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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
最終部 君の隣で歩く僕、僕の隣で笑う君
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第五十三話 限られた時間の中で 6

 僕をあざむいた手口はきっとこうだろう――僕に勘付かれないよう、双葉さんが僕の目に手を覆いかぶせたあと、近くに居た玲さんが『私は誰だ』と僕の耳元でささやく。 当然、視界を奪われている僕の頼れるのは聴覚しかなく、聞き間違えようも無い玲さんの声を耳底に認めれば、僕の後ろで僕の目を手で隠しているのが玲さんだという答えを出すのはまったく道理にかなった思考であり、けれどもその道理を逆手にとられてしまった結果がこのざまだ。


 こうして二人の手口をつまびらかにしてしまえば、昔から使い古されているであろう何のひねりも無い子供染みた手口に違いなかったのだろうけれど、何の疑いも無く愚直に相手の正体を声のみで判断してしまい、彼女らの思惑を見抜けなかった時点で僕の敗北は決まっていたようなものだ。


 今思えば、三郎太と平塚さんの含み笑いも僕が今まさに彼女らに騙されようとしているのを間近で観察していたからこそ出てしまったものなのだろう。 あれが彼女らの思惑を見破るための重要な判断材料だったのかと思うと悔しくて仕様が無い。


「……ずるいですよ、そんなの間違えるに決まってるじゃないですかっ」

 だから僕は悔しさを隠そうともせず、見上げ気味に玲さんを正視しつつ語勢を強めながらそう言った。


「ごめんごめん、そんなに怒らないでよユキ。 まぁ、何事も一つの情報だけにとらわれて答えを出そうとするのは良くないって事だよ。 って事で、今日は私たちも一緒していい?」


 玲さんは不満の色をにじませている僕をなだめつつ、それらしく話をまとめようとしてきたかと思うと、玲さんが僕の左隣に、双葉さんがその場から移動して三郎太の右隣の席に着いた。 こうして僕側の席には玲さん、僕、竜之介が座り、正面の席には僕の左手から見て双葉さん、三郎太、古谷さん、平塚さんが座る形となった。


「……聞いてる傍からもう座ってるじゃないですか」

 僕は誰もが言いたくてたまらなかったであろう突っ込みを玲さんに入れた。


「まぁまぁかたい事は言わないで。 私も一度くらいは友達の口から語られるユキの実情を聞いてみたかったからね」と、玲さんがあっけらかんとそう言ってくる。


「実情って……でも僕はいいとしても他のみんなが迷惑するかも――」

「俺は別にええぞ優紀」と竜之介が僕の懸念にかぶせ気味にそう言った。


「私も私もっ! 綾瀬くんがどういう経緯で先輩と付き合うようになったのかとか聞きたいし!」と、平塚さんが興味津々の気味で言った。


「私もかまわないですよ! 大勢いる方が賑やかで楽しいですからねっ」と、古谷さんがにこやかに言った。


「いやまぁ俺も別にいいんだけどさぁ、ってか何で姉貴が俺の隣に座ってんだよっ! 姉貴は別に関係ねーだろっ! もうドッキリは終わったんだから教室に帰れよっ!」と、三郎太が玲さんの同席を認めつつも双葉さんに悪態を付いている。


「はぁ? 関係アリアリでしょーが。 アンタと千佳ちゃんの関係がドコ(・・)まで行ってるのかを探れるこんなイイ機会はないでしょ」と、自分もこの場に居座って当然と言わんばかりの物言いで双葉さんが三郎太に言い返している。 古谷さんはアハハと苦笑いを漏らしていた。


 それからも「んなもん姉貴が聞いてどうすんだよっ!!」「アンタを強請ゆするネタにするに決まってんでしょーが」と三郎太と双葉さんの姉弟きょうだい喧嘩は続いて、その面白おかしいやり取りを見ている内に、先のドッキリで味わわされた悔しさなどすっかり忘れてしまい、僕は覚えず失笑をこぼしてしまった。


 よもや僕を含めてこの七人が一堂に会する事があろうとは夢にも思っていなかったけれども、これまで接点の無かった平塚さんと玲さんがほがらかに話していたり、未だ双葉さんの同席をかたくなに容認しようとしない三郎太が居たり、まぁまぁその辺でと双葉さんをなだめる古谷さんの意外な胆力の強さを垣間見たり、「姉弟きょうだいそろたらやかましさも二倍やな」といつも以上に喧騒けんそう的な場を冷静に見渡す竜之介が居たりと、これまで発生する事の無かった化学反応が様々なところで起きていて実に面白い。


 この喧騒と陽気の入り混じった空気を味わえるのも残すところあと一か月足らずだと思うと、ちょっぴり寂しくもなる。 けれども、別れの日が確実に近づいているからこそ、玲さんとの学校生活を一日一日大事にしようと思える。 年を重ね、高校生活を思い返した際、あの日あの時過ごした日々を後悔でび付かせてしまわないよう、僕は残り少ない玲さんとの学校生活を全力つ大切に過ごそう。


「へぇ~、告白したのは先輩からだったんですね、意外です!」

 そうして何やら平塚さんと玲さんの会話はえらく踏み込んだところまで辿り着いていたようだった。


「そうなんだよー。 その後この子に『心から愛してます』とか言われちゃってさ」

「きゃ~っ! 何々っ?! 綾瀬くんって結構ロマンチストだったりしたの?!」

「いやっ、確かに言ったけど、それは流れで言っちゃったっていうか何というか……っていうか玲さんもそこまで深い事言わなくていいですからっ!」


 いつぞやに竜之介が言っていたよう、きっとこうした冷やかしも恋愛の醍醐味に違いないのだろう。 やっぱりちょっぴり照れ臭いけれど、何だか無性に心が弾む。 いつの間にやら嬉しさと恥ずかしさが僕の胸で同居を始めたらしい。


 これまでに感じた事のないこの感情は、恋愛の当事者同士でしか味わえない特別な感情だろう。 玲さんは表面上は平然としているけれども、本心には僕と同じ住人かんじょうを同居させていて欲しいと願わずにはいられない。


 あぁ、心が満たされてゆく。 今の心境を出来る限りの短文で表せと迫られたら、僕はたちまち心に浮かんだたった四文字の安直な言葉を恥ずかしげもなくのたまおう。


”しあわせ” と。

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