表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
最終部 君の隣で歩く僕、僕の隣で笑う君
460/470

第五十三話 限られた時間の中で 10

「綾瀬くん、卒業式の時泣いてなかった?」


 卒業式を終え、教室に戻ってから開口一番そうたずねてきたのは平塚さんだった。 平塚さんは僕よりやや後方の座席に居たようで、そこから僕の肩を震わせている様だったりうつむいている様だったりを観察している内にそう判断したと言っていた。


「うん、出来れば我慢しようと思ってたんだけど、やっぱり無理だったよ」

 僕は自身の泣いていたのを正直に伝えた。


「そっかぁ。 実は私も結構ウルっと来ててね、何か知らないけど私ってああいう湿っぽい雰囲気に弱いんだよね」と、平塚さんは自身の涙脆いのを僕に明かした。


「そうだったんだ。 卒業生の歌の時とか一番来る(・・)よね」

「分かる分かるっ。 あれで親しい人とか居たら絶対泣く自信あるもん」

「そうそう。 まさに僕がその理由で泣いちゃったんだけどね」


 などと、卒業式の泣きどころ(・・・・・)について平塚さんと共感し合いながら語っているうちに担任の先生が教室に現れて、ホームルームが始まった。


 ――今日はこれで下校となるが、明日からはまた考査の続きが始まるから、今日テストが無いからといって遊びほうけて勉強をおろそかにせず、このクラスから留年する者が現れないよう最後の最後まで気を抜かず、精一杯の力を出し切って考査にのぞむように――という先生のいましめとも励ましとも取れる訓戒くんかいの言葉をってホームルームは終了し、今日は解散となった。


「優紀、今日の帰りはどないするんや?」


 ホームルームの終わってから、竜之介が僕の席に立ち寄ってそういてきた。 周囲には三郎太、古谷さん、平塚さんの三人も居た。 昨日までは竜之介たちと一緒に帰っていたけれど、今日は玲さんが登校していたから、きっと僕に気を遣ってくれたのだろう。


「今日はこのまま帰るつもりだったから、一緒に帰れるよ」


 本当は卒業間もない玲さんを個人的に祝ってあげたい気分だったから、多少無理を言ってでも玲さんの家に押しかけてやろうと思っていたけれど、玲さんは今日も午後から自動車の教習があると言っていたし、そもそも今は同級生との最後の時間を噛み締めている頃だろうからあまり水も差したくない。 よって今日は玲さんの家には寄らず、真っすぐに帰宅する事にしていたのだ。


「お、そうか。 てっきり今日はあの先輩んで卒業おめでとうパーティーでもするもんかとおもとったわ」


「そうしたいのは山々だったんだけどね。 でも玲さんも今日は同級生との別れを惜しんでるだろうし、いつ家に帰ってくるかも分からないから、今日は素直に帰る事にしたんだ」


「なるほどな。 そこで先輩の身の回りを優先させれる気遣いが出来るのはええ事やな。 知らん内に優紀もえらい男を上げたやんけ」


「はは、そうなのかな」と僕が苦笑いしている内に、「あーでも明日からまたテストかよー。 今だけは卒業生が羨ましいぜ」と三郎太が三郎太らしい愚痴をこぼしていた。


「またそんな事言って。 三郎太くん、今日は家に帰ったらちゃんと勉強しないとダメだからね?」と三郎太をたしなめたのは古谷さんだった。 もうすっかり三郎太の女房役(・・・)が板についているようだ。


「そうだよサブくん。 この前のテストは私よりひどかったんだから」と自信ありげに語ったのは平塚さんだった。


「そういう真衣も三郎太くんと総合点数で十五点しか変わらなかったでしょ! 真衣も家に帰ったらすぐ勉強っ!」と平塚さんにびしっと指を差しながら辛辣しんらつな突っ込みを入れたのはやはり古谷さんだった。


「う……でも勝ちは勝ちだもんっ!」と平塚さんが子供みたような言い訳をしている。


「でも勉強って言ってもなぁ、結局やる事と言えばテストの前日に次の日やるテストの教科の復習をちゃちゃっとやるだけなんだよな」


「あっ、わかるわかる! それで結構いい点数取れたりするからいろいろ妥協しちゃうんだよねー」


「そうそう。 極端な話、欠点さえ取らなかったら卒業は出来るからな! それは俺の姉貴が身をもって実証してくれたから安心出来るぜ」


 ――などと共感し合いながらテスト勉強の仕方について語っていたのは三郎太と平塚さんだった。


「もぉ、そうやって最初から諦めてるから良い点数が取れないんだよ二人ともっ! 分からないところがあったら教えてあげるからもうちょっと頑張ってみようよ」


 そうした二人の楽観を目の当たりにして、古谷さんがぷんぷんと怒りをあらわにしている。 きっと二人が万が一にも留年してしまわない為の叱責に違いない。


「ほんだら久しぶりにみんなで勉強会するか? また俺の部屋貸したるから都合のええもんがおったら試験終わるまで集まろうや」


「勉強会?! なにそれ楽しそう!」と一番に食いついたのは平塚さんだった。


「そう言や平ちゃんは俺んで勉強会した事無かったんやな。 まぁ言うても机囲んで分からんとこ教え合いながら勉強するだけやけどな。 大したもてなしは出来んけど、あれやったらオカンに頼んでみんなの昼飯ひるめしも作ってもらうし、休憩の時にお菓子と飲みもんぐらいは出したるわ」


「お菓子!!」平塚さんの目が更に輝きを増したように思われた。


「真衣……言っとくけど遊びに行くんじゃないからね」と平塚さんに苦言を呈したのは古谷さんだった。


「分かってるってー。 でも頭良い人が三人も居たら私の勉強もはかどりそうだよ」


 本当に理解しているのかは平塚さんのみぞ知るところだったけれど、意外にも彼女は勉強会に対し意欲的だった。 そう言えば以前僕と席の近い頃、平塚さんは授業で分からない事があれば都度僕にたずねてきていたから、理解出来ない事を理解しようとする向上心は強いのだろう。 あとは知識の探求に興味を向ける事が出来れば、ことによれば僕や古谷さんや竜之介をしのぐ逸材になりるのかも知れない。


「ほんだら平ちゃんは来るとして、あとのみんなはどうや?」

「さすがに神くん一人に真衣の面倒を見させるのは悪いから、私も行こうかな」と古谷さんが答えた。

「勉強会なんて久しぶりだし、僕も行くよ」続けて僕も参加を表明した。

「俺、今日教科書とか持ってきてねーんだけど」と勉強道具が無くて大丈夫なのかと三郎太が懸念している。


「それじゃあ三郎太くんは私の教科書とか貸してあげるから、私と一緒に勉強しようよ。 教えるのも私の勉強になるからね。 ノートもルーズリーフの新品のページ何枚かあげるからそれに書き込んだらいいよ」と古谷さんが三郎太に返答した。


「まじか。 んじゃ俺も行くかな。 っていうか何で千佳ちゃん教科書とか勉強道具持ってたんだ?」ようやく三郎太が参加を表明したと共に、古谷さんが授業もテストも無い今日という日に何故勉強道具を持ってきていたのかと不思議そうにいている。


「私、試験中は電車の中でも教科書とか読んで復習してるからね。 って言っても十分ちょっとだけど」と古谷さんが答えた。


「なるほどな。 もしかしてユキちゃんもそんな感じ?」

「うん、僕の場合は特に電車の時間が長いから、試験中は小説を読む代わりに試験勉強してるんだ」


「はー、やっぱ勉強出来る人はそういうとこから違うんだな」

 えらく感銘を受けたような口ぶりで三郎太がそう言った。


「とりあえず全員来るいう事やな。 今の時間から学校出たらちょうど電車が来る頃やからぼちぼち帰ろうで」という竜之介の締めの言葉を切り出しに、僕たちは教室を出て昇降口へと向かった。


 それから僕は昇降口で靴を履き替えようとした――直前、僕のスマートフォンが振動をきたした。 振動のパターンから、それはSNS宛のメッセージのようだった。 僕は上履きを脱ごうとした手を止めて、着信の内容を確かめた。


[今、憩いの場所にいるんだけど、まだ帰ってなかったらここまで来れない?]


 それは、玲さんからのメッセージだった。 何やら玲さんは例のいこいの場に足を運んでいたようだった。 目的は分からないけれど、玲さんはあの場所をひどく気に入っていたから、きっと最後にお気に入りの場所を見ておこうと思い立ったに違いない。


「あれ? 何してるんですかユキくん。 みんなもう行っちゃいましたよ」

 僕の出遅れていたのが気になったのか、男子用下駄箱の方に現れた古谷さんが声を掛けてくる。 皆はもう先に昇降口を出て校門の方へ向かっていたようだった。


「――ごめん、古谷さん。 ちょっと行かなきゃならない所が出来たんだ。 後で絶対勉強会には合流するから、先にみんなと一緒に行っててくれないかな」

 迷う前に、僕の心はもう決まっていた。 だから僕は古谷さんにそう伝えた。


「――わかりました。 行ってあげてください、ユキくん」

 僕の態度から全てを察してくれたのか、理由を聞く事も無く、古谷さんは微笑を浮かべながら僕を送り出してくれた。


「ありがとう古谷さん。 みんなにはごめんって言っておいて」

「任せてくださいっ。 その代わり、勉強会の休憩の時にはしっかり玲先輩との惚気のろけ話を聞かせてもらいますからね!」

「うん、楽しみにしておいてっ」


 そう言い残して、僕は玲さんの待つ例の場所へと走った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ