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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
最終部 君の隣で歩く僕、僕の隣で笑う君
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第五十三話 限られた時間の中で 2

 冬期休暇中の友達四人との一番話題が盛り上がった交流は以上の通りだった。

 変わって玲さんの方はと言えば、正直に言ってしまうと僕たちが恋仲同士になる以前とほとんど変わり映えしない接し方が続いていた。


 お互いに執拗しつよう以上に干渉かんしょうする事も無く、お互いの気が向いた時にメッセージを送ったりして、そのメッセージもとりわけ重要な内容でもなく、他愛も無く取り留めも無く何の益体やくたいも無く、その場その場の恣意しい的な会話をお互いが飽きるまで続けるといった事を一日一回以上続けていた。


 言ってしまえばその関係は、朝目の覚めて『おはよう』と言い、就寝前に『おやすみ』と言う、ただの日常的な関係に相違なかった。 けれども僕はその何でもない日常的な関係がどうしようもなく好きで、どうしようもなく愛おしかった。


 恋仲になったからと言ってこれまでの態度がひるがえって必要以上にべたべたと接点を求めてくる事も無く、かと言って、その関係にものじして変に気後れしてしまい消極的になる事も無く、お互いがお互いに向ける態度を変えずにこれまで通りの接し方を継続しているという事はすなわち、わざわざそうした恋仲らしい事をしなくとも僕たちは既に互いを信頼し、心と心で繋がり合っているのだという事。 そして僕はもちろん玲さんもまた、そうした何でもない些細ささいな日常をこよなく好み、そうした時間を大事にしているという事。


 僕たちの関係をはたから見た誰かにとっては大した起伏も無く面白みのない関係だと揶揄やゆされるかもしれないけれども、別に誰か彼かの欲求を満たす為に僕は玲さんと恋仲になっている訳ではないから、誰にも彼にも何と言われようとも何と思われようとも僕は何も気にしないし、必要以上に玲さんとの恋仲に起伏を付けようとも思わない。 きっと玲さんも僕と似たような事を思ってくれている筈だ。


 ――余談ではあるけれど、冬期休暇中の玲さんとのメッセージのやり取りの際、僕は玲さんが綾香をまったく手玉に取っていた時に見せた心理学を交えた例の話術について、何故玲さんはああした一触即発の場面であの話術を何のよどみも無く咄嗟とっさに行う事が出来たのかをたずねた事があって、その解答にははなはだ驚かされた。


[あれ、ユキも騙されてたんだね。あんなの私のハッタリに決まってるじゃない。]


 玲さんはあっけらかんとそう答えた。 それから彼女はその件について語り始めて、何でもこれまでに興味本位で人間の心理的な心の動きに関する勉強をした事があって、ある程度の知識こそあったけれども、実際に対人で使用したのは綾香の時が初めてだったと話した。


 そればかりか、あの時使用した心理的な法則は必ずしも特定の心理を確約するものではなく、たまたま綾香が直情的な性質を持ち合わせていたお陰でうまく思い通りにその心理へと誘導する事が出来ただけで、もし相手がうたぐり深い人だったり感情を表に出さない人だったならば玲さんのハッタリを見抜き、立場が逆転していた可能性もあったという。 だから、自分のハッタリが成功したのはあくまで綾香のお陰だったと玲さんは正直に明かした。


 僕も大して詳しくは無いからあまり適当な事は言えないけれども、なるほど心理学というものは、人間という生き物がある特定の条件下におかれた時に取る言動がどういった心理を以って行われたのかという事を科学的に解明した学問であり、一言で心理学といえどもその種類は様々だから、あの時に玲さん自身が言っていたよう、一朝いっちょう一夕いっせき 見様みよう見真似みまねで扱えるほど習得はやすくなさそうに思われる。 きっと玲さんもその限りではなかったのだろう。


 けれども玲さんはあの場面で自身の知識と度胸にたのみ、僕の為に綾香を打ち負かそうとしてくれた。 玲さんじゃあないけれど、僕も一つの人間の心理を知っている。 それは『本能的に絶対にかなわない相手と対峙してしまった時』の心理である。


 そうした相手と対峙した時、人は恐怖で瞳をにごし、身体がすくんで思うように動けなくなってしまう。 この心理は僕自身が体感したもので、僕が中学生のころ綾香に謝罪を迫った時、綾香の彼氏だと思われる上級生の男子生徒に背部を足蹴あしげにされたか突き飛ばされたかで転倒させられた挙句、まったく敵意の目を以って僕を見下しにらみつけて来た時に悟った心理だ。


 あの時僕は、あの男子生徒には絶対に敵わないと確信的に思った。 何故ならば、僕の瞳が恐怖で濁り切った瞬間、何をどう足掻あがいてもこの人には敵わないと心の中で敗北を認めてしまったからだ。 一度敗北を認めてしまうと相手への苦手意識は見る見るうちに膨れ上がり、その人の姿を一目映すだけで動悸が始まり、手足が震える。 それから脳が警告を出す。 『今すぐその場から逃げ去らなければ危険だ』と。


 恐らく綾香はそれに似た心理を玲さんにいだかされていたのではなかろうかと僕は推察している。 あくまで冷静かつ倫理的に自分自身を問い詰めてくる玲さんに反論らしい反論もていせず、あまつさえ苦しまぎれに暴力にまで手を染めたにもかかわらず、それでも怒りの色を見せる事も無く自身をじわじわと問い詰めてくる玲さんと正面から対峙し続けた結果、綾香は本能でこの人には敵わないと察し、敗北を認めてしまったのだろう。 だからこそ、あの自尊心プライドの塊である綾香が相手に背を向けて逃げ去ったに違いない。


 それを思えば、あれはハッタリだったと玲さん本人が認めたとはいえ、彼女はちゃんと人間の心理を利用して綾香を打ち負かしたと言っても差し支えないだろう。 ハッタリであの凄みだったのだから、本格的な心理学を玲さんが学んだら、竜之介いわく心が純粋な僕の心理などあっという間に丸裸にされてしまいそうだ。 場合にもよるけれど、出来る事ならば玲さんと口喧嘩だけはしたくない。 あの一件は僕にそう強く思わせた出来事だった。

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