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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
最終部 君の隣で歩く僕、僕の隣で笑う君
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第五十二話 Waltz with me 13

「正直、自分でもずるいなーって思ってるよ。 君が古谷さんを諦めて、私が理央へのわだかまりを無くした途端に自分の気持ちを優先させちゃってる事。 それと、今の君が私からの好意を受け取れないのを知っててこういう事を言ってるのも」


 やはり玲さんははなから僕が彼女からの好意を受け取らない事を承知で、僕に自身の想いを打ち明けていたようだった。


「なら、何で玲さんはわざわざその好意を僕に伝えてきたんですか」


 ようやく僕の口から出た言葉は、玲さんにとって寒風よろしく冷たさ極まりない言葉だったのかもしれない。 しかし玲さんは微笑を浮かべながら「こんな事を伝えても君を困らせるだけだって事は最初から分かってたよ」と冷静に答えた。 それから玲さんは続けて口を開いた。


「でも、昨日数年振りに理央と向き合う事が出来た今、手紙で理央が後押ししてくれたように、私はもう、自分の心に嘘を付きたくなかったんだ。 ようするにこれは完全に私のわがまま。 ひょっとしたら君が心変わりして、私の想いを受け取ってくれるかもなんて淡い期待を抱いてたって訳。 ――これで、理解はしてくれたかな」


 そう言い終えた後、玲さんは僕から視線を外し、これ以上説明する事は無いと言った気味でベンチの背もたれに身体を預けた。

 ――なるほど理解は出来た。 玲さんは本気で僕へ好意を向けていて、僕にそれを受け取ってもらいたいと心から願っている。 出来る事ならば僕も、一分一秒を惜しむくらい今すぐにでも彼女の想いに応えてあげたいという気持ちは勿論ある。 しかし、


「理解は、しました。 僕も、僕の女のかたちとして玲さんに結構前から好意の目を向けてたのは事実で、そういう好意を玲さんに向けて貰えて、正直どうしようもなく喜んでます。 ……でも、やっぱり僕はその好意を、受け取る事は出来ません」

 やはり僕のかたくなな意思は、玲さんの好意をってしても変わる事は無かった。


 無念という言葉が僕の脳裏をよぎる。 少なくとも僕の中にまだ幾何いくばくかの男のかたちが残ってさえいれば、『いつになるかは分かりませんが、僕が改めて男の容を成した時、その想いを受け取ってもいいですか』という歯切れは悪くとも将来的に玲さんの期待に応えられる返答を明示出来ていたのかもしれない。 けれどそれも叶わず、僕はぼくの心を殺して、玲さんからの好意を受け取る事をしなかった。


 そうして、僕の返事を聞いた玲さんは、何を言うでもなくただ黙っていた。 今すぐ玲さんの顔色をうかがいたかったけれども、もし悲しい顔をのぞかせていたらどうしようと玲さんの顔を見るのがたまらなく怖かった。 玲さんの肯定的な言葉でも否定的な言葉でも受け入れるつもりではいたけれども、玲さんの口から次に放たれる言葉を聞くのが途轍とてつもなく怖かった。


 先ほどまで辟易へきえきしていた沈黙を、今では一秒でも刹那せつなでも永く続けと願っている。 玲さんは自身の想いを正直に僕へ伝えたというのに、僕は土壇場どたんばで心が乱れ狼狽ろうばいしてしまう本当にどうしようもないほどに臆病な人間だ。


 僕がこんな(・・・)では、僕が玲さんの好意を受け入れられる前提だったとしても、玲さんの恋人に相応ふさわしい人間などには到底なれそうにもない。 かたくなな意思以前の問題だ。 僕でもぼくでも無く、綾瀬優紀という一人の人間は、坂井玲という女性の横に立てる器じゃあない。


 もちろん彼女とはこれからもいち友人として交流を続けていきたいとは心より思ってはいるけれども、高校を卒業した玲さんが社会人として社会に出て、学校という限定的なコミュニティのから外れて様々な人々と出会い、そうしていつしか将来の伴侶はんりょとして僕みたような男の成り損ないとは比べものにならないほど男らしくて僕よりずっと頼り甲斐がいのある男性が玲さんの前に現れるはずだから、今この場で僕が玲さんの将来性を奪ってしまう事だけはしたくない。 やはり僕は玲さんから身を引いて正解だ。


 ――などというすっかり弱気な思考を巡らせていると、「うん、そっか。 あー、振られちゃったなぁ」という、えらく明るい語調を以って玲さんがようように口を開いた。 僕はおもむろに首を回し、恐る恐る玲さんの顔色をうかがった。 そこには、どこか吹っ切れてあか抜けたかのよう微笑を浮かべた玲さんの表情があった。 不思議と悲哀だとかの悲しみの色は僕の目にはとらえられなかった。 まるで僕からの良い返事が聞けない事をはなから覚悟していたかのように。


「……なんというか、ごめんなさい」

 しかしながら、僕の玲さんの好意に対する返事によって彼女の心に少なからずの傷心を負わせてしまった事は確かだろうから、たまらず僕は自分勝手に玲さんの心情を斟酌しんしゃくして彼女に謝罪した。


「いやいや、君が謝る事じゃあないでしょ。 それを言うんだったら、こうなる事を分かってて君への好意を伝えちゃった私の方が謝るべきだよ」


「でも、僕が男としてもっとしっかりしていれば、玲さんの好意を受け入れてあげられたのかもしれないと思うと、やっぱり申し訳なくなっちゃって」


 僕がうつむき気味にそう言うと、玲さんは「……はぁ」と大きなため息を漏らした。 玲さんの露骨なため息を聞いたのは久方ぶりだったから、なにか彼女をあきれさせるような事を言ってしまったろうかと、また僕の心に臆病の虫が走った。


「君がいま自分の性質についてどういう風に在りたいのかは私には分からないけど、私はね、別に君が男だとか女だとかってこれっぽっちも気にしてないし、私としてはそんなのはどっちでもいいんだよ」


「……」

 その言葉を聞いた途端、心臓が大きく鼓動したような感覚があった。


「君が今後どっちの性別に傾くにしろ、私は君っていう人間に向ける評価を変えたりしないから」


「……」

 先と同様、心臓が大きく鼓動した。 先のそれよりも大きい。 一体、何なのだろう、この熱い脈動は。


「でも、これ以上君を困らせたくもないから、この話はこれでおしまいね。 まぁ、私みたいな変わり者もこの世界に居るって事だけ覚えてくれてたらそれでいいよ」


 そう言い終えた玲さんは突然その場に立ってコートのポケットからスマートフォンを取り出したかと思うと「もう十六時前だし、暗くなる前にそろそろ駅に戻ろっか」と僕に進言してくる。 僕は先に僕の心臓を震わせた言葉すら自分のものに出来ないまま「……わかりました」とだけ応えて立ち上がり、散歩道の出口に出てから行きと同じ道を辿たどって駅へと向かった。

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