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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
それから
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同棲

 あれから随分と月日が過ぎ去った。

 僕は高校を卒業してから、地元の事務関連の会社に就職した。 大学進学という道もあったし、ぎりぎりまで進路には思い悩んだけれども、高校二年生の時分から玲さんが社会人として働いている様を間近で見ていた事も相まって、結局僕は進学の道を歩まずに玲さんと同じ就職の道を選んだ。


 もちろん僕の想像していたよりも、社会人というものは楽なものでは無かった。

 僕の勤める会社は僕の自宅から自転車で十数分という、通勤事情に関してはこの上ない好条件だった。 しかし学生の頃にはとりわけ神経を使わなかった横社会から上下関係の判然はっきりとしている縦社会へ移り変わったものだから、新入社員として右も左も分からない当初の僕は、社会人としての規律や道徳モラル、果ては文律ぶんりつを覚える事に精一杯だった。


 当然、上司に怒られもした。 「これはこうすると教えただろう」と、教えられてもいない事を引き合いに出されて理不尽に叱責を食らう事すらもあった。 そうした事が起こった日は決まって玲さんに電話で愚痴を語った。

 玲さんは面倒がらずに僕の愚痴をうんうんと聞いてくれた。 『私も入社したての時はそういう事しょっちゅうあったよ』と、僕の境遇に寄り添ってもくれた。 仕事でどんなに辛い事があっても、玲さんと喋っていたらその辛さがまったく吹き飛んでくれたから、僕はたびたび玲さんに甘えた。


 とある日、『私に愚痴を言うのはいいけど、私以外にユキの会社の中でも愚痴をこぼせる同僚とか頼れる上司は作っておいた方がいいよ』と忠告された事もある。 その忠告を念頭に置きつつ、僕は日々仕事に没頭した。


 初任給が振り込まれた週の週末には、僕がご馳走すると伝えて父母を連れて外食へとおもむいた。 その時に、父には靴を、母には鞄をプレゼントとして渡した。 それは僕の初めて社会人として働き始めて、初めて貰った給与で買った、これまで僕を育ててくれた父母に対する僕の感謝の気持ちをめたささやかな贈り物だった。


 父は「もう、お前も立派な社会人だな」と褒めてくれた。 母は「ありがとうね優紀」とうっすら涙を流していた。 その父母の言葉を聞いて、僕は僕をここまで育ててくれた父母に生まれて初めて恩返しらしい恩返しが出来たような気がして、照れ臭さもあったけれども、父母の子供として誇らしくも思った。


 それから僕の社会人生活の始まってから半年程たった頃、時節で言えば十一月。 僕は玲さんと同棲を始めた。 僕の高校生時代から「ユキが高校卒業したら、頃合いを見て同棲したいね」と玲さんは度々(たびたび)言っていたけれど、その時は僕が進学するか就職するかも決まっていなかったし、どちらの町に住むかという問題などもあったから、その話は僕たちのあわい願望みたような扱いになっていた。


 けれども、実際に同棲が実現するきっかけが十月頃起きて、僕の地元にある結婚式場の人手不足が発生し、その式場がたまたま玲さんの勤めていた式場と同系列の店舗で、数名の店舗異動要請の話が出た時に玲さんが率先して名乗り出たのだ。


 以前より同棲を考えてくれていた玲さんにとって、その異動は願ったり叶ったりの出来事だった。 異動は一か月先だった事から、異動の決まった日から僕と玲さんは僕の地元の賃貸住宅を探し始めた。 基本的に休日出勤が常の玲さんが休みを取る事は難しかったから、週末には僕や玲さんの目にとどまった賃貸住宅の内見へ僕一人でおもむいたりもした。


 そうして玲さんの異動決定から二週間後、ようやくお目当ての賃貸物件が見つかった。 そこは僕の地元の駅からやや西に離れた住宅街の一画に建つアパートで、駐車場も完備されていたから玲さんが車の置き場所に困る事も無く、国道やスーパーマーケットなどへのアクセスも悪くなかったから、相場より多少家賃のかさむ事に目をつむれば文句のつけどころのない物件だった。


 玲さんが新しい家に来た時に不自由なく過ごせるよう、僕は三週目の週末に父母などに手を借りて引っ越しを行い、一人先行して賃貸の家に住み始めた。 一人暮らしは初めてだったから、翌週末に玲さんが来ると分かっているとはいえ、生活の何もかもを自分一人でこなさなければならない大変さと、家の中に自分一人しか居ない寂しさとが相まって、たった一週間が永く永く感じた。 早く玲さんに会いたいと、普段以上に彼女への思いをつのらせた。


 余談ではあるけれど、同棲に関しては僕と玲さんとで連れ立って両家の親に同棲のむねはなしてはいたけれども、意外にも両家の親の反対などは無く、かえって「二人がしっかり将来を見据えてそうしようとしているのなら無理に引き留める理由は無いし、むしろ応援させてもらう。 困った事があったら遠慮しないで言ってくれたら助力は惜しまない」という心強い言葉で僕たちの同棲をこころよく認めてくれていた。 その後押しは僕たちにとって多大な心の支えとなった。


 そうして四週目。 玲さんが店舗異動の為に僕の地元にやってきて、いよいよ僕と玲さんの同棲生活が始まった。 当初の頃は、それはもう毎日心をおどらせていた。 何せ、形式上僕と玲さんは遠距離恋愛みたようなもので、玲さんの社会人生活が始まってからは月に一度か二度会えればおんの字、彼女の仕事の都合によってはひと月丸々会えない時もあったから、これから毎日愛する人と顔を合わせながら生活出来るのかと思うだけでにやつきが止まらない程だった。


 もちろん、すべてが僕の想像通りには行かない事もある程度は覚悟していた。

 毎日顔を合わせる事によって見えてくる、これまで意識すらしなかった相手の癖だったり思わしくない部分が嫌でも目に入ったり、これまで自由だった個人の時間が相手の都合によって制限されてしまったりと、同棲は決して良い事ばかりでは無かった。


 互いの意見の相違から喧嘩もした。 玲さんの仕事は仕事柄休日出勤が常で、基本的に休日が休みな僕と中々休みが合わず、思ったように二人で遊びに行ったり出来なくて寂しさも感じた。 仕事がうまく行かず、その感情を家に持ち帰って相手に当たったり、当たられたりもした。 僕たちは互いに意地っ張りなところがあるから、無駄に意地を張り合って丸一日口を利かなかった日もある。


 けれども結局は喧嘩の火種を作ってしまった方が自身の非を認めて相手に謝り、仲直りして、そのたびに僕たちは互いを深く知り、互いをより思いやるようになった。 相手の思わしくない部分を寛大に受け入れる事もまた愛の内なのだなと悟りつつ、同棲生活が半年を過ぎた頃には些細ささいな事で喧嘩する事も無くなり、僕たちは同棲以前よりも深い深い関係を築き上げていた。


 そうして、玲さんとの同棲生活が始まって早や一年経った、秋もいよいよ終わる頃、僕は玲さんと共に理央さんの実家を訪れた。 そうするきっかけとなったのは「今の私を、理央に報告したいんだ」という玲さんの言葉だった。


 玲さんが理央さんと最後に関わったのは彼女が当時中学三年生だった頃の理央さんの葬儀の時以来で、それ以来七年ほど理央さんの実家には訪れていないらしく、理央さんに対するわだかまりが解け、僕と付き合うようになった今だからこそ、仏壇の前ではあるけれども理央さんに現状を報告したいと玲さんが僕に相談してきたのだ。


 僕は「玲さんがそうしたいなら、僕がそれを止める理由は無いよ」と彼女の意思を尊重した。 玲さんは「ありがとうユキ」と僕に感謝を述べたあと、理央さんの実家に電話し始めた。 ひょっとしたら、理央さんの母は既にあの家を立ち退いて別の地域に引っ越してしまったかも知れないという懸念は電話をする前に玲さんが語っていたけれども、幸いにもその懸念は杞憂に終わり、理央さんの母は今もなお当時の家に住んでいたようで、玲さんの訪問のむねも快く受け入れてくれた。


 無事訪問の約束を果たす事が出来たと、玲さんはほっと胸を撫で下ろしていた。 訪問するのはその週の日曜だと聞いた僕は「お昼ご飯とか夕食はどうなりそう?」と帰宅事情をたずねた。 すると玲さんはちょっとばつの悪そうな顔をのぞかせつつ「……できれば、ユキにも一緒に来てもらいたいんだけど」と僕に同行を依頼してきた。


 何でも僕の事も理央さんにぜひ報告したいとの事で、元々僕は玲さんに同行するつもりでなかったから少し驚きはしたけれど、そういう事ならばと僕は同行の件を承諾しょうだくし、彼女と共に理央さんの実家におもむいたという次第だった。


 理央さんの実家は玲さんの地元の駅から東方面行の電車で一時間半ほど掛かる場所にあり、僕の地域から換算すると二時間半以上も掛かるほどの長距離移動で、しかし僕と玲さんは既に社会人として就労し、学生時代とは違って金銭的にも余裕はあったから、電車で往復五時間掛かる事を考慮し、移動手段は新幹線を利用した。

 新幹線に乗っている時ほど『時は金なり』という言葉を実感する瞬間は無い。 新幹線は一般人が利用出来る高速移動手段の中で最も身近で最も利便性の高い乗り物と言っても差し支えないだろう。


 理央さんの実家には十一時過ぎに到着した。 家は周囲の住宅の今風な造りと比べると少々年季の入った瓦葺かわらぶきの家屋で、家全体がへいに囲まれており、敷地内は造園や芝の庭が広がっていてほどほどに広い土地だった。


 家のチャイムを鳴らすと、まもなく家の中から足音が聞こえてきて、玄関のりガラスに人影が映り込んだかと思うと、内から玄関がおもむろに開かれ、五十代くらいの細身の女性が現れた。 玲さんはその人を見るなり「お久しぶりです、おばさん」と会釈をしていた。 どうやらこの人が理央さんの母親らしかった。


 僕はその場で玲さんに「私の恋人の綾瀬優紀くんです」と理央さんの母に紹介され、僕は軽い自己紹介を果たしたあと、理央さんとまるで面識の無い僕まで訪問してしまった事をびた。 理央さんの母は「いいのよ、理央もきっと今の玲ちゃんの恋人がどんな人なのかを見たかっただろうから」と僕の訪問をこころよく受け入れてくれた。 そうして立ち話もほどほどに、僕たちは家の中へ招かれた。


 案内されたのは畳の客間だった。 そこには部屋の中心に深い茶の色をしたうるし塗りのテーブルが置かれていて、その上にはあらかじめ段取りしてくれていたのか、菓子鉢の中にお菓子が入っていたり、湯飲みだったりが置かれてあった。 そして部屋の東の仏間には仏壇が備えられていて、そこに理央さんの遺影が飾られてあった。 ひとまず僕達は仏間のほうに足を運び、玲さんと並んで仏前に正座し、互いに仏壇へ向けて合掌した。


 遺影とはいえ七年振りの理央さんとの対面に玲さんの今の心持こころもち如何いかがなものだろうかと少し心配になって、先に合掌を終えたあと横目でちらと玲さんの顔色をうかがってみたけれど、彼女はたおやかに目を閉じており、その横顔は実に落ちついた色を覗かせていて、感情の揺らぎを僕にまったく覚えさせなかったから、要らぬ気遣きづかいだったと僕は少しだけ口元を緩ませたあと、玲さんの合掌が終わるまで理央さんの遺影を眺めていた。


 それから間もなく玲さんの合掌が終わり、程なくして仏間を離れた僕たちは理央さんの母を含んで三人でテーブルを囲み、理央さんの昔日せきじつしのんだ。 偲んだとは言いつつも、僕は玲さんの聞きづてでしか理央さんの事を知らないから、あまり会話には参加出来なかったけれども、二人の会話を聞いている内に、理央さんは二人からとても愛されていたという事が如実に感じ取れた。


 ほどほどに会話も落ち着いたころ、時刻はすっかり十二時を回っていた。 昼食はどうしようかという話題が上がった時に、理央さんの母に「よかったらお昼を振舞うからうちで食べていって」と言われ、初めて訪れた人様の家で昼食までご馳走になる事は僕にとってはばつが悪かったけれども、「せっかくだから頂こうか」と玲さんは理央さんの母の厚意を受け取るつもりでいたから、ならば僕が無理にその厚意を断る道理もなかろうと、彼女の厚意を受け入れた。


「作るまで少し時間が掛かるから、それまでゆっくりくつろいていて」と言い残し、理央さんの母は客間を後にした。 その間、僕たちは改めて仏前に正座し、二人して再度仏壇に手を合わせたあと、僕は玲さんが理央さんに現状を報告するのを横で聞いていた。


 玲さんはまるで目の前に理央さんが存在しているのではなかろうかと錯覚してしまうほどの自然さで、空白の七年間を埋め合わせるかのよう、仏壇に飾られていた理央さんの遺影にこれまでの事を語り掛けていた。 その玲さんのあつい態度を間近で見ているうちに、玲さんにとっての理央さんは今でも大事な大事な友達なのだろうという事が痛いほどに感じ取れた。


 そうして玲さんの報告が終わり、仏壇を離れて数分後、理央さんの母がお盆を両手に支えた状態で客間に現れて、それをテーブルの上に置いてから僕たちの目の前に昼食を配膳してくれた。 それは食欲をそそるバターと醤油の芳香をただよわせるきのこパスタだった。


 理央さんの母の話によると、これは生前の理央さんの好物だったという。 そう言えば僕の学生時代や同棲生活を始めてからもなお玲さんはきのこパスタを定期的に僕に振舞ってくれていたけれど、ひょっとしたら理央さんの好物だったからこそ玲さんもこの品を好んでいたのかも知れない。


 思わぬところで点と点が結びついて、少し驚いた。 そうして僕たちは三人で昼食を食した。 「こんなにも賑やかな昼食を摂れるなんて、きっと理央も喜んでるわ」と、理央さんの母の目にはうっすらと涙がにじんていた。


 昼食を食べ終え、それからまたしばしの間理央さんの話題で盛り上がり、時刻にして十五時前、僕たちは理央さんの家をおいとまする事となった。 玄関先で別れの挨拶を交わしている最中に、理央さんの母は「最後に玲ちゃんがこの家に来てくれて良かったわ」と意味ぶかげにつぶやいた。


 その発言の真意が分からなかったのだろう、玲さんは神妙な顔つきで「最後って、どういう事ですか」と理央さんの母にたずねた。 理央さんの母は「実はね、一か月後にこの家を立ち退いて、私の両親の住む実家に引っ越す予定だったの」という事実を明かした。 さすがに引っ越しの事情までは聞けなかったけれども、もし玲さんが理央さんの実家に訪れる事を思い立つ時期があと一か月遅ければ今回の訪問は果たせなかっただろうから、決して虫の知らせではないけれども、ひょっとすると玲さんも何かを感じ取ったが故に今回の訪問を思い立ったのかも知れない。


 理央さんの母も「引っ越す前に玲ちゃんが来てくれて本当に良かった。 もしかしたら理央が最後に玲ちゃんに会いたくて、あなたを呼んだのかも知れないわ」と語っていた。 玲さんは「そう、でしたか」と少し無念そうな表情をのぞかせていた。 恐らく今日が理央さんとの最後の対面となるから、どうしても名残惜しさを感じてしまったに違いない。


 そうして僕たちは改めて理央さんの母と別れの挨拶を交わしたあと、帰路へと就いた。 駅までの道のりの間、玲さんは「おばさんが言ってた通り、本当に理央が私を呼んでたのかも知れないね」と、普段は何の信憑性も無いオカルトチックなこじつけを信じたがらない玲さんがそうした話をすんなり信じてしまうほど、今回の運命的な訪問は彼女にとって衝撃的だったのだろう。


 帰りの新幹線に乗り込み、長距離移動や久々の理央さんの実家への訪問で自分の思った以上に疲労していたのか、二列座席の通路側に座っていた玲さんは新幹線が走り始めて間もなく、その隣の窓側座席に座していた僕の肩に頭をもたせ掛けて来たかと思うと、静かな寝息を立てて眠っていた。


 時折「……理央」と理央さんの名を呼んだり「……ごめんなさい」と謝ったりと寝言らしいつぶやきが玲さんの口から漏れて、ふと玲さんの顔を覗くと、閉じていた目からうっすらと涙が頬を伝っていくのが見えた。 『例の手紙』を読んで理央さんに対するわだかまりは解けたとはいえ、自分自身が理央さんの自殺に至る一因を作ってしまったという罪悪感は今でも玲さんの心の深いところに沈んでいるのだろう。


 玲さんは気丈な人だから、他人はもちろん僕にさえ弱いところを見せたがらない傾向があるけれど、気丈だろうと何だろうと、誰しも人に弱いところをさらけ出したくなる時はあるものだ。 それを思うと、僕はまだ坂井玲という人間から完全に信頼を得ているとは言えないだろう。


 いつかきっと、今はまだ無意識の内に弱いところを晒すこの人の弱音を面と向かって聞かせてもらえる間柄になりたいと願いつつ、今はただ、玲さんの頬を冷たくつたった涙を指でぬぐい、優しく頭を撫でてあげる事しか出来ない自分自身を弱い人間だとののしった。 弱さの種類は違えど、僕も玲さんも、弱い人間だ。


 "僕たちってやっぱり似てるね、玲さん" 彼女の頭を撫でつつ、僕は心の中でそう呟いた。 速度が売りの新幹線だけれど、今この時だけは、玲さんの弱さと向き合えている今だけは、ほんの少しだけでも良い、速度を緩めて目的地へ辿り着く時間を遅らせてはくれまいかと胸中でわがままを言った。


 それから僕の社会人生活が三年目を迎えたその年の秋頃、竜之介と美咲さんが結婚するという報告を竜之介本人より電話をつうじて聞いた。 結婚式は結婚報告から一か月後の十一月に行われ、僕は三郎太と古谷さんと平塚さんとの四人で集まって結婚式場におもむいた。 竜之介と美咲さんの幸せそうな顔を見て、僕の方もその幸せを分けてもらったような気分だった。


 式の終わってから僕たち四人は久々の顔合わせという事で夕食を兼ねて旧知を温めた。 その会話の中で「次は俺らの番だな、千佳」「いやいやまだ気が早いよ」という二人のやり取りが妙に僕の頭に残った。 「綾瀬くんとこはまだ結婚の予定はない感じ?」という平塚さんからの問いかけもまた、僕の頭に残った。 何と返答したかは、よく覚えていない。


 翌年の九月の終わり頃、じん夫妻の間に第一子が生まれたとの報告を受けた。 男の子だったようで、SNSの方で子供の写真も添付されていた。 その写真を玲さんと一緒に見ながら「いつかみんなの子供同士を遊ばせてみたいね」「誰かの子供と子供が結婚とかしちゃったりして」などという未来をほがらかに語り合った。


 それから一年半後の春頃、三郎太と古谷さんが僕に電話で結婚報告をしてきた。 式は二か月後の六月だった。 古谷さんが是非にという事で玲さんも式に招待されていたから、今回は竜之介や平塚さんとは合流せずに玲さんと共に式場へ向かった。


 披露宴では相も変わらずの三郎太のおちゃらけが炸裂し、場面場面で来場者に笑いを届けていたけれど、古谷さんの両親への手紙の時に彼が涙を流していたのは意外だった。 案の定、親族の双葉さんも号泣していた。 式の終わって帰宅したあと「そろそろ私たちも頃合いかもね」「みんなの結婚式を見てると余計に思うね」と、僕達はようように結婚を視野に入れ始めた。

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