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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
最終部 君の隣で歩く僕、僕の隣で笑う君
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第五十二話 Waltz with me 12

 そうして、様々な思考を巡らせつつ永い永い沈黙を耐え忍んでいるうちに、

「君はさ、私のこと、どう思ってる?」と、いよいよ玲さんが沈黙を破ってきた。


「それは、どういう意図の質問ですか」


 しかしながら、先に玲さんの口にした言葉は、僕にとってこれっぽっちも要領を得られないものだった。 相手ぼく自分あきらさんの事をどう思っているのか――僕のはなは曲解きょっかいの過ぎた解釈によると、その言葉に含まれた意味は『自身に対する好意の度合いを聞いている』という答えが出た。


 答えは出たけれども、仮にその解釈がおおむね正しいものだったとして、何故玲さんが僕からの好意の度合いを知ろうとしているのか、これがまるで分からなかった。 だから僕は玲さんからの質問に対する返事をたちまち返す事が出来ず、その質問の真意を知ろうとしたのだ。


「……ごめん、さすがに漠然的過ぎたね。 じゃあ、ちょっと質問を変えるよ。

 君は今日、私とボウリングしたり食事したり散歩したりして、楽しかった?」


 未だに玲さんの真意は分からなかったけれども、次の質問は先のそれよりよほど具体的だったから、


「はい、どの時間も楽しかったですよ」と、今度は間髪入れずにはっきりと答えた。 その答えを聞いた玲さんは「そっか」と淡泊そうに呟いた。


「むしろ僕的には玲さんが楽しんでくれてるのかちょっと心配だったんですけど」と、今度は僕の方から聞いてみた。 玲さんはしばしうつむき気味にもくしていて、それから何かしらの意思を固めたのか、白みかった凍空いてぞらを見上げるようおもむろに顔を上げた。 寒さのせいか、鼻っ面がちょっとばかり赤くなっていた。


「……私もね、すごい楽しかった。 これまで双葉とはよく遊んでたんだけど、昨日以前は理央の事もあったからその事がどうしても頭をよぎって、理央をあんな目に遭わせたくせに自分だけ何をのうのうと遊びほうけてるんだって私の楽しもうとする心にブレーキを掛けちゃってたんだけど、今日はそれが全然無くて、数年振りに心の底から色んな事を楽しめたんだ」


「……」僕は無言で相槌を打った。


「それが嬉しくってさ、童心に帰ったみたいにはしゃいじゃって。 ほんと、今日は私らしくなかったでしょ? ……でも、今日は本当に楽しかった。 この時間が一生続けばいいとさえ思った。 そういう風に心の底から思う事が出来たのは多分――ううん、きっと、君と一緒に居たからだと思う」


 玲さんは小さくかぶりを振ったあと、首を回して僕の瞳をじっと見つめてきた。 その吸い込まれるような奥の深い瞳は、先の沈黙中に感じていた悪寒の一切を取り払ったばかりか、僕の背中にいわれの無い熱量さえ覚えさせた。 僕は生唾を飲み込んで、次の玲さんからの言葉を待った。


「今日でよくわかったよ。 私は君と一緒に居て楽しいし、君の傍に居て安心する。

 ――私はやっぱり、君に好意を持ってたみたいだ」


 僕の心の動揺を現すかのよう、僕の背の木々がまた寒風にあおられてざわついた。 覚えず僕は、玲さんから視線を外した。

 玲さんが、僕に好意を持っている。 すなわち、僕の事が好きだという事。 その彼女からの告白みたような言葉を耳にした途端、僕は背中だけでなく、首筋までもが熱を帯びてくるのを感じ取った。 次第に胸の鼓動が早まって、冷えかかっていた手足の末端に熱い血潮が巡ってくるのが分かる。 おそらく僕は今どうしようもなく、歓喜に満ちあふれているのだろう。


 でもこの歓喜はきっと()の心じゃあなく、ぼくの心がもたらしたそれだ。 ぼくは夏ごろからずっと玲さんに好意を向けていて、その玲さんも僕に好意を向けてくれている。 まさに相思相愛。 ぼくにとってこれほど冥利みょうりに尽きる事は無いだろう。


 ――けれども、僕はぼくの玲さんに対する好意を素直にうけがう事は出来ない。 この世界で呼吸する事すらも嫌気が差し、死をも願ってしまったあの絶望の出来事をて、僕の心から男のかたちの一切が消失してしまった今、僕は女性からの――とりわけ玲さんからの好意を受け取る訳にはいかない。


 何度も何度も繰り返ししつこいと思われようとも、それほどまでに念を押してぼくを力づくで納得させてでも、僕は玲さんを『当事者』にしたくはないのだ。 そしてその僕のかたくなな意思は玲さんもよく知り得ている筈だった。 なのに彼女は彼女自身の僕に対する好意をつまびらかにしてきた。


 一体玲さんは何が目的で、その好意を僕に明かしてきたのだろう。 その好意を聞いた僕の、どういった返答を期待しているのだろう。 それを知らない事には僕も、いくら頑なな意思を宿しているとはいえ『その好意を受け取る事は出来ない』ときっぱり伝える事は出来ない。


 何、今の僕と玲さんの間柄ならば、はばかる事なく互いに心の内をさらけ出す事が出来るだろう。 僕が明確な答えを出すのはそれからでも遅くは無い。 ようやく決意を飲み込んだ僕は、再度玲さんの顔を見据えた。


「……やっぱり(・・・・)っていうのは、玲さんは以前から僕に好意を向けてたって事ですか」


 まず気に掛かったのはその言葉だった。 玲さんの言葉通りの意味なら、彼女はいつの時期から僕に好意を向けていたのだろう。


「うん。 私もいつ頃からそういう風に君を見てたのかは分からないけど、少なくとも二学期の終業式の日に君が私の家に来た時点で既に君に好意を持ってたみたい」


「二学期の終業式というと、その……僕が玲さんにキスしてしまった時ですか」

 僕は照れを隠せずに戸惑いながらそう言った。


「そうそう。 実はあの時、私はどうも君にキスされたかったからああいう思わせぶりな仕草をしちゃってたみたいなんだ。 君の男を試すだなんて建前まで使ってね」


「えっ、そう、だったんですか?」


 玲さんの白状めいた言葉には、さすがに動揺を禁じえなかった。 なるほどあの時、何故玲さんは僕に口づけを誘うような思わせ振りな態度を取っているのかという自らの中に生まれた疑問に対し、いの一番に僕は『僕に対し恋慕の情を抱いているから』という予想を立てた。


 それこそ当時は玲さんが僕みたような男の成り損ないに好意を向ける筈があるまいと、その予想をにべもなく一蹴いっしゅうしていたけれども、よもや今になってその的外れな方向へ向けて放った一本の矢がまさに僕も知らぬ内に正鵠せいこくを射抜いていようとは誰が思うものか。 僕は完全に狼狽ろうばいし、以降言葉を失った。


「うん。 まぁあの時は君もまだ男として古谷さんの事を好きになろうとしてたし、何より理央の件があった私には誰の事も好きになる資格なんて無いって散々自分に言い聞かせてたから、その想いは心の深いところに閉じ込めてたんだ。 でも、君と古谷さんとの関係が終わって、理央へのわだかまりが無くなった今、もうその想いを閉じ込め続ける必要もなくなったのかなって思ってね」


「……」玲さんの言葉に思うところはあったけれど、どれも言葉にはならずに喉元で溶け出した。 玲さんはまだ言葉を続けるようだった。

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