところだぜ」「ほんだら負けた方が子供らに一本ずつジュース奢るいう条件でどうや」「それでいいぜ」と勝負の話はついて、事情を説明してから子供たちをトランポリンから降ろさせたあと、二人の勝負を始めた――と一向に息の整わない二人から教えてもらった。


「それで、どっちが勝ったの?」


 そして僕は気になる勝負の行方をたずねた。 すると竜之介が「俺が負けたんや」とぜぇぜぇ言いながら答えた。 三郎太は三郎太で「正直、体重差あるから余裕だと思ってたけど、予想以上に粘られて焦ったわ……」と辛勝だったのを明かした。


 昔の彼ならば『格闘技と力比べ以外のスポーツ勝負ならリュウと俺とじゃ勝負にすらなんねーぜ』とまくし立てていただろうけれど、素直に相手の健闘をたたえたあたり、負けず嫌いな竜之介がいさぎよく負けを認めた事と言い、二人もすっかり大人になって丸くなったという事なのだろう。 その事実が何だか無性に微笑ほほえましくなって、僕はつい失笑をこぼしてしまった。


「ほんと、男の人はすぐ張り合いたがるんだから。 聞いてよユキくん、この前も神くんが子供と一緒に私たちのうちに遊びに来た時に知らない間に三郎太くんと神くんで筋トレ大会始めちゃって――」


 丸くなったのは確かだけれど、二人の男としての闘争心は学生時代から何一つおとろえていなかったようだ。 僕はまた一つ、失笑を溢した。 それから三郎太と竜之介の息も整ったころ、彼らも僕たち大人の輪に参加し、一向に尽きるところを知らない話題は延々と掘り出され、時には子供たちと一緒になって遊んだりもして、リビングには絶えず子供たちの騒がしい声と大人たちの笑い声が響いていた。

 そうして――



「んじゃ今日はお邪魔しました! また近い内に招集掛けるんで来れる方は鈴木家へぜひ!」

「ユキくん、玲先輩、今日は楽しかったですよ! 美幸ちゃんと明人くんもまた遊ぼうね!」

「次は俺の家にも呼びますわ。 美咲も喜んでくれる思うんでまた来たってください」


 ――みんなとの楽しい時間もあっという間に過ぎ去り、時刻は十七時過ぎ。 僕と玲さんと子供たちは玄関廊下で鈴木家と神家を見送っていた。 平塚さんとは先にみんなと一緒にリビングで別れを済ませていた。 しかし、三十路みそじを過ぎた今もなお僕の例の心持は健在で、僕は今まさに、もう少しみんなと話していたかったという強い名残なごり惜しさを感じている。


 けれども、こうしたものは名残惜しさを感じているくらいが丁度良いという事を、僕はこの歳になって悟った。 ここで満足してしまっていたら、次回に再開した時の嬉々が薄まってしまうから。 僕がそう大らかに思えるようになったのも、歳を重ねたお陰なのかも知れない。 僕と玲さんと子供二人とで別れの挨拶をみんなに掛けたあと、両家はほがらかな顔をして我が家を後にした。 昼頃から常に騒々(そうぞう)しかった綾瀬家に、平生へいぜいの平穏が訪れた。


 リビングへ戻ると、あれだけ大人と子供が溢れ返って狭苦しく感じていた空間が、今では広く広く思えて仕様が無い。 この部屋はこれほどまでに広かったろうかと、錯覚さえ覚えてくる。


「いつもの事だけど、みんなが帰った後はどうしても寂しく感じちゃうね」


 玲さんも僕と似たような感覚を抱いているのだろう。 ちょっと哀愁をのぞかせた声色でそう言った。


「うん。 でも寂しいと感じるって事は、みんなと一緒に居る時間をそれだけ大切にしてるって事だから、良い事なんじゃないかな」


「……そうだね。 三郎太くんも近い内に声掛けるって言ってたし、どうせなら今を寂しがるより未来にわくわくしないとね」


「おかあさん、おなかすいたー」

「ぼくもおなかすいたー」

「ふふっ、今日はよく遊んでもらったもんね。 じゃあ今日は揚げ物にしちゃおっか」

「ほんと? わたしエビフライがたべたい!」

「ぼくもぼくも!」

「はいはい。 それじゃあご飯出来るまでにユキお父さんと一緒にお部屋片づけておいてねー」

「「はーいっ」」

「それじゃユキ、悪いけど子供たちと一緒に部屋の片づけお願いね」

「うん、任せといて」


 ――そうだ、玲さんの言う通りだ。 今を寂しがるより、未来に心をおどらせる方が余程活力を貰える。 それに、子供二人の世話をしていたら寂しさなんて感じる暇もない。


 あぁ、次のみんなとの再会が楽しみだ。 その日が来るまで未来を思おう。

 子供のすこやかな成長を見守りつつ、玲さんの隣で。

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