第五十二話 Waltz with me 6
僕がまず玲さんを連れて行ったのは、地元のボウリング場だった。 その昔はボウリング場の看板とも言える巨大なピンがあちらこちらに視認出来るほどボウリング場が建てられていたらしいけれど、今では総合遊戯施設の中の一つの遊戯としてのイメージが強く、ボウリング単体の遊技場は昔に比べて減少傾向にあると父から聞いた事がある。
そして僕の地元にあるボウリング場はまさに現在進行形で減少傾向にあるボウリング単体の遊技場で、商売繁盛というほど栄えているようには見えないけれども、少なくとも父の学生の頃から既に建てられていた店らしいから、きっと店を継続してゆけるだけの客足はあるのだろう。
「ボウリングとか小学校以来かも」
「僕は高校に入ってから三郎太とかに連れられて何度か行きましたね」
カウンターでボウリングシューズを借用した僕たちは、店員に指示されたレーンでそうした会話を交えつつ靴を履き替えていた。 動きやすいよう、僕たちは互いにコートも脱いでいた。 他のレーンを見渡してみると、既に数組の客がボウリングをプレイ中のようで、勢いよく投げられた球がピンにぶつかり弾けるあの独特で軽快な音があちらこちらで鳴り響いていて、僕のボウリングに対する意欲を湧き立たせて来る。 靴を履き終えたあと、僕たちは自分の投げる球を選びに行った。
「これってどれくらいの重さがいいのかな」と玲さんが訊いてくる。
「この表示に目安みたいなものが書いてますよ。 えっと、女性向けが九ポンドから十一ポンドみたいですね」
「ポンドって言われても正直重さ分かんないよね。 キログラムで言ってくれたら分かりやすいのに」
「まぁボウリングっていう競技を世界に広めたのがアメリカらしいですし、仕方ないと言えば仕方ないですけどね」
――などという重さの単位の不統一に不満を漏らしながら、僕たちは自分の投げる球を選んだ。 玲さんは十ポンド、僕は九ポンドの玉を選んだ。 玲さんには「何で私より君の方が軽い球選んでるのさ」と冗談っぽく言及され、以前ボウリングをした時に、プロ向けの重量である十六ポンド(約七.三キログラム)を使用した方がストライクが出やすいなどという三郎太たちの口車に乗せられたまま四ゲームほどこなした結果、数日間指の筋肉痛に悩まされてペンを握るのさえ苦労した苦い経験があるから、今回は比較的軽い球を選んだと玲さんに明かした。 玲さんはその場で噴き出し笑いを呈していた。
それから自分たちのレーンに戻ると、ボウリングのスコアを表示する上部モニターにはすっかり僕たちの情報が載せられていたのだけれど、僕はその時に目を疑った。 実はカウンターに赴く前、レーンのモニターに表示させる名前を玲さんが専用の紙に記入して提出していたのだけれど、今モニター上には玲さんの名前が『アキラ』で、僕の名前が『ユキ』と表示されていた。
「あれ、玲さんって僕の下の名前知ってますよね」
ひょっとすると古谷さんみたいに僕の名前を勘違いしているのかと思ったから、僕は玲さんにやんわり問い質した。
「うん、知ってるよ。 優紀でしょ?」
しかし玲さんはあっけらかんと僕の正しい名前を口にした。
「だったら、あのモニターに表示されてる名前は何なんですか」
僕はもやもやしながら上部モニターを指差した。
「何って、私の名前と君の名前だよね」
どこまで本気なのか、玲さんは自分が正しいと言わんばかりの物言いをしている。
「いや、まぁ、それはそうですけど。 っていうか絶対わざとでしょ玲さん」
「あ、バレちゃった?」
「逆にどうしてバレないと思ったんですか……」
「いやーごめんごめん。 でも何かこっちの方がかわいいなーと思ってね」
「かわいいって……もう、これじゃあ他の人が見たらぱっと見どっちの名前が男か女か分かんないじゃないですか」
『アキラ』と『ユキ』――何の情報も無いままにどちらの名前が女かと問われれば、僕は間違いなく『ユキ』を選ぶだろう。
「ん、どっちも女でしょ」
「えっ」
「――なんてね。 あっ、もう始められるみたいだよ。 えっと、スタート押して……よし、まずは私からね。 うまく投げられるかなぁ」
玲さんは散々僕を掻き回すだけ掻き回しておいて、自分の投げる番だからと球を持ってアドレスに入り始めた。 まったくこの人の言動は未だにどこからどこまでが本心なのか分かったものじゃあ無い。 そういう安易に人柄を読ませない掴みどころのない性格も、私が彼女を好きになった要因でもあるのだけれども。
「やったやったっ! 初っ端からストライクっ!」
そして、嬉しい事に対しては子供のようにはしゃいでしまう無邪気さも。




