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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第五部 太陽は月を照らして
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第五十一話 The light called ”you” 5

 手紙を最後まで読み切った後、僕は自分の頬に涙が流れている事に気が付いた。

 結局、玲さんの懸念していた手紙の内容は長年彼女の予想していたものとはまるで真逆のもので、自身を死に至らしめる直前に書いた手紙だとは到底思えないほどに玲さんの事を第一に想った理央さんからのあつあつい手紙だった。


 文章の中には理央さんが自身の性質にずっと悩み続けていた事も書かれていて、僕は覚えず理央さんと僕の境遇を重ねてしまっていた。

 もし、理央さんが今も生きていたら、理央さんと僕はお互いに良き理解者になれていたのかもしれないと思うと、締め付けられるように胸が苦しくなる。

 もし、僕が玲さんと出会っていなかったら、僕も理央さんと同じ末路を歩んでしまっていたのかもしれないと思うと、今僕がこうしてこの世界で呼吸をしている事でさえ奇跡のたぐいか何かのように思えてしまう。


 途中、理央さんが手紙の執筆中に涙を流したという文面を見てまもなく、手紙の下部のほうに水に濡れた後に乾いてしわになったような部分を見つけてしまったから、理央さんは本当に心をめてこの手紙を書いていたのだろうという情景が目に浮かんだ。


 そして手紙の最後に書かれていた英文は本場さながらの筆記体で書かれていて、しかし読み取れなかった訳ではなく、意味合いとしては上から順に『さようなら! 私の親友』『さようなら! 私の初恋』『あなたは私の光だった』といったところだろう。 それらの言葉を含めて理央さんが如何いかに玲さんの事を想っていたのかが痛切に伝わったし、理央さんの置かれた境遇を自分と重ねてしまったからこそ、僕は僕も知らぬ内に涙を流してしまったに違いない。


「……え、どうしたの?」


 軽い嗚咽おえつが聞こえてしまったのか、手紙が見えてしまわないよう正面からやや左の方を向いていた玲さんがこちらに首を回して心配そうに僕の状態を確認してきた。 僕は手紙を一旦折り畳んでからテーブルの上に置き、「ちょっと感情的になってしまって」と答えてから指で涙をぬぐった。


「感情的に? もしかして、やっぱりその手紙は私への恨みが――」

「いえ、その逆です。 この手紙は、玲さんの思っているような恨みや辛みが書かれた手紙なんかじゃ無かったですよ」

「……!」


 僕から手紙の内容の方向性を耳にした玲さんは、そんなまさかと言ったような気味で、しかし何を言うでもなく目を見開いてひどく驚いた顔をのぞかせていた。 玲さんがそうした態度を取ってしまうのも無理は無いだろう。


 玲さんは理央さんからの手紙を受け取ってから今日こんにちまでの数年間ずっとその手紙の内容が『理央さんからの恨み辛み』だと思い込んでしまっていたのだから、その思い込みとはまるで真逆の内容がそこに書かれていたと知った衝撃たるや、僕などでは想像もつかないほどに今、玲さんの思考は困惑を極めている事だろう。 だから今はまだ、玲さんに理央さんからの手紙を読むよう勧める訳にはいかない。 僕は玲さんから何かしらの反応が出るまで待ち続けた。


「ほんとに、そうだったの?」

 やはりにわかには信じられなかったのか、玲さんはうたぐり深く手紙の内容について僕に問いただしてくる。


「はい。 僕が目を通した限りでは、理央さんが玲さんの事を悪く言っている場面は一つも無かったですよ」


「……嘘じゃ、ないんだね」

「こんな時に玲さんを傷つけるような嘘をつくほど、僕の人間性は腐っちゃいないですよ」

「――わかった。 じゃあ、私も読ませてもらうよ」


 ついに決心を固めたのか、玲さんはそう言ったあと、テーブルの上に置いていた理央さんの手紙をおもむろに手に取り、自身の体のそばに寄せた後、意を決したかのよう折り畳んであった手紙を開き、内容をあらため始めた。 手紙自体は短かったから玲さんも終わりまですぐ読んでしまうだろうけれども、彼女が手紙を読み終えるまでの間、僕は手持無沙汰におちいった。


 当然、玲さんは何を語るでもなく、黙々と手紙を読み続けている訳で、僕の耳に入ってくるのは聞き慣れた掛け時計の秒針の音のみ。 少し空気が重い。 何か気をまぎらわすものがないかと辺りを見回してみると、ふと手紙の入っていた封筒に目が付いた。 そうしてそれをしばらく眺めているうちに、僕は封筒の違和感に気が付いた。


 僕はてっきり封筒に入っていたのは手紙のみだと思っていたけれど、今改めて封筒を見てみると、封筒の中央辺りから底にかけて、何やら封筒の色が濃くなっている。 どうやら、封筒に手紙以外の何か(・・)が入っているようだった。


 玲さんは未だ手紙に集中している。 僕が封筒に手を掛けたところで玲さんの集中力に影響は及ぼさないだろうと踏んだ僕は、しかし成るたけ音を立てないよう慎重に封筒を自分の手元に引き寄せ、そうして、封筒の中に入っていた何か(・・)を中から滑らすように取り出した。


「……」


 ――中から出てきたのは、一葉の写真だった。 そして僕はその写真の構図に心当たりがあった。 心当たりもあって当然だ。 その写真の構図は、今まさに僕が玲さんから聞き終えた彼女の中学時代の話の中で、入学式の際に玲さんと理央さんが二人肩を並べ合い密着した状態で理央さんのスマートフォンで自撮りしたという、あの(・・)写真の構図に酷似こくじしていたからだ。


 理央さんが何故手紙と一緒にこうした写真を添付てんぷしていたのかは僕には到底読み解けなかったけれども、この写真は理央さんにとってなにか思い入れのある大事なものに違いないという事は感じ取れたから、玲さんが手紙を読み終えたらこの写真を渡そうと取り決めた。


 そうして、また秒針の音を相手しているうちに玲さんが手紙を最後まで読み終えたようで、手紙を大事そうにテーブルの上に置いたあと「……ほんと、私は馬鹿だ」と、唐突に自身をあざけり始めた。

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