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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
最終部 君の隣で歩く僕、僕の隣で笑う君
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第五十三話 限られた時間の中で 9

『――卒業証書、授与』


 二月二六日。 卒業式の日。

 泣いても笑っても、僕が玲さんと学校で会える、最後の日。


 気候は春を思わせるほどに陽気で、天候は卒業生の旅立ちの日を祝うかのよう雲一つない清々(すがすが)しい晴天だった。 一、二年の在校生は、最上級生である三年生を送別する為、体育館で卒業式にのぞんでいた。 開式の辞から式は始まり、国歌斉唱を終えた後、いよいよ卒業証書の授与が始まった。


 一組から五十音順で一人ずつマイクを通じて名前を読み上げられ、名前を呼ばれた生徒は活気あふれる返事と共にその場に立ち上がっていた。 これは事前に担任の先生から聞かされていた事だけれど、式進行の時間の都合上、今この場で全員の名前は読み上げるけれども、実際に卒業証書を受け取るのは卒業式の終わってからの最後のホームルームの時らしく、式中では組の代表者のみが壇上に出て証書を受け取るそうだった。


 なるほど証書授与の時間自体は一人につき一分も掛からない程度の時間だけれど、それが百余名分となればとても莫大な時間になるからこその配慮だろう。

 そして、呼ばれていたのが五十音順だったから、玲さんの所属する三年三組のさ行(・・)に入った時は何故だか僕まで緊張し、無駄に手に汗を握った。


『坂井、玲』

「はいっ」


 間もなく、玲さんの名前が読み上げられた。 まるで緊張を思わせないりんとした声を体育館中に響き渡らせたあと、彼女はその場に立った。 後ろ姿からでも見て取れる玲さんのたおやかなたたずまいを見て、烏滸おこがましくも僕までもが誇らしくなった。


 それから卒業証書授与式を終え、校長先生の式辞――来賓紹介、祝電披露――在校生送辞――卒業生答辞と式はとどこおりなく進行してゆき、そうして、いよいよ終盤のプログラム、卒業生による別れの歌の時間がやってきた。 曲は『あおげばとうとし』だ。 卒業生は全員起立し、僕ら在学生の方を向いた。


 それぞれの卒業生の胸ポケットに添えられている真っ赤な二輪のガーデニアローズは卒業生達のおごそかな表情を一層と引き立たせつつ、三年生が学生としてこの高校に訪れるのは今日が最後だという、別れの雰囲気もかもし出しているように見える。


 花というものは、同じ種類の花でも場合によって人の心を落ち着かせたり和ませたり楽しませたり、また、寂しくさせたり悲しませたりもするから不思議なものだ。 花自身がその時々の雰囲気に合わせて醸し出す感情を変化させているのかもしれない。 とすれば、花は稀代きだいの役者だなと思う。


 そうこう思っている内にピアノの伴奏が始まり、歌が歌われ始めた。 記憶に覚えている限りでは僕の中学の卒業式でも『仰げば尊し』は歌われていたから、きっと全国的に定番なのだろう。 なるほどあの情緒じょうちょ溢れるメロディと歌詞は嫌でも別れという感情を思い起こさせるから、卒業式の別れの歌として恰度ぴったりだ。


 そして今まさに僕は三年生が歌うその歌を聞いて、心を震わせている。 ふいと玲さんの居た座席の方に目を向けると、玲さんも真剣に歌を歌っていた。 その姿を見ているうちに歌の哀愁さも相まって、僕は知らずの内に涙を流していた。

 皆の手前、今日は泣くまいと卒業式前に決意をこしらえていたけれど、何の事は無い。 真摯しんしな態度で卒業式に臨んでいる玲さんの姿を見て、僕に泣くなと言う方が無茶な話だった。


 あぁ、涙で玲さんの晴れ姿がよく見えない。 涙をぬぐえばある程度の視界は確保できるだろうけれど、いま涙を拭ってしまうと周囲のクラスメイトに僕の泣いているのが判明してしまう。 友人四人を除いで、クラスメイトの前では泣いた事は無かったから、僕の泣き虫が判明してしまう事は僕としても避けたかった。


 ――それでも僕は構わずに指で涙を拭い、玲さんの晴れ姿を見届けた。 玲さんの晴れ姿を一分一秒でも見逃してしまうくらいならば、僕の泣き虫な様などいくらでも皆に露呈させてやる。 何故なら僕は、玲さんの恋人なのだから。


 そうして別れの歌も終わり、次に全校生徒で校歌を斉唱したのち、閉会の辞をって卒業式は閉会を迎えた。 卒業生は司会の先生の『卒業生、退場』の言葉と共にその場に立ち上がり、一年生と二年生の座席をへだてた中央の通路からクラス順に列を成して退場し始めた。 僕たち在校生は拍手を以って卒業生を見送った。


 僕は通路側の席に居たから、通路を歩いて体育館から退室してゆく卒業生の顔色は良くうかがえて、感極まって泣いている女子生徒も居れば、卒業式を終えて誇らしげな顔色を浮かべている男子生徒も居た。

 そして退場する生徒の中にはもちろん玲さんも居る訳で、遠目から玲さんがこちらへ歩いてくるのをずっと見ていたら、僕のそばを通り過ぎる直前に彼女は僕と目を合わせ、にこりと優しく微笑んだ。


 直前で僕の存在に気が付いたのか、はたまた別のタイミングで気が付いていたのかは分からないけれど、卒業式という厳粛げんしゅくな式典でありながらも玲さんが式の最後に僕へ意識を向けてくれた事が嬉しくて、一人頬を熱くした。 その熱は卒業生の退場し終わって拍手が鳴り止んだ後もしばらく温度を保っていた。

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