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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
最終部 君の隣で歩く僕、僕の隣で笑う君
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第五十二話 Waltz with me 8

 それから玲さんはクーポンをテーブルに置いたあと、顎に手を添えながらクーポンを眺めつつうんうんうなっていた。 もう一押し説得してやろうかとも思ったけれど、こうしてうんうん言いながら悩みあぐねているという事は、少なくともクーポンを使用するという選択肢が玲さんの思考にあるという事だろうから、下手に横合いを入れるよりはクーポン使用の可否を完全にゆだねていた方が玲さんも納得するかと思い、敢えて僕は口を挟まなかった。 そうして、玲さんの唸りが聞こえなくなった頃、


「……じゃあ、お言葉に甘えて、これ使わせてもらってもいいかな」と、玲さんがどこか後ろめたそうに言って来た。


「はい、僕も使うので遠慮なくどうぞ。 玲さんはカキフライ定食でいいですか」

「うん、それにするよ。 君は何にするの?」

「僕は焼き牡蛎定食にします」

「焼き牡蛎なんてのもあったんだ。 それもおいしそうだね」

「良かったらカキフライと焼き牡蛎一つを交換しますか」

「お、いいね。 そういう食べ比べ好きだよ」

「じゃああとで交換って事で。 飲み物はどうしますか」

「私は水でいいかな」

「僕も水でいいので、それじゃ注文しますね」と確認してから、僕はテーブル上に置かれていた呼び出しベルを押し、まもなく現れた店員に先の注文を通した。


「――でも、クリスマスプレゼントといいクーポンといい、何か君にばっかり貰っちゃってる気がするなぁ」

 注文した品が来るまでのあいだ、玲さんはテーブルに肘をもたせ掛けて頬杖を付きながらそう言いつつ、今にも溜息を吐きそうなちょっと浮かない顔をのぞかせていた。


「僕がこれまで玲さんに助けられてきた分を今お返ししてると思ってくれれば」

「だからそれは私も同じだって言ったじゃん」と玲さんは少し語勢を強めながら僕を真顔で見据えてきた。


 僕は全然そうは思っていないのだけれど、玲さんにしてみれば僕の存在によって彼女自身が救われたと言っていたから、僕が恩返しとして一方的に玲さんへほどこしを与えるのは彼女にとってどうにもむずがゆく感じてしまうようだ。 かと言って玲さん本人が僕に恩義を感じている以上『玲さんが僕に恩義を感じる必要など無い』などとは言えるはずもなく、返答には少し困って、僕は玲さんから目を反らしながら頬を掻いてその場を誤魔化した。


「っていうか、欲しいもの(・・・・・)はそろそろ決まったの?」

「えっ、いや、その……まだです」


 僕はたじたじになりながら答えた。 先に玲さんの言った欲しいもの(・・・・・)という語句は、僕が玲さんに贈ったクリスマスプレゼントの返礼として彼女もなにか僕に贈りたいという提案を明示した時に出たもので、玲さんが言うには、彼女が僕の地元を観光しているうちに僕の欲しいものを決めておけとの事だった。


 しかし一概に欲しいものと言われてもたちまちあれが欲しいこれが欲しいという案が出てくるほど僕もとりわけ欲が強いという訳でもなく、だからこそ、行きの電車内で答えをせまられた時も、ボウリング場で再度答えを迫られた時も、じっと目を見つめられながら答えを迫られている今この時でさえも、僕は玲さんの満足の行く答えが出せないでいたのだ。


「もー、こういうのは遠慮したら損だよ?」と玲さんは人生の先輩然としてそう語っている。 先ほどクーポン一つ使うか使わまいかであれだけ悩みあぐねていた人の言う台詞かと、ちょっと笑いが込み上げてきたけれど、玲さんがあまりに真面目な顔をして語っていて、今笑ってしまうとお小言が飛んでくる事は目に見えていたから、僕は何とか笑いをこらえつつ、玲さんの言葉を受け入れている風な態度を取っていた。


「まぁ最悪今日中じゃなくても近いうちに決めてくれたらいいから、しっかり考えててね」

「……はい」この件はしばらく悩みの種になりそうだと、食事前だというのにちょっと胃がもたれるような感覚を覚えた。


 それから話頭を転じてしばし閑談を繰り広げている内に、注文した品が同時に二つやってきた。 ご飯、味噌汁、漬物、おひたし、焼鮭、そして定食のメインである焼き牡蛎がきは都合五つ皿に乗せられていて、まさに焼きたてだったのか、殻と身から湯気が立ちのぼっていた。


 玲さんのカキフライ定食の配膳も僕のものとほぼ同じ構成で、そちらのカキフライも都合五つ盛られていたようだった。 隣の芝は青いという話じゃあないけれど、焼き牡蛎ももちろんおいしそうではあるけれども、こうして玲さんのカキフライを眺めていると、そちらの方が断然おいしそうに見えてきてしまった。


「焼き牡蛎の方もすごいおいしそうだね」

 玲さんも僕と似たような事を考えていたようだった。 それから僕たちは揃って食前の挨拶あいさつを果たしたあと、約束通り互いの牡蛎を一つ交換し、食事を始めた。 まさに今が旬だという事もあって、牡蛎の身は大きく味もしっかりしていて食べ応えは十分だった。 玲さんの方も「あれ、牡蛎ってこんなにおいしかったっけ?」と、改めて牡蛎の味に舌鼓したづつみを打つほど感動していた。 そうして時おり談笑を交えつつ、僕は牡蛎の味と玲さんとの楽しい時間とをたっぷり堪能した。


「――ふー、さすが定食なだけあって食べ応えあったね。 ごちそうさま」

 僕より先に食べ終えた玲さんが食後の挨拶をしている。 僕も少し遅れて食べ終えて「ごちそうさまでした」と手を合わせて言った。


「玲さん、久しぶりの牡蛎はどうでしたか」

 食事を終えて互いに一息ついていた最中、僕は玲さんにたずねた。


「うん、最高だったね。 月に一度くらいは食べに来たくなるくらい」

「気に入ってくれてよかったです。 季節は限られますけど、またこの地域に来た時はぜひ食べに来てください」

「そうだね、次は違うものも食べてみたいなぁ。 牡蛎ペペロンチーノとか」


 そうした食後の会話をほどほどに続けたあと、そろそろ店を出ようかという話になって僕たちは店を出た。 父から貰ったクーポンのお陰で玲さんとのランチは思った以上に充実したから、家に帰ったら父にお礼を言わなければならない。 ただ、何でもかんでも恋愛に絡めようと的外れな詮索をしてくる母の事もあるから、食事の相手が女性あきらさんだったなどとはもちろん素直に言うつもりはない。

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