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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
それから
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挙式

「おー、結構でかい式場だよな。 俺らの式やったトコよりデカくね? 千佳」

「うん、余裕でおっきいと思う」


 いよいよ私たちは式場へと辿り着いた。 時刻は十二時半、開式まではあと三十分ほど余裕があるけれども、こうした特別なもよおしの際の待ち時間の三十分なんて割とあっという間に過ぎるから、双葉お姉ちゃんの寝坊というアクシデントはあったものの、結果的に早すぎず遅すぎずの良い按配あんばいの時間に到着出来たと言ってもいいだろう。


 そして三郎太くんが驚嘆した通り、式場の外見は中世のお城を思わせる荘厳そうごんな造りになっており、一目見ただけでも立派な式場である事がありありと感じ取れた。 ユキくんからの事前情報によると、玲先輩の仕事の勤め先でもあるらしい。 この式場で彼女がブライダルプランナーとして働いていると思うだけで尊敬の念が溢れ出てくる。 きっとこれまでに何十何百のお客様を持て成し、心より祝福し、幸せに送り出していったに違いない。


 それから私たちは式場内に進入した。 建物の古風な風貌とは裏腹に、場内は現代風のきらびやかな内装がほどこされており、一目でこの式場の格式の高いのが感じ取れた。 入り口近くの受付で出席を済ませたあと、私たち一行は式が行われるまで場内の待機場で備え付けの飲み物を飲んだりして開式の時を待った。


 そうして開式の十分前、式場スタッフの指示で私たちは場内のチャペルへと案内された。 チャペル内の壁画やバージンロードは恐らく高級な大理石が使用されているのだろう。 よく磨き上げられておりとてもつややかで、まるで鏡面のよう辺りの風景をあわく反射させている。 もちろんそうした美麗さは備えていながら、どこか身も心も引き締まるような、そうした厳粛な雰囲気もただよわせている。


 双葉お姉ちゃんを除いた私たち四人は新郎であるユキくんの参列者だったから、新郎側の参列席に当たる、祭壇を正面として右側の長椅子に三郎太くん、私、真衣、神くんの順で座った。 座席位置は友人関係だから、やや後方寄りの席だ。

 双葉お姉ちゃんは玲先輩の参列者だから、一人だけ新婦側である左側の参列席に座った。 それから式中の進行手順や諸注意などを会場スタッフが説明して数分後、いよいよ挙式が始まった。


 チャペルの大扉が開き、牧師を先頭に新郎のユキくんが現れた。 彼は神妙な顔つきでバージンロードをゆっくりと歩き、祭壇へと向かっている。 ユキくんは背丈があるから、純白のフロックコートに負けないくらいの存在感をかもし出している。


 ユキくんの入場が終わった後、牧師が開式宣言を行い、いよいよ新婦である玲先輩の入場の時がやってきた。 私たちは牧師の指示により立ち上がり、大扉の方を見た。 そうして、大扉が開き、ウエディングドレス姿の玲先輩と、彼女の父らしい人が腕を組んだ状態で現れた。


 花嫁姿の玲先輩はこれまで私が見てきたどんな彼女の姿よりも美しく私の瞳に映し出され、覚えず息を呑んだ。 そうした感情をいだいていたのは私だけではなかったようで、とりわけ新婦側の参列席から驚嘆の声が上がっていた。 そうして私が玲先輩の容貌ようぼうに見とれている内に、彼女は母親からベールを下げてもらっていた。


 私も自身の結婚式の挙式の際にあの儀式を経験した一人であり、様々な意味合いがあるらしいけれども、私は式場のスタッフにベールダウンの儀式には『これまで自身の生活や身の回りの世話をしてくれていた母親からの愛のこもった最後の身支度』の意があると教えられていて、事前にその意味があると知っていた事もあり、私は自身のベールダウンの時に母が涙ぐんでいた事も相まって、もらい泣きしてしまったのだ。


 その時の感情が今まさに私の脳裏に思い起こされてしまい、今回は参列者という立場でありながら、私はその儀式を遠目で見ているだけで目に涙がにじんてしまった。 幸いみんなは新婦に集中していたから、私の泣いているのを悟られずに済んだ。


 それから玲先輩は父親と腕を組んでバージンロードを歩き始めた。 その姿を見て、私はまた私自身の挙式をふいに思い出した。 先のベールダウンと同じく、新婦がバージンロードを歩いていくさまにも意味はある。


 あのゆったりとした一歩、ウエディングステップが、一年を表している事。

 その一歩一歩を大事に踏みしめながら、これまでの人生を振り返る事。

 そうして、これからの未来に向かって歩き出す覚悟を決める事。

 

 ――この薀蓄うんちくも私が式場スタッフから聞き及んだ事だけれど、扉から祭壇までのわずかな距離の間に過去、現在、そして未来の三つの時間軸が平行しているのだと思うととても感慨深く、当時の私はその想いを胸に父と一緒にバージンロードを歩いた記憶がある。 きっと玲先輩も、これまでの自分の過去や、これからの未来の自分を想像しながら歩みを進めているに違いない。

 

 その道のりの終わり切る直前、先に入場していたユキくんが新婦の前へと移動し、玲先輩の手が父親からユキくんへと渡され、そうして二人は一緒に祭壇へと歩き始め、祭壇へと続く階段の手前で立ち止まった。 それから讃美歌、祈祷と続き、次に誓約が始まった。


 誓約とは、相応の年代の人ならば誰もが聞いた事のあるであろうあのフレーズ『すこやかなるときも、めるときも――』という牧師からの問答に対し、新郎新婦が誓いを立てるあれ(・・)だ。

 二人は祭壇へと続く階段を一歩ずつ歩き出し、祭壇の目の前で立ち止まった。 それから牧師からの例の問答が始まり、二人は誓いを立てた。 次に指輪の交換が行われ、いよいよ挙式一番の見どころ、誓いの口づけの時間がやってきた。


 それは指輪交換の流れから続けられ、新郎のユキくんからのベールアップをされやすいよう、新婦である玲先輩が少し身をかがめ、その瞬間を待っている。 ベールダウンの時と同じく、新郎からのベールアップにも意味があって、先の誓約によって二人の愛を確かめ合い、二人の関係をへだてる障壁ベールが無くなり、晴れて夫婦同士となった事を表しているそうだ。 この薀蓄うんちくの出所も――もはや言わずもがな、だ。


 そうして、ユキくんが玲先輩のベールをアップし、二人はしばらく見つめ合い――おもむろに口づけを交わした。 その様が私にとってチャペルの神聖なおもむきさえをもおびやかしかねないほどの神々(こうごう)しいものに見えてしまって、私は息をするのも瞬きも忘れ、口づけが終わるまで二人の愛に魅入り続けた。


 何だか一つの壮大な物語の中に入り込んで、その情愛を間近で見させてもらったような衝撃と感動を与えられてしまった。 他のみんなはどういった心境だったのだろう。 少し気になる。 挙式の終わって披露宴が始まるまでの待機時間中にぜひ聞いてみようと思う。


 それから結婚宣言、結婚証明書への署名、牧師の閉会の辞を最後に、挙式はとどこおりなく終了した。 新郎新婦は祭壇の階段を降り、参列者たちの拍手に送り出されながらバージンロードを通って退場し始めた。 二人とも、多少の緊張と照れ臭さを残しながらも、とても晴れやかな良い顔をしている。 二人の幸せそうな顔を見ていると、何だか私まで嬉しくなる。 二人が夫婦として結ばれた事を、心から祝福したい。


 ふと、ひょっとしたらどこかの分岐点の先に私とユキくんが結ばれていた未来があったのかもしれないと、愚かな『もし』を思う。 けれどもやはりその『もし』は愚かだったようで、今ユキくんの隣を幸せそうな笑顔を浮かべながら歩いている玲先輩を私に置き換えるイメージがまるで湧かず、かえって、彼の隣に立てるのは彼女しかいないと思い知らされるばかりだった。


 学生時代の、盲信的にユキくんの事が好きだった頃の私に『将来ユキくんは玲先輩と結婚する』なんて伝えたら、当時の私はどんな顔をするだろう。


 『やっぱり私なんかが』と未来を絶望するだろうか。

 はたまた『そんな事誰が信じるものか!』と未来すら否定するだろうか。

 あるいは『うん、知ってた』とすんなり未来を受け入れるだろうか。

 案外私は、素直に未来を受け入れるかもしれない。


 ――などと、荒唐無稽な妄想紛いの思考を巡らせている内に、ユキくん達が私たちの座席のそばを通過し始めた。


「かっこいいぜユキちゃん! 玲さんもめっちゃ綺麗だ! 二人とも幸せにな!」

「綾瀬くーんっ! 玲せんぱーいっー! お幸せにーっ!」

「優紀ーっ! 玲さーん! おめでとーっ!」

『玲ぁああ~~っ! 優紀く~~んっ! おめでとぉおおぉ~~!』


 みんなそれぞれ二人に祝福の言葉を掛けている(最後に新婦側の参列席から聞こえた涙声は双葉お姉ちゃんに違いない。 相変わらずの涙脆さだ)。

 私も何か声を掛けてあげなければと思ったけれど、気の利いた言葉が咄嗟とっさに思いつかず、しかし間もなく二人は私たちの席を通過してしまうから、私は

「ユキくんっ! 玲先輩っ! おめでとうございますっ!!」と目いっぱいの大声で彼らを祝った。


 すると私の声が聞こえていたのか、二人揃って私の方を向いて優しくにこりと微笑ほほえんでくれた。 その二人からの対応が嬉しくって、私もつい涙腺を緩ませてしまった。 私も人の事が言えないくらい、涙脆い女のようだ。 私は頬に涙を伝わせつつ、二人が退場し切るまで拍手を止めなかった。

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