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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
最終部 君の隣で歩く僕、僕の隣で笑う君
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第五十二話 Waltz with me 18

「……どうして玲さんは、僕の為にそこまでしてくれるんですか」


 僕は玲さんの背中に切実な思いを語りかけた。 それから玲さんは僕の方を振り向いたあと、

「キミがどうしようもなく弱いから」とあっさり答えた。 綾香にはたかれた玲さんの左頬がかすかに赤くなっていた。


「……」

 僕の弱いのは嫌と言うほど心得ていたけれども、さすがに面向かって言われると心にこたえてしまい、僕は何も言えずに口をつぐんでうつむいてしまった。


「――でも、弱いからこそ、私が守ってあげなくちゃいけないと思った」

「……えっ?」


 玲さんのその言葉は、僕の口を開かせ、俯かせていた顔を上げさせるには十分過ぎる力を持っていた。


「……うん、やっぱり諦めきれないや。 私は、キミの事が好きだ」


 自分自身の胸の内を確かめるよう、玲さんは再度僕に対する好意を伝えてきた。 その告白は散歩道でのそれとは雰囲気が違っていて、一度目の時の玲さんはなかば諦観気味だったけれども、今はその真逆とも言ってもいいくらいにひたすら素直で、何としてでもその想いを相手ぼくに伝え、受け取ってもらいたいという信念さえも感じさせている。


 そうした玲さんからの真っすぐな想いを真正面から受けた僕の胸にはまた、散歩道を後にする前に感じた妙な鼓動が走り始めていた。 それと同時にその直前に玲さんの発した言葉が脳裏によぎる――


 "私はね、別に君が男だとか女だとかってこれっぽっちも気にしてないし、私としてはそんなのはどっちでもいいんだよ"


 "君が今後どっちの性別に傾くにしろ、私は君っていう人間に向ける評価を変えたりしないから"


 ――ただただ暖かくて、ただただ心地の良くて、血流と共に全身に歓喜の流れてくるようなこのおどる鼓動の正体を、僕は愛だと断定した。


 ああ、そうか。 これが(・・・)これこそが(・・・・・)、僕の探し求めていた『愛』なのだと、僕は確信的に理解した。 僕はようやく僕のノートに長年書く事の出来なかったこたえを書きしるす事が出来る。 今、僕の目の前にいるこの人物、坂井玲という女性が向けてくる視線、声、態度、そして、想い。 そのすべてをひっくるめたこれ(・・)が、愛であると。


「……ほんとうに、僕なんかで、いいんですか」


 僕にとっての愛を見つけ、感極まって泣いてしまいそうになりながらも、僕はそう答えた。 その言葉が、ぼくのものなのか、ぼくのものなのか、自分にすらも分からなかった。 ひょっとしたら、玲さんや僕は、とてつもない間違いを犯そうとしているんじゃなかろうかと怖くもなった。 けれども、たった今見つけた愛の前では最早もはや、間違いだとか、正解だとか、そうした可否を下す事さえどうでもよかった。


 ただ一つ、変わらず心の中にあったのは、僕の人生には坂井玲という人が必要なのだという確かな想い。 他の誰にも代わりの利かない、世界でたった一人の僕の理解者、玲さん。 彼女が僕の傍に居続けてくれたら、僕はもう何も望まない。 僕の隣に玲さんさえ居てくれれば、どんな困難さえも乗り越えられる。 何故ならば、玲さんという存在そのものが、僕にとっての愛なのだから。


「何言ってんのさ、他の誰でもないキミだからこそいいんだよ。 弱いキミのそばには私が居てあげなきゃならないと思った。 ただそれだけ」


 とても高慢こうまんだと思った。 正直言って尊大そんだい極まりなかった。 しかし玲さんにそう言わしめた事こそが、彼女から僕に対する最上級の愛である事を理解していたから、僕はたまらなく嬉しくなった。


「……これから先、僕の性質のせいで玲さんを傷つけてしまうかもしれませんよ」

 けれどもやはり僕は臆病で、ここまでの大きな愛を受け取っておきながらも、僕はまるで確認を取るかの如く、玲さんを試すような事を言ってしまった。


「キミが一人で傷つくより、私も一緒に傷ついた方が痛みがやわらぐでしょ? もうキミが一人で傷つく事なんて無いよ。 これからは、私が傍に居続けてあげるから」


 しかし玲さんは迷う事無くそう言い切ったあと、慈愛にあふれた笑みを浮かべつつ自身の右手を僕の前に差し出してきた。 僕の為なら傷つく事すらもいとわないというその献身さには大いに心を震わせられ、いよいよ僕が玲さんからの想いを否定する道理さえ無くなってきた。


 玲さんの愛は、僕自身にすらどうする事も出来なかった僕のかたくなな意思さえをも揺り動かし、僕の心を開いてくれた。 あとはもう、僕の目の前に差し出されている玲さんの右手を僕の右手で握り返すだけ。


「――こんな僕で良ければ、これからもずっと、玲さんの傍に居させて下さい」


 そうして僕は、玲さんの手を取った。 彼女は「うんっ」と言いつつ微笑ほほえんで、僕の手を強く握り返してきた。 たちまち僕の右手に玲さんの熱が伝わってくる。

 ただただ熱い。 冬にあるまじき熱量だ。 けれども、こうした計り知れない熱量を持つ玲さんだからこそ、僕の心に積もりに積もった冷たい雪をも溶かし切ってくれたに違いない。


 それから手をほどいて間もなく「んー、でも何かしっくりこないなぁ」と、玲さんが何やら不満げな口吻こうふんでそう言った。


「しっくりこないって、何がですか」

 やはり僕との関係に何かしらの不安があったのだろうかと、僕は少し臆病になりながらそうたずねた。 玲さんは腕を組み首をかしげながらしばらくうんうんうなっていて、ようように答えが出たのか「あっ、そういう事か」と一人納得したような素振りを見せたあと、


「私、まだキミの口から私の事が『好きだ』って聞いてないんだよ」と言った。

「えっ、いや、あの、さっきのがそのつもりだったんですけど」

さっきの(・・・・)、って?」

「これからもずっと玲さんの傍に居させて下さい、ってやつです」

「えー、確かにそれっぽいけど、ちょっと回りくどくない? 出来れば直接キミの口から『好き』って言葉を聞きたいなぁ」


 何だか玲さんがわがままを言っている。 何というか、玲さんのこういうところは僕より子供っぽい気がする。 それが僕にとっての玲さんの魅力でもあるのだけれども。 しかしながら、先ほどは場の流れで多少照れ臭い台詞せりふも真顔で言えたけれど、いざこうして相手にせがまれて相手への好意を口にしろなどと言われると、変に気負ってしまってとても言い出しづらい。


 かと言って、このまま僕がこの件をはぐらかし続けたら玲さんはぷんぷんおこるだろう。 とはいえ、なるほど相手からの明確な好意の言葉を聞きたいという玲さんのわがままな気持ちも分からないでも無かったから、ここは一つ、玲さんの恋人(・・)として、余すことない僕の玲さんに対する想いを――いいえ、愛そのものを伝えてやろうと思う。


「……わかりましたよ。 ――玲さん、好きです」

「もっと心をめてほしいなぁ」

「……僕は、玲さんの事が好きです」

「うんうん、いいね。 ちょっとどきっとしたよ」

「玲さん、好きです。 大好きです。 心から愛しています」

「えっ、いや、もう大丈夫だよ? 十分堪能したから」


「――本当の僕を知っても僕を僕として扱ってくれた玲さんが好きです。

 先輩として頼りになる玲さんが好きです。

 普段は大人なのに時々子供みたいにはしゃぐ可愛い玲さんが好きです。

 目がぱっちりしててまつげが長いところが好きです。

 背が高くて脚の綺麗なところが好きです。

 意地っ張りで、一度照れたらムキになって顔を赤くする玲さんが好きです。

 いつも明るくて笑顔の素敵な玲さんが――」


「……ごめん、私が悪かった。 それ以上は恥ずかしいから本当勘弁して」

 マフラーを目深まぶかに被りながら、玲さんが僕にそう懇願した。


「そういうところ、本当可愛いですよ、玲さん」

 僕は玲さんの顔を覗き込みながら、微笑を浮かべてそう言った。


「……ほんとキミは生意気なんだから、ばかっ」


 僕への悪態の言葉を吐きつつも、それ以上のお小言は聞こえてこず、そればかりかその語調には何故だか若干の嬉々が感じられた。 どうやら、素直には受け入れてくれていないようだけれど、僕からそうした言葉を言われて玲さんも喜びを隠せなかったのだろうと思う。 これはまったく僕の憶測でしか無い事は理解している。 それでも僕は僕をここまで好いてくれた玲さんが僕からの好意の言葉を受けて喜んでくれていると信じたい。

 僕は僕で、玲さんからの好意の言葉がたまらなく嬉しかったから。

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