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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
最終部 君の隣で歩く僕、僕の隣で笑う君
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第五十二話 Waltz with me 3

 玲さんが部屋に戻ってきたのはそれから数分後だった。 僕の頭と顔の熱を下げ切るにはその数分間は十分過ぎるクールタイムだった。 もちろん言うまでも無くマフラーは外してテーブルの上にたたんで置いていた。 それから先の訪問者について玲さんが簡単に説明してくれて、彼女の父方の妹にあたる親戚だといい、家が農家をしているから定期的に米や野菜を持ってきてくれるらしく、たまたまその定期が今日だったという訳だ。 僕は改めて心の中でその親戚の人に対し感謝の意を評した。


「毎回家にまで運んできてくれるって優しいですね」

「ほんとね。 お米の方はもちろんお金を払ってるって言ってたけど、野菜の方は完全にサービスだってお母さんが話してたから、他のところで色々贈り物とかしてるみたい。 私にもすごく優しくしてくれるから私もその人のこと好きなんだ」


 互いに成人し家庭を持ってからもなお、そうしたきょうだい間の繋がりを持てるというのは素晴らしい事だと思った。 僕もいずれは兄たちとそういう繋がりを持つのだろうかと遠い未来を想像しながら、僕は玲さんとしばらく談笑を繰り広げた。


「――そういえば、君は今日これから予定とかあるの?」


 ほどほどに閑談かんだんを繰り広げたあと、卒然と玲さんがそうたずねてきた。


「いえ、特には。 玲さんこそなにか予定があるんじゃないですか?」

「ううん、私も君と同じ。 君さえ良かったらこのまま家でゴロゴロしたりしててもいいけど、せっかくだからどこか外に遊びに行きたいよね。 まだ九時過ぎだし」


「それもそうですね。 この辺ってどこか遊べるところとかあるんですか」

「んー、実はこの辺、あんまりそういう施設無いんだよね」

「へぇ、この辺ってなんか結構さかえてるイメージありましたけど」


「いやいや、町の中心にちょっと大きい商業施設があるくらいで、未だに市内にまともな家電量販店も無いくらい田舎だよここ」


「そうだったんですね。 じゃあ、ちょっと電車で遠出して別の街に行ったりしてみますか」


「それもいいけど、私ほとんど他の街に遊びに行ったりしないからどこに何があるのかとか全然分かんないよ」


「なるほど、僕も似たような感じですね。 どうしましょうか」

「どうしようね」


 ――などと、しばらく今日の予定についてあれこれと決め兼ねていると、「あっ、じゃあさ、いい機会だから君の地元でも私に紹介してくれない?」と、まるで膝を打ったかのような名案の如く、玲さんがそう提案してきた。


「僕の地元ですか」

「うん。 一度は行った事あるけど、あの時は駅に着いた時点でもう日が暮れる寸前だったし、君の家を見つけるので精いっぱいで観光なんてする余裕も無かったから、今度は落ち着いて見てみたいなーと思ってね」


 そう言われて、そう言えば玲さんが僕の地元に来た事があったのを思い出した。 あの時の玲さんは、完全に傷心していた僕を立ち直らせる為、僕の家の場所すら知らなかったはずなのにわざわざ放課後から遠方よりはるばる僕の家へ足労してくれた(どうやって僕の家を見つけたのかは未だ謎のままで、玲さんは本当に探偵になれるんじゃないかしらと強く思わされた)。

 その恩義は今でもひしひしと感じているし、その恩を未だに返せないでもやもやしていたから、先の提案は僕が玲さんから受けた恩義を幾何いくばくかでも返せる良い機会なのではと思った。


「紹介っていうほど僕の地元も栄えてはいないですけど、それでよかったら僕が色々案内しますよ」


「ほんと? んじゃその線で決定って事で。 電車って十時何分のやつがあるのかな」

「ちょっと待ってください、調べます――えっと、十時四分発のがありますね」

 僕はスマートフォンで最寄り駅の時刻表を確かめた。


「今から三十分後か、いろいろ準備するにはちょうどいい時間だね。 それじゃ私も支度してくるから、君も時間までに家出る準備だけしておいてね」と伝えられ、僕が「わかりました」と返事すると、玲さんは部屋の洋服箪笥(だんす)から服を選び始めたかと思うと、たちまち目当ての服を選んで手に持ち、そそくさと部屋を出て行った。 きっと別の部屋へ外行き用の服装に着替えにいったのだろう。


 何なら別段着替えを必要としない僕が部屋を出ていればよかっただけの話だったから、玲さんに気を遣わせてしまったようで少しばつが悪くなった。 ふとテーブルに目をやると、先に食した朝食用の皿やらマグカップやらが目に付いた。 僕の外出の段取りはほぼ済んでいるようなものだったから、彼女に気を遣わせてしまったお詫びではないけれど、今のうちにこの食器類を洗っておこうと思い立ち、お盆の上に食器類を乗せて台所へと向かった。


 勝手知ったる他所よそ様の台所――ではないけれども、昨日の夕飯の片づけの際に洗剤やスポンジなどの場所は把握していたから、洗い物自体はとどこおりなくすぐに終わった。 一階では物音はしていなかったから、玲さんはおそらく二階の何処かの部屋で着替えをしているのだろう。


 ふと居間にあった掛け時計で時間を確認すると現在九時四五分。 玲さんの家から最寄りの駅までは徒歩五分だから、残す時間はあと十五分程度。 十五分と聞くと結構長く感じてしまうけれど、迫りくる時間においての十五分なんて割とあっという間だから、僕もそろそろ出発の準備は済ませておかなければと思い、また玲さんの部屋に戻って自身の荷物をまとめ始めた。


 そうしている内に着替え終えた玲さんが部屋に現れた。 服装は昨日の私服に近い格好と色合いで、トップスのニットセータ―のみ明るめな白色のものを着ていた。 加えて今日は外へ出る為か、ももあたりまですそのある黒のコートを羽織っている。 それから「もう出発の準備は大丈夫?」と玲さんが聞いてきたから「僕は大丈夫です」と答えた。


「んじゃちょっと早いけど家出よっか」と言いながら、玲さんはテーブルの上に置いていた例のマフラーを手慣れた手つきで首に巻き終えたあと、僕と一緒に部屋を出た。 それから僕の前で階段を下りていた玲さんをちょっと眺めた。 コートの黒とマフラーの薄紅色、色合い的に不釣り合いに思えるけれど、何だかそのミスマッチがアクセントになって、玲さんという人をより引き立たせているように見えた。


「忘れ物とかは無い?」と、玲さんが靴を履きながら玄関先で聞いてくる。

「さっき部屋で確認したので大丈夫です」

「おっけー。 それじゃ行こっか」


 そうして僕たちは家を出た。

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