表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
最終部 君の隣で歩く僕、僕の隣で笑う君
457/470

第五十三話 限られた時間の中で 7

 結局、食堂での僕たちの閑談の勢いは予鈴が鳴るまでおとろえを知らなかった。 それから食堂を後にして教室へと向かっていた途中、玲さんが僕の隣で歩調を合わせてきたかと思うと「どうせなら帰る時も一緒に帰ろっか」と提案してきて、僕は「はい、ぜひ」と二つ返事で承諾した。


「それじゃあホームルームが終わったら昇降口前の広場で待ち合わせよっか」

「はい」


 そのやり取りを最後に僕は玲さん達と別れ、皆と教室へと戻った。 そうして午前中同様、午後からの授業にもまるで身が入らず、僕は玲さんの事ばかり考えていた。 この調子では学期末考査の順位にも影響が出そうだと少し焦る。 けれども、学期末考査の順位と残り少ない玲さんとの学校生活を天秤に掛けたとすると、今の僕にとって間違いなく価値の重いのは後者だ。


 何、玲さんとの恋仲にうつつを抜かしつつ多少勉学をおこたろうとも、テストの欠点を回避出来るだけの学力は兼ね備えていると自負している。 そして、試験の順位などは僕の努力次第でいくらでも挽回できるけれど、玲さんとの学校生活だけは僕がどう努力しようとも期間を引き延ばしたりする事は出来ない。


 はからずとも最初から分かり切っていた事だけれども、以上のそれぞれの価値観から推断するに、僕が優先すべきものは目先の試験結果よりも、残り少ない玲さんとの学校生活である事は明々白々。 よって僕はいさぎよく、今回の考査のみ勉学をなまける事を自身に許した。


 ――そうして迎えた放課後、僕はホームルームが終わるや否や、一目散に教室を出て昇降口の広場へと走った。 四人の友達には五時間目終了後の休み時間中に、今日は玲さんと帰るから皆と一緒には帰る事が出来ないという旨を伝えていて、すっかり恋人同士っぽいなどと多少冷やかされたりもしたけれど、最終的に全員にその事情をこころようけがってもらっていた。


 昇降口前には一分と掛からずに辿り着いた。 けれどもまだ玲さんの姿は無く、玲さんどころか数名の生徒しか居なかった。 一年生の教室は四階で、三年生の教室は二階にあるから、てっきり玲さんは僕より早く昇降口前で待っているものかと思って急いで教室から駆けてきたけれど、そもそも各クラスの先生の裁量によってホームルームの終わる時間は多少前後してしまうから、たまたま僕のクラスのホームルームが他のクラスより若干早く終わったのだろう。


 しかしながら、玲さんを待たせてしまうという懸念があったからこそここまでせわしなく昇降口前へとおもむいたけれども、僕が玲さんより先に到着する事が出来たのならば何の気遣きづかいも無い。 あとは玲さんが昇降口前に現れるまでここで待っていればいい。 僕は昇降口前の広場をくちの字に囲っている大理石の上に腰を下ろし、玲さんを待った。


 間もなく中央階段と職員室方面の廊下の方から大勢の生徒が昇降口へと向かってきた。 その流れの中に四人の友達の姿もあって、別れの挨拶と共にそれぞれ冷やかしてきたり励ましてくれたりした。


 それから下校する生徒の流れがぱたりと止んだころ、中央階段の方から一つの軽快な足音が聞こえ始めて、その足音の主は階段を下り切ったと同時に姿を現した。 その人物は、玲さんだった。 玲さんは遠目から僕の存在を認識したかと思うと、ちょっと慌てた様子で僕の元まで駆け足で向かって来た。 僕も玲さんを出迎えるため、その場に立ち上がった。


「もう来てたんだね、ごめんごめんっ。 ホームルームはすぐ終わってたんだけど、ちょっと先生と喋っててね。 結構待った?」


 僕を待たせてしまった事に後ろ暗さを覚えていたのか、玲さんが僕を気遣ってくる。


「いえ、僕もちょっと前に来たところですよ。 気にしないでください」


 もちろん僕が玲さんを待たせてしまう事は何より避けたかったけれど、いざ逆の立場になってしまうとこれはこれで玲さんに気を遣わせてしまっているようでばつが悪い。

 早すぎても駄目、かと言って、遅すぎても駄目。 どうやら恋愛というものは、待ち合わせにも相応そうおうのタイミングが必要になるらしい。 また一つ、勉強させられた。 恋愛のテストで欠点を取らないようにするには、僕はまだまだ勉強不足のように思われる。


 それから玲さんと二言ふたこと三言みこと会話を交わしたあと、僕たちは学校を後にして玲さんの自宅へと向かった。 今日の気温は低い方だけれど、風さえ吹いていなければ凍えるほどの寒さは感じない。 それに今は玲さんという確かな温度が僕の隣にあったから、寒さなどを感じるいとますらも無かった。


「そういえば、こうしてユキと一緒に帰るのって去年の梅雨時以来?」

 校門を右に出て真っすぐ数十メートル進んだ先にある高架下を抜けたあたりで、玲さんが僕にそうたずねてくる。


「多分、そうですね。 僕が玲さんの家にお邪魔した時は毎回玲さんの方が先に家に居ましたから」


「そっかそっか。 あれがもう半年以上前の出来事とか、ほんとに月日が経つのは早いよね」

 顔を仰向かせつつ白い息をくうに溶かしながら、しみじみと玲さんがそう言った。


「ほんとですよね。 何というか、玲さんと出会ってから、僕の時間の経過が極端に早くなったような気がします」


「それは別に私だけの影響じゃないでしょ。 他にもユキの友達だったり、ユキ自身が高校生活を楽しんでたからこそ時間の経過が早かったんだって感じてるんだと思うよ」


 玲さんはえらく真面目な顔をして、僕の体感時間が早くなったのは自分の影響だけではない事を熱弁している。


「確かにそうなのかも知れないですけど、でもやっぱり僕がそう思うほどに充実出来たのは玲さんのお陰だと思いますよ」


「まぁ、ユキがそう言ってくれるのなら私はその称賛を素直に受け取るよ。 ……ん? 称賛になるのかな、これ。 ひょっとして影響は影響でも、悪影響の方だったりした?」

 今度はえらく心配そうに、玲さんがそうたずねてくる。


「いえ、称賛で間違いないですよ。 自分の性質を知ってから玲さんと出会う前までの僕の人生は窮屈きゅうくつで、退屈たいくつで、正直学校生活なんて一日でも早く終わってしまえなんて投げやりに願ってましたけど、今は一分一秒が惜しいほどに僕は玲さんとの学校生活が終わって欲しくないと望んでしまっています」


「……」

 玲さんは口を挟む事も無く真剣に僕の思いを聞いていた。 僕は続けて口をひらいた。


「こう思えるようになったのはきっと、玲さんが僕の事をずっと支え続けてくれて、何があっても僕を見捨てないでいてくれたからこそだと思うんです。 誰かとの限られた時間が終わってしまう事がこれほどまでに名残なごり惜しくて悲しい事だとはこれまで思いもしませんでした。 だから僕は、残り少ない玲さんとの学校生活の中、出来る限り玲さんの傍に居たいです」


 そう言い切ってから、僕自身がとてつもなく照れ臭い事を言っているのに気が付いて、覚えず僕は照れ隠しの便宜べんぎとしてマフラーを鼻先まで被った。 頬だけが異常に熱い。 雪が積もる間もなく溶けてしまうくらいの温度だ。


 それからしばし無言のまま、僕たちは歩みを進めた。 その沈黙がまたいっそう僕の心を容赦なくちくちくと痛め続ける。 いっその事『なーにいきなり恥ずかしい台詞せりふ言っちゃってんのさ』と玲さんに笑い飛ばされた方が増しだとさえ思った。


 そうして無言のまま玲さんの自宅の通りである用水路沿いの道に差し掛かった頃、玲さんはその場でついと足を止めた。 僕もつられて足を止めて、玲さんの方を見た。 その口元には、優しい笑みが浮かんでいた。


「ユキがそこまで言うならさ、私が自由登校になるまでずっと、朝一緒に登校して、お昼は食堂で一緒に食べて、放課後は一緒に下校して、それから私の家で遊ぼう。 これまで遠回りしてきた分、ここで埋め合わせしようよ」


 まるで濁りの無い真っすぐな瞳で僕を見据えたまま、玲さんが僕にそう伝えてきた。 僕は玲さんの実直な想いが嬉しくて、僕と同じく玲さんもまた僕との時間を大切に想ってくれていた事が嬉しくて、思いがけず感極まった僕は覚えず涙を流してしまっていた。


「えっ? ちょっと、なんでユキが泣くのさ」

 僕の涙に困惑したらしい玲さんは、戸惑い気味に僕の傍に歩み寄ってくる。


「いえ、ごめんなさいっ。 でもっ、玲さんがそう言ってくれた事が嬉しくって」

 涙も止まらないまま、僕は素直な気持ちを玲さんに吐露した。


「もう、ほんとユキは泣き虫なんだから。 言ったでしょ? これからは私がずっとユキの傍に居るって。 私が学校を卒業してもそれは変わらないよ」


 玲さんはそう言ったあと、僕を優しく抱擁してくる。 たちまち玲さんの温度が僕の身体に伝わってきて、僕の身体全体が熱を持ち始めた。


「ありがとう、ございます、玲さん」

「別にお礼を言われるほどの事じゃないよ。 私がそうしたいって思ってるだけだからね」

「……そうでしたね」

「そうそう。 ほら、こんなトコでこんなコトしてたら誰に見られるか分かんないし、そろそろ寒くなってきたから早く私の家に行こうよ」

 玲さんはそう言って抱擁を解き、僕の手を取って自宅の方へと歩き始めた。


「はい、行きましょう」

 僕もその手を握り返し、玲さんと同じ歩調で歩みを進め始めた。 心なしか、普段冷たいはずの彼女の手が、やけに熱く熱く感じた。


「そういえば昨日親がケーキ買って来てたんだけど、食べる?」

「えっ、頂いてもいいんですか」

「もちろん。 おいしいコーヒーもれてあげるよ」


 いつの間にか涙は止まっていて、僕はケーキの甘さにつられつつ玲さんの家を訪問した。 今年の冬は僕の心に寒さを感じさせないまま終わりそうだと、僕は確信的にそう思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ