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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
最終部 君の隣で歩く僕、僕の隣で笑う君
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第五十二話 Waltz with me 11

 それから僕たちは更に散歩道を奥へ進み、道途中のカーブになっている付近の山沿いにぽつんと設置されていた一基のベンチを見つけ、「景色も良いし、ちょっとここで休憩しない?」という玲さんの提案から、僕たちはその場所で休憩する事にした。


 目の前には例の湾と繋がっている海が広がっている。 ちょうどその真正面に橋が架けられていて、人や車が適度に往来している。 ベンチの後ろは公園跡の丘のほうに繋がっており、木々が時おり風に吹かれてざわついている様が聴いて取れた。 少し寒さは感じるけれども、くどすぎない潮の香りや、ゆるやかに波打つ海面、それから風に吹かれるがまま散歩道をかさかさと音を立てながらせわしなく走り駆ける落ち葉の数々など、つつましやかな冬の情緒じょうちょが目の前に広がっていて、とても心が落ち着く良い場所だった。


 ただ、休憩するのに手ぶらではお互いに少々手元と口元が寂しいかと懸念した僕は「近くのテニス場に自動販売機があるので、なにか飲み物を買ってきますよ」と進言した。 玲さんは「ありがと。 じゃあ私はあったかいココアで。 無かったらコーヒーでもいいよ」と注文を果たしてから自分の財布を取り出し、百円玉三枚を僕に手渡したあと「君の分もそれで買ったらいいよ」と伝えてきた。


「いいんですか」と、僕は遠慮気味にたずねた。

「昨日から君には貰ってばっかだし、先輩としてこれくらいの面子めんつは立たせてよ」


 そう言われては僕も断り辛かったから、「じゃあ、お言葉に甘えて」と素直に玲さんからのおごりを受け入れた。 そうして目当ての場所で飲み物を購入したあと、僕は再び玲さんの元へと戻り、玲さんにホットココアを渡した。

 

「ありがと。 ……はー、手があったまる」


 玲さんは先ほどの缶を両手に挟み、原始的な火起こしの要領みたく手をゆっくり前後させながら缶のぬくもりで暖を取っていた。 適度に歩き続けてそれなりに身体の方はあたたまってはいたけれども、時節は完全なる冬で、こうして一度立ち止まってしまえば身体の温度は下がる一方だろうから、まもなく失われるであろう缶のぬくもりをありがたがっているのにも共感出来る。 僕も玲さんの左隣に腰を下ろし、彼女がやっていたよう缶で冷えた手をしばし温めた。


「っていうかもう十五時過ぎてたんだね。 早いなぁ」と、玲さんが缶を片手にスマートフォンを見つつ時刻を確認していた。 その時に、玲さんのスマートフォンに付けられていた、僕の夏ごろ贈った例のアクセサリーがゆらゆらと揺れているのが見えた。


 実は昨日の時点でそれが玲さんの携帯電話に付けられている事には気が付いていたのだけれど、自分からそれに関する話題を出すのもちょっと照れ臭く、けれども僕の願っていた通り、玲さんが身の回りの何かにそれを付けてくれていた事は素直に嬉しかったから、昨日はもちろん今もなお、そのアクセサリーが僕の視界に入るたび、僕は嬉々と照れを交々(こもごも)に感じていた。


「洋服屋に一時間くらい居ましたからね。 結局何も買わなかったですけど」

「まぁあれはあれで面白かったけどね。 でも、君にあの服(・・・)試着させたかったなぁ。 絶対似合ってたと思うんだけど」


「いや……あれって完全に女性物の服だったでしょ。 僕が着れる訳ないじゃないですか」

「えー、そんな事ないでしょ。 似合う人には似合うって」


 ――と、しばらく洋服屋での出来事で盛り上がって、次に牡蛎かきの養殖の話になって、それから僕が何気なしに聞いた玲さんの就職先の話で彼女は素直に就職先を明かし、ブライダルプランナーという職種に就くようになったと話していた。


 何でも小学生時分のころに父方の兄妹きょうだいの次女にあたる人の結婚式に参加したらしいのだけれど、その時の披露宴を仕切っていた式場スタッフのこころくばりだったり仕事に対する熱意だったりに心を打たれたようで、その頃から将来は誰かの幸せの手助けを出来る職業に就きたいという思いを胸に秘めていた事から、今の職種に就く事に決めたという。


「――今の時代は家族婚とか身内婚が増えてて、大勢の親類や友人を呼んだ大々的な結婚式を上げる人たちは昔に比べるとかなり減少傾向にあるんだ。 それでも一定層の人たちにはまだまだ需要があるみたいだから、正直将来性のある職種とはお世辞にも言いにくいんだけど、当時小学生だった私にすらも丁寧ていねいに対応してくれたスタッフの優しさが忘れられなくてね。 だから、思い切ってその職種を選んだの」


「そうだったんですね。 僕はてっきり玲さんは大学に行くものだと思ってたので、去年の十月ごろに就職が決まったっていう話を玲さんから聞いた時はびっくりしましたよ」


「確かに大学に進学するのも一つの手だったんだけどね。 親にも散々進められたよ。 でも特に私の興味を引くほどの専攻したい分野も無かったし、何より学費も安くはないし、それならいっそのこと、私が小さい頃から興味を向けてたブライダル関連の職業に就いてやろうって思い立ってね」


「なるほど。 僕にはそういう昔からあこがれてた職業とかは無かったですし、仮にあったとしても、小さい頃からの夢や憧れを追い求めるってとても難しい事ですから、それを実際に叶えられる玲さんはすごく素敵だと思います」


「ありがと。 そう言ってもらえると何だか嬉しいよ」


 ――そうした会話を続けていて間もなく、先ほどまでの互いの饒舌じょうぜつさは何処どこへやらと言ってしまいたくなるほどの唐突な沈黙が訪れた。 行きの電車内も、ボウリング中も、昼食中も、洋服屋に居る時も、玲さんとの会話がここまで露骨に途切れた事は無かった。 だからだろうか、まさに今の今まで玲さんと温め続けていた場の空気が、途端にてついてしまったかのような感覚に襲われた。


 覚えず背筋にぞくりと悪寒が走る。 正面の海の方から吹いた寒風が、僕たちの背のほうに立っている木々をざわざわと揺らした。 そのざわめきすらもそのうちんで、辺りはしんと静まり返った。 僕たちの沈黙が指でなぞれるほどに輪郭りんかくをはっきりとしてゆく。 間が持たない。 場を持たせる最終手段として残していた缶の残りを飲み干し、僕は完全なる手持無沙汰におちいった。


 そもそも玲さんも何故ここまでかたくなに沈黙をつらぬいているのかといぶかしみ始める。 ひょっとすると僕との時間がつまらなくなってしまったのだろうかという弱気が僕の心を容赦なく締め付けてくる。 よもや今更僕の『男』を試す為に玲さんがまた何やらたくらんでいるのではないかしらと、弱気の思考はあらぬ方向へかじを取り始めた。

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