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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
最終部 君の隣で歩く僕、僕の隣で笑う君
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第五十二話 Waltz with me 9

 昼食を終え店を出た後、僕たちはしばし先の店付近で次にどこへ行くかを検討していて、ああだこうだと案を出しているうちに、このマフラーを購入したという洋服屋を見てみたいという要望を玲さんが出してきて、その場所は駅前にあり、現在地からも近しい距離に位置していたから、そういう事ならばと僕は玲さんを連れて例の洋服屋へと足を運んだ。


 その場所で僕たちは互いに似合いそうな服装などをすすめ合いつつ一時間ほど過ごした。 けれど結局僕も玲さんも何も買わなかった。 ひょっとしたら玲さんは僕にプレゼントの返礼の品を選ばせるつもりでこの店に来たいと言ったのかも知れないと思うと、ちょっと申し訳なくなる。


 そうした後ろ暗い念を抱きつつ、次はどこへ行こうかという話になって、少し時間は経過してしまったけれど、食後の運動も兼ねて僕の通っていた中学校方面へ散歩に行ってみませんかと僕が提案すると、玲さんは「うん、行こ行こ」と乗り気で承諾してくれたので、僕はその方面に歩を進めた。


 駅から主要道路に沿って南西へと下ってゆくうちに、市街地の中に一つの湾が現れる。 湾内はボートパークも兼ねており、小型船舶せんぱくが数十ていほど停泊している。 この湾はやや市街地にはいり込んだ地形をしており、波の影響の受けにくい穏やかな湾という事もあって、冬期には大きく白い額板が特徴的なオオバンや、深い朱色の頭のホシハジロ、濃い緑の頭をしたマガモなどの渡り鳥が越冬の為にこの湾を訪れる。


 その湾の道沿いを真っすぐ進んで突き当りの手前で右に折れ、ゆるやかな坂を抜けると、僕の中学時代に通っていた中学校が姿を現す。 校門は真反対側だけれど、その場所からでも校舎や運動場は一望出来る。 設立は一九四七年(昭和二二年)と記憶しているから、それなりに歴史のある学校なのだろう。


「君はこの中学校に通ってたんだ」

 歩みを進めつつ道路沿いから校舎や運動場を見渡しながら玲さんがそう言った。


「はい。 あまり良い思い出は無いですけどね」と僕が自虐の気味でそう言うと、玲さんは「もう地元の同級生とかにはまったく会ってないの?」とたずねてきた。


「そうですね。 もともと胸を張って友達と呼べる人なんて小中学時代には一人もいませんでしたし、僕の性質が発覚した後は言うまでも無く男女ともに僕に近づきさえしてこなかったので、たまに駅付近で見知った同級生の顔を見かけたりはしますけど、向こうも僕にぜんぜん気が付いてなかったり、気が付いて目が合ったとしても何も言ってくる気配は無かったので、きっと僕っていう人間を心底嫌ってるか、はなから興味を持ってないんでしょうね」


「そっか」と、玲さんは少し寂しそうな横顔をのぞかせながらそう呟いた。 きっと僕の心情を察してくれているに違いない。


「けど、たとえ地元の同級生が今も僕をそういう目で見てたとしても、別にそれでいいんです」と僕が言うと、玲さんは僕の方に首を回して「どうして?」と言いつつじっと見つめてきた。 僕の諦観染みた言葉の真意が気になったのだろう。


「確かに、地元の同級生との繋がりがまったく無いのは勿体ないとは思います。 小中学校来からの親友は成人してからもずっと良い関係が続くっていう話はよく耳にするので、そういう関係を今の時点で失くしてしまってる僕は他の人と比べると人とのつながりが薄いのかも知れません」


「……」玲さんは何を言うでもなく無言でうなずいていた。


「でも今は、胸を張って友達だと言える人がいます。 入学して間もない頃に声を掛けてくれた男気のある竜之介、ちょっと騒がしくて落ち着きがないけど傍にいると元気をくれる明るい三郎太、自信が無いと言いながらも自分の信じたものにはとことん積極的になれる芯の強い古谷さん、臆することなく誰とでも気さくに話せていつも場を温めてくれる陽気な平塚さん。 その四人ほど親交は深くないですけど、普段から僕に声を掛けてくれるクラスメイト。 そして最後に、僕をここまで変えてくれた、僕の人生にとって一番大切な人――玲さん。 この関係さえあれば僕は今更地元の同級生との関係なんて望みません。 僕は今の関係だけで幸せですから」


 きっぱりそう言い切ったあと、僕は玲さんの顔を見た。 けれど彼女は僕と目を合わせた途端にはっと我に返ったような素振りを見せたかと思うと、マフラーを鼻先まで目深に被った上で僕から目を反らした。


 何か後ろめたくさせてしまうような言葉を吐いてしまったろうかと心配になった僕は「玲さん?」と彼女にたずねた。 すると玲さんは「……あのさ」とマフラー越しのこもった声で何かを言おうとしていた。 僕は「はい」とだけ応えて後は黙っていた。


「何で君は真顔でそういう事を平気で言えるのかな」

 玲さんの口調はどこか不機嫌そうにも聞こえた。


「えっ、いや、別に冗談のつもりで言ったんじゃないんですけど」

 何だか玲さんを怒らせてしまったような気がした僕は、咄嗟とっさに弁明に走った。


「じゃあどういうつもりで私が君の人生にとって『一番大切な人』だなんて言ったのさ」

 玲さんは足を止めてじっと僕の顔を見つめてくる。 底の見えないその深い瞳はまったく僕の瞳をとらえていた。 これは誤魔化しが利かないと悟った僕は、


「僕の心の中でずっと思ってた事をそのまま言ったつもりです」と、真面目な口調で素直に白状した。


「……はぁ。 ほんっと、君の生意気なところはぜんっぜん変わんないんだから」とあきれ返った物言いをしたあと、玲さんはまたマフラーを目深に被った。 先ほどから玲さんはしきりにマフラーで口元を隠そうとしている。


 無意識のうちに口元を隠す行為は、なにか知られたくない事柄があるだとか、何かしらの嘘を付いている時に相手に表情を読み取られないようにする心理が働いてしまうがゆえに起こる行動だと耳にした事があるけれど、だとすると玲さんは今、僕に知られたくない、もしくは僕に何かしらの嘘を付いているというのだろうか。


 玲さんは僕の率直な返答に対して自分の思った事をそのまま口にしているようだから、嘘を付いているという線は薄い。 となれば必然的に前者の知られたくない『何』かを持ち合わせている事になる。 玲さんは今僕に何を知られたくないのだろう。 語勢は強いのに、表情は見られたくない。 コインの裏表。 素直じゃない。 天邪鬼あまのじゃく。 ことによると玲さんは今――


「ひょっとして玲さん、照れてるんですか」

「~~っ! バカっ! 照れてなんかないからっ! あーもうっ! どうして君はそこまで変わったっていうのにその生意気なところはぜんぜん改善されないのさ! 直すとしたらまずそこでしょうがっ!」


「ちょっ、いたっ! 玲さん?! 待って……痛っ、普通に痛いですよそれっ!」


 どうやら僕の推察は的中したようだった。 しかし正鵠せいこくを射られたからなのか、玲さんは平手で何度も僕の身体や腕をはたいてきた。

 それからはたき疲れたのか、少し息をあららげながら例によってマフラーを目深に被った後、こもった小声で「……ばかっ」と僕に対する罵倒ばとうを数度繰り返していた。


 ちょっとからかいの気味で玲さんの心情をあばいてしまった事は僕にも非があるけれど、素直に本心を晒したのに馬鹿馬鹿とののしられてしまうのはちょっと理不尽だと思った。 そして、いくら僕の環境に対する本心を晒したとは言っても、照れ臭さを隠す為にマフラーで口元を隠したり図星をつかれるとムキになって少し攻撃的になる玲さんを可愛いなどと思ってしまっている僕の玲さん個人に対する本心はさすがに本人の前で口に出来る筈が無い。

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