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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
最終部 君の隣で歩く僕、僕の隣で笑う君
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第五十二話 Waltz with me 16

「……何アンタ。 やっぱりコイツの彼女だったとかいうオチ?」

「ううん、違うよ。 ただ、あなたと少しおはなしがしたくなってね」

「話? いや別に私はアンタと喋る事なんて無いんだけど」

「まぁまぁそう言わずに、時間は取らせないからさ」

「……はぁー、めんどくさ。 さっさとしてよ、私も暇じゃないんだから」

「うん、そのつもりだよ」


 何かしらの思惑があったのか、玲さんは綾香に『お話』という名目で会話を進めようとしていた。 玲さんの背中にさえぎられて綾香の顔色はあまりうかがえなかったけれども、彼女の声色や語勢から察するに、多少の不機嫌さをあらわにしながらも、玲さんとの会話を受け入れたようだった。 ここで僕が二人の間に入ってしまうと玲さんの思惑が崩れてしまうかもしれなかったから、僕は綾香に悟られないよう指で涙をぬぐったあと、この場を玲さんに任せて沈黙にてっした。


「えっと、綾香さんで良かったんだよね? 私は坂井あきらっていう、この子と同じ高校にかよってる三年生だよ」

「……アキラ? なんか男の名前みたい」

「よく言われるよ」

「っていうか自己紹介とかどうでもいいからさぁ、早く本題に入ってよ」

「ごめんごめん、それじゃあ早速なんだけど」

「うん」

「綾香さんはどうしてこの子の事をそこまで嫌ってるの?」

「そりゃあ、コイツが気持ち悪いからに決まってるでしょ」

「どうしてこの子が気持ち悪いの?」

「そんなの、コイツがトランスジェンダーとかいう訳分かんない性別を名乗ってるから――あ、言っちゃった。 まぁいいけど。 ごめんね綾瀬ぇ、ひょっとしてこの人、アンタがそうだって事、知らなかったりしたぁ?」


 綾香が玲さん越しに僕へ語り掛けてくる。 咄嗟とっさに抑制の利かない辺り、綾香のLGBTの人々に対する配慮は中学時代から何ら変化していないようだった。


「ううん、私()知ってたよ。 この子がそうだって事は」

 代わりに玲さんが答えてくれたから、僕はそのまま沈黙を貫いた。


「……へぇ、知っててコイツとツルんでんだ。 物好きな人も居たもんだねぇ。

 もしかしてアンタもソッチ系だったりして――」


「うん、そうだよ。 私は女の子と寝た事があるから」


「……は? いやっ、寝たとか、あれでしょ? ちょっと仲の良い女友達と一緒の布団で寝たとかそういう――」


「ううん、キスして、お互いの裸を見せあって、お互いの身体を隅々まで触り合ったよ」


「……っ!」覚えず『玲さん』と彼女の名を呼んでしまいそうになった。 何も僕の為に玲さんがそこまでカミングアウトする必要は無かった筈なのに、どうして玲さんは僕の為にそこまでしてくれるというのだ。 どうして。 どうして。


「……気持ち悪っ。 異常だよ、アンタら」


「確かに綾香さんや他の人が見たら、私たちの性質は気持ち悪いし異常なのかも知れないね。 ……でも、その異常の中でしか正しく息が出来ない人も、この世界には居るんだよ」


「だから私にアンタらみたいな異常者を認めろって言いたいの?」

「認めろだなんて押し付けがましい事は言わないよ。 ただ、もう少し視野を広く持っても良いと私は思うけどね」


「何で今日初めて会ったアンタなんかにそこまで言われなくちゃいけない訳? 何様のつもり?」


「別に私は何様でもないよ。 綾香さんの言う通り、私は気持ち悪い異常者。 でもね、そういう性質を持つ人全員が私みたいに開き直れるほど強くは無い事だけは覚えてて欲しいな」


「……何が言いたいの?」

「私と一緒に寝た人はね、自分の性質に悩んだ末に自殺したんだ」


「……」

 玲さんと会話し始めて、初めて綾香が口を止めた。


「家の風呂場で剃刀かみそりを使って自分の頸動脈けいどうみゃくを切ったらしいんだ。 どんな痛みだったのか、私には想像もつかないよ。 でも、あの子はその痛みを受け入れてしまうほどに追い詰められてたんだ」


「……」

 綾香はまだ黙っていた。


「あの子はあの子なりに自分の性質と向き合って、ずっとこの世界で自分の居場所を探してた。 でも、同級生の心無い言葉を受けて、この世界に自分の居場所は無いんだって思い込んじゃって、自殺した」


「……」

 綾香がここまで沈黙を続けているところは初めて見たかもしれない。 あの綾香の口をつぐませてしまうほどに、今の玲さんははなはだ真剣な顔つきと態度をていしているのだろう。 それは玲さんの声色と背中からでも十二分に感じ取る事が出来た。


「まぁ、こんな事を綾香さんに話しても所詮他人事だから、あなたの心にはほとんど響かないだろうけど、私が何を言いたかったのかっていうと、もし綾香さんがそういう性質を持つ人たちをけなし続けた結果、その誰かが私の友達のように自分を死に追いやってしまったら、あなたはその死に責任を持てるのかって事」


「……そんなの、私のせいで死んだとかなんて、誰にも分かんないし」

 長らく口を閉じていた綾香がようやく沈黙を破った。 しかし、例の流暢りゅうちょうな語りはそこにはなく、綾香らしからぬ戸惑いと狼狽うろたえを匂わせた語勢をって辿辿たどたどしくそう答えた。


「そうだね。 結局そういうのはその人の積もりに積もった負の感情が作用して起こる事だから、明確に遺書でも残しておかない限り直接的な因果関係は正直誰にも分からないと思う。 ――でも、だからと言って、相手を傷つける事を言っても良いなんて理由にはならないよね」


「……」


「肉体的な外傷と違って、心無い言葉で負わされた心の傷は、一生心に残り続けるものだよ。 それがどんなに些細ささい中傷ちゅうしょうであれ、受け取る人によっては忘れようとしても忘れられない一生ものの傷になる。 ……綾香さんは、一度でもそういう相手の気持ちを考えた事がある?」


「……」

「何も言えないって事は、綾香さんは相手の気持ちなんて考えた事は無――」

「うるさいっ!!」

「っ! 玲さんっ?!」


 綾香の怒声と共に、乾いた破裂音が僕の目の前で鳴った。 いよいよ玲さんからの説法に耐え切れなくなったらしい綾香が、玲さんの頬を引っぱたいたのだ。 覚えず僕は、玲さんの身を案じて彼女の名を呼びつつ綾香の前に立ちはだかろうとした。 しかし玲さんは前へ出ようとした僕を腕でさえぎり、横目で僕を見つつ無言でかぶりを振った。 まるで、僕の出る幕ではないとでも言いたげに。

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