あなたとならどこまでも
新郎新婦がお色直しの為に披露宴の席を離れたのち、私たちは食事をしながら談笑を交わしていた。 その途中にユキくんと玲先輩のこれまでの人生を振り返ったプロフィールムービーが会場内で流され、その中に私たち同級生の友人五人が一緒に並んだ学生時代の写真なども映っていて、その映像が映った時はちょっと照れ臭かったけれど、私はちゃんとユキくんの友達だったのだなと確認する事が出来て、嬉しくもあり、誇らしくもあって、結局私は口元のゆるみを抑える事が出来ずに一人にやにやしていた。
それからムービーが終わって『お二人は、高校生時代をとても楽しんでいたと仰られていました。 学業、友人関係共に充実し、今の自分たちを形作ったのはその時代だったと言わしめるほどに、お二人にとってその時代は無くてはならない大切な時間だったのでしょう。 年の違った学生時代の恋が今こうして結ばれているのは本当に素敵な事だと思います』と司会者が流暢な語りを終えて間もなく『――それではお待たせしました、お色直しを終えた新郎新婦のお二人が、あちらのシンデレラ階段に続く扉から入場いたしますので、どうぞご注目下さい!』と司会者が来賓に向けて注目を促した。
そこは披露宴会場の南側に位置する二階の大扉へ続く、先の司会者の言っていたよう童話のシンデレラの舞台を彷彿とさせる幅広の階段が備え付けられてあり、そうして司会者の言葉の後まもなく会場の照明が落とされ、二階の大扉にスポットライトが当てられたと同時に扉が開いたかと思うと、軽快な音楽と共に颯爽と現れたのは黒のタキシードに身を包んだ玲先輩だった。
服装に合わせたのか、先ほどのナチュラルなセミロングヘアスタイルとは打って変わって、どこか活発さを連想させるアップスタイルの髪型をしている。 一見、ショートヘアの男性にも見える。 予想外の男性的な服装と髪型で現れた玲先輩を見て、私たちの席を含めて多くの来賓者が驚嘆と戸惑いの混じったような歓声を上げていた。
玲先輩は踊り場の手すりの手前で立ち止まり、右腕を腹部に当てるようにしつつ、やや前傾姿勢を取るという、洋画などで紳士などが見せる慇懃な挨拶をしてみせた。 その挨拶を見た来賓の女性たちからは黄色い歓声が上がった。
それから玲先輩が手すり側から数歩退いたかと思うと、扉の奥からおもむろに、純白のウエディングドレスに身を包んだ人物が現れた。 その人物は肩を通り過ぎる長髪を靡かせていて、顔立ちも非常に整っており、玲先輩の時以上にあちらこちらから歓声が上がっていた。 私たちの席でもあの女性は一体誰なのだろうと探っている内に、三郎太くんが「あれ、ユキちゃんじゃね?」と疑い始めた。
まさかそんな筈はと思いながらも、先の三郎太くんの言葉を念頭に置きながら再度謎の花嫁衣裳の女性を注視していると――確かに馴染みのある顔立ちに――玲先輩を悠に超す長身――そして玲先輩に続いて扉から出てきた事から推断するに、あの人物はまさしくユキくんその人に違いなかった。 それからユキくんは玲先輩に手を引かれながら、淑やかに一歩一歩、階段を降り始めた。
「マジか、ほんまに優紀やんけ。 ウイッグしとるから全然分からんかったわ」
「えっ? えっ? 何あれ?! めちゃくちゃ綺麗なんですけど綾瀬くん」
「玲があの格好で出てきたから何となーく察しはついてたけど、いやぁ、文化祭の時とは比べものにならないほど綺麗だね優紀くん」
「いやいやユキちゃんそれは反則だろ! こんなの誰も予想出来ないっての!」
みんながみんな、驚きを隠せないようだった。 私などは驚きを言葉にするどころか、ユキくんの女性に扮したウエディングドレス姿に見とれてしまい、完全に絶句してしまっていた。 それからユキくんと玲先輩は二人で点火用のトーチを手に持ち、キャンドルサービスの為に各テーブルを回り始めた。
そうして、いよいよ私たちのテーブルに二人が現れ、二人の操作するトーチによってテーブルの中心に置かれていたキャンドルに火が点けられた。 その時にユキくんの顔が良く見えて、これだけ近くで彼の顔を眺めても、一瞬彼が男性である事を忘却してしまうほどに、今のユキくんは完全な女性にしか見えなかった。 だからだろう、
「とっても綺麗ですよ、ユキくん」
覚えず、そんな言葉が私の口から漏れた。
「ありがとう、古谷さん」
ユキくんは私の方を向いて、にこりと優しく微笑んだ。 その笑みもまた、私にいっそう彼の女性像を印象付けた。 ちなみにユキくんは私の事を今でも旧姓で呼ぶけれど、私はそれを嫌だとも思わないし、むしろ嬉しくさえ思っている。 その名を彼から呼ばれる事によって、結婚する以前の私を知っているという旧知の仲を感じられるからだ。 下手に気を遣われてぎこちなく現在姓で呼ばれるよりはよっぽど心地が良い。
そして私はこの時確信した。 このお色直しが、玲先輩がユキくんの為に考案したものであると。
本来であれば、式全体を通してユキくんを新婦扱いしたかったという思いはもちろん玲先輩の中にあったのだろうけれど、世間体として二人は形式上普通の男女で、そうした事をしてしまうと二人への風当たりが強くなってしまう事は請け合いで、しかし女性の夢であるウエディングドレス姿を彼にさせてあげたいという思いから、うまくお色直しという立場を利用したのだろう。
結婚式を挙げる人の中には、自分たちだけでなく来賓の人々を楽しませる為に、披露宴などであっと驚くような演出を仕込んでくる人もいると聞く。 披露宴は挙式と違って割とフランクな催しだから、先のケーキ入刀時の大型スプーンによる『あーん』など、新郎新婦による多少のおふざけはかえって来賓の人々を楽しませる香辛料にもなる。 きっと今のユキくんと玲先輩のこれも、来賓の人々の目にはそうした意味合いで映っているに違いない。 ――私だけを除いては。
あぁ、本当に、玲先輩はユキくんの事を第一に想っているのだろう。 ここまでの愛を見せつけられると、私の高校時代にユキくんの事が好きだったという想いさえ烏滸がましさ極まりなかったのではと思えてくる。 やはりユキくんの隣で歩き続けられるのは玲先輩しか居ないなと、二人の仲がいつまでもいつまでも幸せに続くよう、心の中で『お幸せに』と祈った。
それから終始二人の幸せをお裾分けされ続けた披露宴もようように幕を閉じ、私たちは出入口付近で待機していた新郎新婦とその両親に見送られながら式場を後にした。
時刻は十七時過ぎ、どうせならばユキくんの地元で今日の式の話題を肴に夕食でも食べないかという三郎太くんからの提案で、私たちはその地域のとある居酒屋でささやかな二次会を行った。 三郎太くんは運転手だからもちろんお酒は飲まなかったけれど、お酒の弱い私を除いた三人はユキくん達の幸せに中てられたのか、普段よりも饒舌に語り、普段よりもお酒が進んでいた。
店を出る頃には、あまり酔ったところを見た事の無い神くんまで泥酔していて完全に顔がほんわかしていたのは面白かった。 「普段からこれぐらい長閑な顔してれば初対面の人に怖がられないで済むんだけどな」と、ぽつりと漏らした三郎太くんの呟きもまた、私の失笑を誘った。 それから私たちはユキくんの地元を後にして、帰路に就いた。
時刻は二十時過ぎ、辺りはもうすっかり真っ暗だった。 どうせ他の三人は途中で寝るだろうからという三郎太くんの推測から私は双葉お姉ちゃんを言い包め、彼の喋り相手になる為に助手席に座った。 案の定、高速道路を走り始めて間もなく後席から話し声が聞こえてこなくなったかと思うと、三人ともすやすやと眠りこけていた。 普段はしっかり者の神くんまで完全に眠っているところを見るに、自身のキャラクターすら維持出来なくなるほど今日のユキくん達を祝福し、楽しんでいたのだと思う。
「みんな、良く寝てるね」
私は後席に回していた首を正面に戻しつつ、そう言った。
「酔っ払いが起きててもうるさいだけだから、そうやって寝ててくれた方がありがたいぜ。 特に姉貴はな」
三郎太くんは変わらず辛辣だったけれども、そうは言いつつ、いつもより声量を落としてみんなが起きてしまわないよう気を遣っているところに私は彼のやさしさを感じた。 それからしばらく車を走らせている内に三郎太くんが「ユキちゃんと玲さん、これからもずっと幸せでいて欲しいな」と普段の彼には似合わない殊勝な事を呟いた。
「大丈夫だよ。 ユキくんは玲先輩の事が大好きだし、玲先輩もユキくんの事が大好きだもん」
彼の殊勝さに感化されたのか、私も根拠の無い大袈裟な事を言った。
「ははっ、そうだな」
何故か納得してくれたのか、三郎太くんは静かに笑った。
「あの二人の子供とか、絶対美人になるだろうね」
私はユキくん達の将来の子供について語った。
「それは間違い無いな。 男の子でも女の子でもモデル級の子が育つと思うわ」
三郎太くんも私の意見に賛同していた。
「……近い将来、みんなの子供を一緒に遊ばせたりしたいね」
「それはリュウも前々から言ってたな。 今んとこリュウのところしか子供いねーし。 ――そろそろ、俺らも頑張ってみる?」
「――うん、いいよ」
「マジで?」
「まじで」
「じゃあ、今日の夜とか、ってさすがに早すぎか」
「……確か予定では明後日が排卵日だったはずだけど、ちょっと確認するね」
「そんなの分かるんだな」
「うん、生理日を入力したら排卵日が予測出来るっていう妊活のスマホアプリがあるんだけど、それで毎月データ取ってたからね」
「へぇー、俺の知らないとこでマメな事やってくれてたんだな」
「こういう時の為に一応ね。 ……えーと、うんうん、やっぱり予定では明後日が排卵日みたいだから、今日からタイミング取ってれば丁度良い感じだと思う」
「マジか」
「まじです」
「ん、分かった。 今日のユキちゃん達にもらった幸せ感じてる内に頑張るか」
「そうだね。 三郎太くんは最初の子、どっちの性別が良い?」
「俺はどっちでも嬉しいけど、しいて言うならやっぱ男の子かなぁ、自分の性別的に」
「やっぱり男の人はそうなんだね」
「千佳は?」
「私もどちらかと言うと男の子の方かな。 きょうだいに男が居なかったからね」
「あぁそういうパターンもあるよな。 ……なんかこういう事考えてるとわくわくするよな」
「ほんとね。 ――みんなとの関係、これからもずっと続いて欲しいな」
「続くさ。 むしろ月二、三回レベルで集合掛ける勢いだわ」
「ふふっ、それはさすがに多すぎだと思うけど、月一くらいはみんなと会いたいよね」
「だな。 いずれは俺らも家建てたいし、あー、何かやる事山積みで楽しいぜ」
「私も子供が生まれる前までは今のパート続けるから、一緒に頑張ろうね」
「おう。 俺らの描いた明るい未来の為にな」
いつでも私の歩く速度を気遣いながら私の前を歩いてくれるこの人が、私の夫で良かった。 この人となら、いつまでも一緒に歩いていられる。 今日のユキくん達に負けないくらいに、よりいっそう私たちも幸せになってやろうと強く心に願いつつ、私は三郎太くんと明るい未来を語り続けた。




