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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
最終部 君の隣で歩く僕、僕の隣で笑う君
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第五十二話 Waltz with me 4

「昨日あれだけ降ってたのに、ほとんど積もってなかったみたいですね」

「ね。 でも日陰とかにはまだ残ってるみたいだよ。 ほら、あそことか」


 駅までの道のりの途中、僕たちは昨日の雪の具合について語りながら歩みを進めていた。 玲さんの指を差した方を見てみると、まだ太陽の差していない道路沿いのへいの影にまだうっすら解け切っていない雪が残っていた。


 昨日の雪の降り具合から、今朝はカーテンを開けたら一面雪景色かと心をおどらせていたのだけれど、道路のほうは完全に解け切って湿っている程度だったから、きっと夜中のうちにんでしまったのだろう。 積もりに積もった雪を見てはしゃぐ玲さんの子供みたような可愛らしい姿が見られるものかとひそかに期待していただけに、ちょっと残念だった。


 それにしても、玲さんと肩を並べて二人きりで往来を歩くのは何時いつ振りだろうか――ひょっとしたら、梅雨時に玲さんを学校から彼女の家へ送った時が最初で最後だったかも知れない。 あの時も学校内の何者かに傘を盗まれてしまった玲さんを僕の傘の防雨下に置いて彼女の自宅へ送り届けるという理由があったから、こうして完全なるプライベートで玲さんと肩を並べて歩くのは初めてだろう。 そう思うと、玲さんの隣で歩いているのが僕でいいのだろうかという妙な弱気が僕の足を重くしてくる。 同時に緊張も走った。


 そしてこれは世間一般でいうところの『デート』ではなかろうかとも、思い上がりもはなはだしい自惚うぬぼれた思考すら浮かんできた。 何だか僕の心はふわついている。 その心はおそらく玲さんと二人きりで出かけられる事を喜んでいるからこそのふわつきなのだろうと思う。


 正直に言ってしまうと、ぼくは今も玲さんの事が好きだ。

 玲さんのどこが好きなのかと問われると、返答には参ってしまう。 その返答に対する困惑も別に玲さんのどこが好きなのか分からないといったような優柔不断が原因ではなく、むしろその真逆で、好きなところがあり過ぎるからこそ、何から伝えていいのやら迷ってしまうのだ。


 ぼくの事を知ってもなお変わらず僕と接してくれる闊達かったつなところ。

 目上の先輩として頼りになるところ。

 誰にでも平等に明るく接するところ。

 女性にしては背が高く、脚が綺麗なところ。

 遠目からでも分かるほどまつげの長いところ。

 唇の瑞々(みずみず)しく柔らかそうなところ。

 意地っ張りのくせに、一度照れると顔を赤くして取り乱してしまうところ。


 ――ほんとうに、玲さんの好きなところを羅列し始めたらキリがない。 これほどまでに好意を向けている相手と一緒になれたら、一体どれほどまでに幸せを感じられるだろうか。 それはおそらくぼくにとって最上級の慶福けいふくとなりるだろう。


 けれども僕は、その恋を実らせる訳にはいかない。

 昨日は玲さんの過去に触れて色々と感傷的になっていた事と多少の夜更かしをしていた事も相まって思考が鈍くなり、ぼくを受け入れてくれる玲さんの前ではもっと僕も素直になるべきなのだろうかという安直な思考が脳裏をよぎっていたけれども、いま早朝のえた頭で改めてあの時の思考の是非をあらためてみると、それは完全に僕の我儘わがままだという率直な断定が下された。


 そう、昨日の思考はあくまで僕自身の気持ちのみが先走って優先され、玲さんの気持ちがまるで考えられていなかったのだ。

 僕は玲さんだけは当事者にしたくない――この思いは、玲さんという女性と出会って間もなく僕の心に定着したかたくなな決意だ。

 好きだからこそ、自分と同じ道を歩ませたくはない。 日陰を歩くのは自分だけで充分だ――今ならば、玲さんからの別れ話をこころよく受け入れた理央さんの殊勝しゅしょうな想いも理解出来る気がする。


「ん、さっきから黙ってるけど、どうかした?」

 急に黙りこくっていたからなのか、玲さんがちょっと心配そうにいてくる。


「……いえ、玲さんを何処へ連れて行ってあげようかと考えてたところで」

 まさにいま隣に歩いている玲さんの事を深く考えていましたなどとは言えたものでは無かったから、僕はそれらしいうそぶきでその場をしのいだ。


「ふふっ、そこまで考えてくれてるんだったら期待してるからね」と言いつつ、玲さんは白い歯をのぞかせながらにんまりと笑った。 この屈託くったくのない笑顔も、ぼくが玲さんへの好意を形成する『好き』の一つだ。 この笑顔を壊してしまうくらいなら、僕は一生玲さんと恋仲になどなれなくていい。 日の当たらないかげに残り続け、誰の目にも触れずに人知れずひっそりとその身を溶かすユキは、僕だけでいい。

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