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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
最終部 君の隣で歩く僕、僕の隣で笑う君
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第五十三話 限られた時間の中で 5

「そういえば綾瀬くんは例の先輩と一緒に食べないの?」


 皆が食堂の席に着いて昼食を摂り始めてまもなく、僕の正面に座っていた平塚さんがパンを頬張る直前、思い出したかのよう僕にそうたずねてきた。


「うん、別に僕と玲さんの関係を隠してるって訳じゃあないけど、さすがに食堂は目立つからね」

「そっか。 でも本当は一緒に食べたいって思ってるんじゃなーい?」と、平塚さんがにやにやしながら半眼気味にからかってくる。


「それはそうだよ。 二月に入ったら三年生は卒業式まで自由登校になっちゃうから、出来る限りの時間は一緒に居たいよ」


「う……そこまではっきり言われると何も言えなくなるんだけど」


 あまりに僕がはっきり物を言ったものだから、平塚さんにしては珍しくたじたじになって言葉に詰まっている。


「平ちゃん、今の優紀にその手のからかいは逆効果やぞ。 なんせ俺が同じ車両に乗り込んだ事すら気づかんと目ぇつぶって例の先輩に想いせとったぐらいやからな」


「ちょっ、竜之介っ、さすがにその話はやめてよっ!」


 僕の右隣に居た竜之介が今朝けさの僕の情けない場面を皆に暴露してしまい、今度は僕が狼狽うろたえる番だった。 僕と竜之介を除いた三人はその話を聞くなり大笑していた。 最高のタイミングで今日一番の笑いのカードを切った竜之介にしてやられたと悔しい思いをこしらえつつ、それからああだこうだと皆で閑談を繰り広げながら昼食の手を進めた。 そうしている内に、平塚さんと同じく僕の正面に座っていた三郎太と古谷さんがなにかの存在に気が付いたかのような気味で、きょとんと僕の後方を眺めていたのを見た僕は、僕の後ろに一体何があるのだろうと確認するため首を回そうとした――直後、僕の視界は『何』かによってさえぎられ、視界が真っ暗になった。


 僕の視界を遮った『何』かの正体が誰かの手である事にたちまち気が付いた矢先、「だーれだっ?」という悪戯いたずらっぽい声が僕の後方から聞こえてくる。 その声は女性のもので、そして僕はその声に確かに聞き覚えがあった。 聞き覚えもあって当然だ。 僕が聞き間違える訳も無い。 それは、その声は、玲さんのものに違いなかった。


 僕たちが食堂を訪れた時点では玲さんの姿は無かったから、僕たちが昼食を摂っている間に僕を驚かすためこっそり食堂に来たのだろう。 今朝の一緒に登校しようと提案してきた時といい、玲さんはわりかしこうしたサプライズ的なものが好きなのかも知れない。


 それにしても、何やら三郎太と平塚さんのこらえたような笑い声が聞こえてくるのがちょっと気になる。 おおかた、先に僕があれだけ玲さんに対する愛の深さを説いた直後に彼女といちゃいちゃ(・・・・・・)などし始めたから、その一連の流れが面白おかしかったのだろう。


 だけれども、何も臆する事は無い。 気候の関係上、例の非常階段最上階が使用出来ない今、本来であれば教室で昼食を摂っていたであろう玲さんが僕に会う為にわざわざ食堂まで足労してくれたのだから、皆の前でとはいえ僕も彼女の想いに応えてあげなければならない。


 そうして僕は満を持して「その声を僕が聞き間違える筈ないじゃないですか、玲さんでしょ?」と答えた。 すると僕の目を覆っていた手がおもむろに外された。 圧迫というほどでもなく、短時間ではあったけれども、手で目を抑えられていた事によって視界が少しぼやけてしまっている。 僕は視界を補正するため指で何度か目を擦ったあと、後方に首を回した。 そこに立っていたのは果たして玲さん――ではなく、白い歯をのぞかせながらにやにやと僕を見つめていた双葉さんだった。 僕は目の前に広がる光景を信じる事が出来ず、まったく絶句してしまった。


「ダメじゃなーい優紀くん。 あたしと愛しの彼女を間違えちゃあ」

 双葉さんが僕の解答の不正解だったのを指摘してくる。


「えっ、でも、さっきの声は確かに玲さんだったんですけど」

 

 ――そうだ、先の声はまぎれもなく玲さんの声だった。 もちろん双葉さんが玲さんの声真似をしたのだろうかという疑いもあるにはあったけれども、喋り方の癖というか、声質というべきか、あれは声真似でどうにかなる部類のものではないくらいに完璧だったから、双葉さんの声真似という線は薄い。 ならば僕の後方に立っていなければならないはずの玲さんが何故双葉さんだったのだろうかと、考えれば考えるほどに頭が混乱してくる。


「そうだねー。 確かに声だけ(・・)は玲だったんだけどね」


 双葉さんは何やら思わせぶりな口吻こうふんでそう言っている。 それでも僕は要領を得られずにはてなと首をかしげていると、僕の座席の真後ろに座っていた女生徒が突然その場に立ち上がり、こちらへ体を向けた。 その女生徒は、玲さんだった。

 それから玲さんは双葉さんと顔を合わせたかと思うと、二人揃って満足げな笑みを浮かべながら小気味良いハイタッチを交わした。 この時点で僕は、まったく二人の思惑に踊らされていた事に気が付いた。

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