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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
それから
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そうして生命は繋げられ

 僕たちの結婚式から翌年、僕たちは同棲時代からのお互いの貯蓄を醵金きょきんし合い、僕の地元の駅より少し西に離れた丘の上の土地を買い、一軒家を建てた。 リビングの一階から二階までが吹き抜けの、開放感のある良い家に仕上がった。


 決して大いに自慢できるような広さの家ではないけれど、僕と玲さんと将来生まれてくる子供たちが暮らしてゆく分には何の差しさわりもなく、起きて半畳寝て一畳、天下取っても二合半では無いけれど、あまり物欲も顕示欲も無い僕たちにとってその家は立派な『お城』だった。


 ――そして、僕と玲さんが結婚して五年目。


「三郎太くんと竜之介くんのとこ、昼過ぎに来るんだっけ?」

「うん。 お昼食べてから来るって言ってたから、十三時くらいじゃないかな」


 十月もなかばに差し掛かった秋の頃の土曜日、半年ぶりの僕からの招致しょうちで、昼過ぎから鈴木家とじん家が我が家に訪問する事となっていたのだ。 僕と玲さんはその件についてリビングで話していた。

 鈴木家は三郎太と古谷さんと、彼らの子供の四歳になる耀あかるくん。

 神家は竜之介と八歳になる竜馬りょうまくんと第二子として生まれた四歳になる竜司りゅうじくん。 美咲さんはどうしても外せない先約が入っていたようで、今回の訪問は泣く泣く見送ったそうだ。


 最後に、一昨年おととし結婚した平塚さんも出産直後という事で我が家には訪れないけれども、久々にみんなの顔とみんなの子供が見たいという彼女からの強い要望を受け、個人的にパソコンを所持していた僕はそれを利用しビデオ通話で平塚さんを参加させてあげる事にしていた。


 今日日きょうびのスマートフォンやタブレット端末の性能ならば十分に高画質のビデオ通話は出来たけれども、同じビデオ通話でも大画面で顔が映った方がリモートでのコミュニケーションも取りやすいだろうと、普段使用しているパソコンのモニターを食卓付近に移動させ、いつでも平塚さんとのリモート対面が出来るよう段取りしていたのだ。


「どうせならお昼用意してあげたのにね」

 彼らが昼食を摂ってから来るという話を聞いて、玲さんがそうした事を言っている。


「多分その辺で気を遣ったんじゃないかな。 わざわざ用意させるのも悪いって」

「そっか。 それじゃ私たちも先に食べとかないとだね。 もう十二時前だし、ささっとお昼作るよ。 すぐ出来ると思うから、外で遊んでる美幸みゆき明人あきと呼んで手洗わせといてくれる?」

「うん、わかった」


 美幸みゆき明人あきとというのは、僕と玲さんの間に生まれた子供だ。

 第一子の美幸が女の子で四歳、第二子の明人が男の子で三歳になる。 二人はいわゆる年子で、年子出産の場合は母体への負担が大きいという事前情報を知り、万が一にも玲さんや生まれてくる子供の生命いのちに関わる症状が出てしまったら事だから、正直なところ僕としては年子出産には反対だった。 けれども、玲さんがどうしても「なるべく私の若くて健康なうちに産んでおきたい」と言って聞かなかったから、結局僕が折れて玲さんの意思を尊重し年子出産にのぞんだという次第だ。


 結果的に玲さんの身体の不調も起きず、二人の子供たちも健康そのもので生まれてきてくれたから、それまで散々年子出産への懸念を胸の内に蔓延はびこらせていただけに、二人目の子供である明人が生まれた瞬間には周囲の目もはばからず、ついつい安堵から来た大泣きをていしてしまった。 その事は今でも玲さんにたびたび掘り起こされ、そのたび僕は顔を赤くさせている。


 そうして僕たちは無事二人の子供を授かった訳だけれども、もちろん育児は大変だった。 美幸の生まれた時は夜泣きもぐずりもほとんど無く、美幸の出産後から半年後には既に明人を懐妊かいにんしていた玲さんの負担も最小限にとどめられていた。


 しかし明人は美幸の真逆で、事あるごとにぐずり出し、夜泣きはほぼ毎日で、さすがの玲さんも育児疲れが見え始めていたから、僕は明人の生まれてから一か月後に上司と人事部に相談したのち育児休暇を取得し、おおよそ一年間を育児の時間についやした。


 いまだに男性が取得しようとする育児休暇への風当たりが強い時代だけれども、僕の勤めていた会社はそうした方面に理解のあるほうで、会社としても僕の所属している班としてもこころよく僕の育児休暇を認め送り出してくれて大いに助かった。


 ただ、育児休業給付金などの手当ては貰えたけれども、僕が育児休暇を取る事によって二人の社会人として働いていた頃の半分以下の収入しか無くなってしまう事になったから、美幸の生まれる前に土地を買い新築を建てていて貯金もほぼ底を尽いてしまっていた事もあり、支出面には本当に気を遣った。


 その時に両家の親に生活資金や育児用品や米野菜を始めとした食料品の無償提供など多大な援助を受け、すっかり僕も大人になって自身でお金を稼ぎ親の力を借りずに独り立ちしたものだと自惚うぬぼれていたけれども、なんてことは無い。 親からしてみればいつまでも自分の子供のさききは心配になるようで、その歳になって改めて親の偉大さというものをはなはだ思い知らされた。


 本当に、両家の親には今でも頭が上がらない。 金銭のお返しはこれまでに見事突っ返されてしまったから、今や美幸や明人、二人の孫の顔を定期的に見せてあげる事が僕や玲さんの両家の親にしてあげられる最大のお返しであり、親孝行だ。


 余談ではあるけれど、子供二人の名前に関しては僕と玲さんの名前から授けた。

 美幸みゆきは僕の愛称『ユキ』から。

 明人あきとあきらさんの『あき』から。


 当初は美幸が生まれる前から、子供が生まれたら名前は何にしようと玲さんと相談に相談を重ねていて、しかし中々良いアイデアが出ない時に玲さんの「じゃあいっその事私たちの名前の一部から取って付けるってのはどう?」という提案を受けて、その案を採用した。


 その時に、男の子ならば玲さんの名前から、女の子なら僕の名前から参照するという決まり事をし――第一子に女の子、僕の名前から美幸みゆきと名付け、第二子に男の子、玲さんの名前から明人あきとと名付けたのだ。


 もちろん僕たちの名前から参照したとはいえ、二人の名前には意味がある。

 美幸は、これから長い人生の中でさちに恵まれ、身も心もいつまでも美しくあるように。

 明人は、どんなに辛い事があってもめげない心を持ち、いつも明るく楽しい人に育つように。


 いつしか二人の子供が大きくなった時、自分の名前を好きだと言ってくれたら、僕や玲さんとしてはこの上ない幸せだ。


「美幸ー、明人ー、そろそろお昼ごはん食べるから家に戻るよー」


 そうして僕は家を出て、庭に設置している大型トランポリンで遊んでいた二人の元へと立ち寄った。 このトランポリンは美幸が満足に走り回れるようになり始めた頃にインターネット上の通販サイトで在庫処分として売りに出されていて、定価の半額以下の値段だったから、子供の肉体的な発育にも良いだろうという事で玲さんと相談し、購入していたのだ。


 今では美幸と明人二人して、僕か玲さんが呼びに行くまで延々とトランポリンの上で跳ね続けている。 僕も二人に付き合って度々(たびたび)この遊具を使用するけれど、僕などは五分もしない内に息が切れて跳べなくなってしまうから、自身で子供を育て初めて、子供の体力は底なしだという事を思い知らされた。


「はーい、おとうさん」

 すぐさま跳ぶのを止め、元気いっぱいにそう答えたのは美幸だった。


「えー、今はじめたところなのに」と不満げに答えたのは明人だった。 まだ飛び跳ねている。


「大丈夫大丈夫、これから耀あかるくんと竜馬くんたちが遊びに来るから、その時にみんなで一緒に遊んだらいいよ」


「えっ?! 耀あかる君たち来るのっ! やったやったっ!」

 鈴木家と神家が訪問する事を伝えると、明人は更に高く飛び跳ねていた。 せめてトランポリンから下りてから伝えるべきだったのかもしれない。


 明人が未だ飛び跳ねているうちに美幸がトランポリンから下りてきて、「おとうさん、だっこー」と僕に抱っこをせがんで来た。 僕は美幸を抱き上げて片手で胸に抱えた。

 四歳になる美幸の体重はもう一五キログラムを超えているから、一時的な抱っこならば良いけれど、度々抱っこをせがまれると腕が辛くて敵わない。 それが子供の成長を間近に感じられる幸せでもあるのだけれど。 ――いわゆる親馬鹿の、贅沢な悩みというものだ。


 それから明人もようやくトランポリンから下りてきて、一人駆け足で家の中へと入っていった。 僕も美幸をかかえたまま家の玄関に向かった。 玄関を開けると、中から醤油とバターらしきかぐわしい香りがただよい始めた。 途端に僕のお腹がぐぅと鳴る。


「あはは、おとうさん、おなか鳴ったー」

 けらけらと、美幸が僕のお腹の鳴ったのを笑い飛ばした。


「鳴ったねー。 僕のお腹は食いしん坊だから」

「じゃあおなかと背中がくっつくまえに早く食べないとね」

「そうだね。 それじゃ美幸も手洗っておいで」

「うんっ」


 僕は玄関廊下に美幸を降ろし、手を洗いに行くよううながした。 美幸はぱたぱたと小走りに洗面所の方へと向かっていった。 僕も美幸の後を追うよう洗面所で手を洗ったあと、リビングへと向かった。


「もうすぐ出来るからもうちょっと待っててね」


 台所では玲さんが昼食の段取りをしていた。 我が家の台所はリビングとの仕切りが無く同じ部屋にあり、調理中でも子供の様子が逐一うかがえると楽だという玲さんの要望を受けて取り入れていた施法だ。


 部屋中に料理の匂いが漂ってしまう事と、来訪者に対する体裁として常に台所周りを綺麗にしておかなければならないというデメリットはあるけれど、先の子供への配慮然り、また、仕切りを入れない事で部屋に解放感が生まれ、日々の生活にのびのびとした心の余裕も出来るから、僕も玲さんもこの施法には大満足だった。


 それから僕が二人の子供とリビングで遊んでいる内に昼食が出来上がったようで、玲さんがリビングの窓際に設置してある食卓に配膳を終え、全員食卓についてからのいだだきますという食前の挨拶の後に、僕たちは昼食を食べ始めた。 玲さんの作ってくれたのは醤油バター風味のたらこパスタだった。 子供たちは午前中体を動かしっ放しでお腹が空いていたのか、黙々とパスタを口に運んでいた。


「でも、珍しいね。 たらこパスタなんて」

 パスタを食しつつ、僕は玲さんにそう言った。 玲さんの作るパスタというのは大抵はきのこパスタかペペロンチーノ辺りの種類だったから、珍しく思ってしまったのだ。


「この前私の実家に戻った時にうちのお母さんからたらこ貰っててね。 それで今日ちょうどみんな遊びに来るって事で高校時代を思い出して、じゃあたらこパスタ作ろうって思ったの」


「ん、どうして高校時代を思い出したらたらこパスタを作る事になるの?」

「そりゃあ、ユキのファーストキスの味だからに決まってるでしょ」

「僕のファーストキスの? ――あっ」


 そこまで言われて、僕はようように玲さんの意図に気が付いた。 僕の高校時代――あれは確か高校一年の夏頃、玲さんの自宅でたらこパスタをご馳走になった後、何かしらの勝負をしている時に僕が玲さんを押し倒すような形で倒れてしまい、その流れのまま玲さんに口づけをしてしまった。 その時に、僕の唇が渇いていまいかと心配して舌で唇を軽く舐めた時に、直前に食したたらこパスタの味がしてしまって、玲さんにファーストキスの味を聞かれた際に『たらこの味がした』などという風情ふぜいもロマンチックの欠片もない解答をしてしまったのだ。

 

「おかあさん、ふぁーすときす(・・・・・・・)ってなぁに?」

 口周りにたらこを付けつつ、美幸がはてなと首を傾げながら玲さんにたずねた。


「ファーストキスっていうのはね、その人の人生で初めてしたキスの事だよ」

「へー! じゃあ美幸もおとうさんとふぁーすときす(・・・・・・・)したい!」

「ふふ、駄目だよ美幸。 これは美幸が本当に好きになった人とじゃないと意味がないから」

 玲さんが美幸の口元をティッシュで拭きながら、美幸をさとしている。


「えー、美幸、おとうさんの事だいすきなのに?」

「ん-、美幸がユキお父さんの事を好きなのと、他の人を好きになるのは違う事なの。 わかるかな?」

 さすがの玲さんも子供特有の純粋さに困惑しているようだ。


「わかんない!」美幸は満面の笑顔でそう言った。 「こりゃあ説明するのは至難のわざだね……」と、玲さんは苦笑いしていた。 「あと数年したら分かってくるんじゃないかな」と僕ははなから美幸にファーストキスの意味を伝える事を諦めた。


 以前にも「なんで海には塩があるの?」と明人にたずねられた事があるけれど、親になって初めて分かる、子供の『なぜなぜ問答』は本当に大人でさえ解答に頭を悩ませる事が多い。 僕たち大人が当たり前に享受している事象も、子供からしてみれば目に肌に感じるすべてが未知のもので、しかし正確に解答を提示したとしてもその解答の中に『なぜ』があればまた例の問答が始まってしまうから、子供との会話は大人以上に頭を使わされる事が常だ。


 ただ、理解出来ない事を知ろうとする好奇心の旺盛おうせいなのは勉学に対する意欲向上にも繋がるだろうから、そういった観点から見れば僕と玲さんに似たのか、美幸も明人もそうした性質に育ってくれていて僕としてはとても嬉しい。 二人の将来が楽しみだ。

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