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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
最終部 君の隣で歩く僕、僕の隣で笑う君
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第五十二話 Waltz with me 14

 駅には十六時半前に到着した。 あらかじめ結果をうけがっていたとはいえ、僕から告白を断られた直後だったから、てっきり玲さんは消沈の気味で口数も少ないだろうと勝手に予想していたけれども、かえって帰り道の方が会話が弾んだのではと思ってしまうくらいに玲さんは何かしらの話題をひっきりなしに喋っていた。


 言葉は悪くなってしまうけれど、ひょっとすると玲さんのそれ(・・)は彼女なりの強がりだったのかもしれない。 しかし僕にそうした素振りを判然と悟らせなかったところを見るに、玲さんは本当に僕が彼女からの告白を断った件について然程さほど気にしていないのではとも思えてくる。 いずれにせよ、玲さんに変に消沈されて駅までの道のりの間ずっと口をつぐまれていても僕の間が持たなかったろうから、これはこれで良かったのだと思いたい。


「今日は本当楽しかったよ。 色々連れて行ってくれてありがとね」


 そうして僕たちは駅の南出口の階段手前からやや西側へ離れた往来のさまたげにならないひらけたところで別れの挨拶を交わしていた。 時節と時刻の関係上、もう陽が落ち始めていたから、完全に辺りが暗くなる前に駅に辿り着けたのは僕としても有り難かった。 今のご時世でそうした事はまず起こりる筈は無いと理解はしていながらも、万が一に夜道で暴漢に襲われた時に、僕では玲さんを守り切れなかったろうから。


「いえ、玲さんが楽しんでくれてたのなら僕も嬉しいです」

「……また、私がここに来た時は、一緒に遊んでくれる?」

「もちろんです。 次は今日行かなかったところを案内しますよ」

「ほんと? それは楽しみだね」


 その『次』が本当に来るかなど、僕には到底予測もつかなかった。 ひょっとしたらその『次』は二度と訪れないんじゃないかとも思ってしまった。 だからだろうか、何だか今の玲さんとのやり取りが、本当は会話の中身など無く、社会的な体裁ていさいの為に上っ面だけを小綺麗に装飾した社交辞令のそれのように思えてしまって、無性に寂しくなった。


 ――いや、これで良かったのだ。 僕は僕の望み通り、玲さんの数年いだき続けていた理央さんへのわだかまりを解いてあげる事が出来た。 それで十分じゃないか。 僕が心より願った僕にとってこのうえ無いさいわいを前にして、これ以上何を望めというのだ。 僕の望みは様々な紆余うよ曲折きょくせつて叶えられた。 僕の役目はまったく果たされた。 きっと、今日という日が、僕と玲さんにとっての最大であり最後の深い関わりだったに違いない。


 一月末の三年学年末考査を終えれば、三年生は二月末期に執り行われる卒業式まで自由登校となる。 すなわち、僕が玲さんと校内で会う機会があるのは、日にちだけで言えばもう一か月も無いのだ。 連絡先を知り合っているとはいえども、玲さんが卒業してしまったら、以前のようたまに彼女の家を訪問したり、今日みたようにどこかへ遊びに行くといったような事柄はさっぱり無くなるだろう。


 そればかりか、いつしか連絡さえも途絶えてしまう可能性も無いとは言い切れない。 だからこそ玲さんは、僕に告白の返事を貰えないと重々分かっていながらも、その想いを僕に伝えてきたに違いない。 心残りなく、心置きなく、いつしか訪れる僕との関係の希薄きはくしてゆく様に未練がましく手を伸ばす事もなく、名残なごりしさに目を曇らせる事もなく、その別れを晴れやかに見届けられるように。


 陽も完全に落ち、次第に辺りの照度の奪われてゆくさまは、僕と玲さんとの沖融ちゅうゆう極まれり時間はもう終わりだと催促さいそくされているようにも受け取れた。 ここに来て、僕の例の心持が鎌首かまくびもたげ始めた。 もっと多くの時間を、それが叶わなければほんの少しの時間でも、玲さんと一緒の時間を過ごしたかった、と。


 過去最大級の例の心持による名残惜しさを心の底から感じてしまった僕は、涙を流してしまいそうになった。 けれども、こんなところで涙などを見せてしまったら、それこそ玲さんに不要な気遣いをさせてしまうだけだから、僕の感情に嘘を付いてでも、手に爪を立てて痛みで涙をこらえながらでも、僕は今この時に、玲さんを笑顔で見送らなければならない。


「――じゃあ、そろそろ行くね」

 至って優しい声色で、玲さんがそう言った。


「……はい。 また是非、遊びに来てください」

「うん。 それじゃあ――」

「――あれぇ? 綾瀬?」


 まさに玲さんとの別れの挨拶を終えようとした直前、横合いから僕の名を呼ぶ声が確かに僕の耳に聞こえてきた。 その声は女性のものだった。 僕は声のした方に首を回した。 そこには、服の性質上といえどもいささか着丈の短いグレーのブルゾンと、やや深い青のスキニーデニムをお洒落に着こなした、僕や玲さんと同年代くらいの女性が立っていた。


 髪色は明らかに染色の入った明るめな茶の色をしており、ファッション目的らしいブラウン色のサングラスを掛けていて顔が思うように認識出来ず、僕は先に僕の名を呼んだこの女性の正体にまったく見当を付けられなかった。 玲さんも玲さんで僕と同様に視線を彼女へと向けていて、この人は一体誰なのだろうといったいぶかしみの目で突然目の前に現れた女性を見つめていた。


 それから三人が三人ともしばし黙していて、すると色眼鏡の女性が僕に近づいてきたかと思うと「あぁ~、やっぱ綾瀬じゃーん!」と、まじまじと僕の顔を眺めたあと、改めて念を押して僕の風貌をうけがったといったような口調でそう言った。

 相手は一方的に僕の事を知っているというのに、僕はこの女性にまるで心当たりがないと来たものだから、ますますこの女性の正体が気になって来る。


 かと言って彼女の身形みなりからは彼女の正体を探るような手がかりを一切感じられず、唯一かすかな心当たりを感じるのは、どこかで聞き覚えのある、言い方はちょっと悪くなってしまうけれども、母音を殊更ことさらに伸ばすかのよう少し間の抜けた特徴的なこの喋り方。

 僕の事を知っているという点と、先の聞き覚えのある声と喋り方を照合した上で推察すると、この女性は僕の高校以前の同級生であるという可能性が浮上してきた。 けれども正体は分からず仕舞いのままだったから、


「あの、すいません。 僕の事を知っているようですけど、どちら様でしょうか」と、僕は素直に謎の女性に正体をたずねた。


「えぇ~? ふつう私のこと忘れるー? ……あぁ、コレ(・・)付けてたらさすがに分かんないか。 ――はい、これで分かるでしょ」


 色眼鏡の女性は、僕が自身の正体を知らなかった事にちょっと落胆の色をのぞかせつつ、これを取れば分からないはずがないと言わんばかりの口吻こうふんでそう言ったあと自身の色眼鏡を外し、僕に尊顔をあらわにした。 そうして僕はその顔を見た途端に、女性の正体に辿り着いた。


「……綾香、ちゃん?」

「なんだー、やっぱ覚えてるじゃん。 忘れられてんのかと思ったぁ」


 この女性の正体は――僕の小中学時代に僕が好意を寄せていた森川もりかわ綾香あやかという僕の同級生だった。 きっと化粧もほどこしており、加えてえらく今風の――ぞくにいうギャルのような風貌をしていたから立ちどころに彼女の正体を察する事は叶わなかったけれど、いざ色眼鏡を外した状態の素顔と対面してみると、なるほどそこはかとなく綾香の雰囲気を感じ取る事が出来た。


「っていうか何年ぶり? っていうほど日にち経ってないかぁ。 私らまだ高一だし。 それにしても綾瀬――あっ、ちょっとごめーん、何かメッセ来た。 えーっとぉ?」


 ようやく互いの面識が繋がったと思ったのも束の間、綾香の携帯かららしい着信メロディが鳴った途端とたんに喋りを中断し、自身の腕にげていた派手めな朱色をした鞄の中からスマートフォンを取り出したかと思うと僕たちに背を向けてから少し距離を取り、僕との会話よりそちらの方の対応を優先し始めた。


「……綾香ってもしかして、君の中学時代の同級生の?」

 すっかり別れるタイミングを失ってしまったらしい玲さんはひとまずこの場を離れる事を諦めたのか、僕のそばに近寄ってきて小声で綾香の正体を確認してきた。


「……そうです。 中学の時よりかなり見た目が変わってたので最初は分からなかったですけど」

 僕も玲さんと同じような調子で応答した。 玲さんは「……そっか」と何やら不安げな声色と顔つきをていしていた。 きっと僕の精神状態を心配してくれているのだろう。 玲さんは、僕と綾香との間に起こった一連の騒動の顛末てんまつを知っているから。


 ――それにしても、玲さんの僕に対する心配ではないけれども、僕の心の中にも綾香に対する不可解な点が発生していたのも事実で、その点というのも、綾香の心変わりとでも言うべき僕への対応の仕方に対する不可解さだった。

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